5月21日 MIF 阻害剤は神経変性性疾患治療のゲームチェンジャーになるかもしれない(5月26日号 Cell 掲載論文)
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5月21日 MIF 阻害剤は神経変性性疾患治療のゲームチェンジャーになるかもしれない(5月26日号 Cell 掲載論文)

2022年5月21日
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神経変性疾患を誘導する引き金は、それぞれの病気で様々で、パーキンソン病ではシヌクレイン、アルツハイマー病ではアミロイドβ だが、その後の細胞死が起こる過程では、共通の過程の存在が最近明らかになってきた。中でも注目されているのが、ミトコンドリアからの活性酸素により起こるDNAダメージを引き金に遊離される Poly-ADP リボース (PAR) による細胞死で、他の細胞死と区別して Parthanatos と呼ばれている。

この発見が重要なのは、Parthanatos が関わる神経疾患での細胞死を抑制して、病気の進行を遅らせる方法が開発できる可能性がある点だ。例えば、PAR を合成する PAR ポリメラーゼの活性化を阻害すると、神経変性は抑制できることがわかっている。しかし、PAR ポリメラーゼは生命必須の分子で、治療標的には適さない。

今日紹介するジョンズホプキンス医科大学からの論文は PAR が核内から遊離した後の過程をパーキンソン病 (PD) モデルで再検討して、神経変性疾患を抑える新しい薬剤開発が可能であることを示した重要な研究で5月26日号 Cell に掲載された。タイトルは「PAAN/MIF nuclease inhibition prevents neurodegeneration in Parkinson’s disease( PAAN/MIF ヌクレアーゼの阻害はパーキンソン病での神経変性を抑制する)」だ。

この分野の進展は極めてホットで一度 PD の患者さんとジャーナルクラブでまとめてみたいと考えているが、この結果 PAR による Parthanatos のメカニズムが明らかになってきた。論文紹介前にこのメカニズムを解説すると、DNA ダメージなどで PAR が合成され、核から遊離されると、ミトコンドリア膜上の apoptosis inducing factor (AIF) と結合、これが細胞質内の MIF と結合すると、PAR は遊離して核内へ移行、そこで DNA を切断し、Panatosis を誘導する。

この研究の目的は、AIF と MIF が結合して生まれる DNA 切断活性を標的に薬剤開発の可能性を探っている。免疫学者には、MIF はマクロファージ遊走を阻害する因子で、炎症にとって重要な分子として知られているが、実際には細胞質内に存在して、ヌクレアーゼ活性を持っていることが知られている。研究では、1) MIF ノックアウト動物や細胞を用いて、シヌクレインにより誘導される神経変性が MIF に依存していること。

2)この過程には、MIF の AIF 結合活性とMIF のヌクレアーゼ活性が必須で、マクロファージ遊走阻害活性は必要ないこと。

を明らかにした後、MIF のヌクレアーゼ活性を検出する試験管内のアッセイ法を用いて、阻害剤をスクリーニングし、C8 と呼ばれる阻害剤をまず同定している。

C8 は試験管内の Parthanatos を阻害することが出来るが、残念ながら脳血管関門を通り抜けられない。そこで、C8 アナログの中から脳血管関門を通過できる化合物、C8-31(PAANIB-1と名付けている)を開発した。

この分子は、例えば FK506 などとも良く似ているが、標的の重なりはなく、現在のところ MIF のヌクレアーゼ活性特異的で、しかもシヌクレインを注射して誘導されるドーパミン神経の変性を抑制することが出来る(8ヶ月にわたる長期実験)。また、5mg/Kgの経口投与で効果が得られることを示している。

以上が結果で、個人的な印象だが、神経変性を直接狙った画期的な薬剤開発の可能性が示された重要な論文だと思う。勿論、この薬剤はさらに至適化される必要があるだろう。これが可能になると、パーキンソン病だけでなく、アルツハイマー病や ALS 治療まで拡大できる可能性もある。期待が大きいので、一度患者さんとジャーナルクラブで取り上げることにする。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月20日 ビオンテックとモデルナワクチンの差を詳細に調べてみる(5月18日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年5月20日
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今回のパンデミックでワクチンモダリティーとしての mRNA ワクチンの評価は定まった。またこれに集中してきたビオンテック、モデルナに何兆円ものキャッシュが流れたことで、感染症だけでなく、ガンワクチンなどの開発が急速に進むと期待できる。すなわち、今回のワクチン競争の結果、将来投資に大きな差がついたことは間違いない。さらに、ワクチンのフォーミュレーションは、配列を除くとほぼ同じなので、認可の仕組みもかなり変化する予感がする。実際、個人用ガンワクチンを考えると、製造過程に対して認可が行われ、それに従っておればプロダクト自体はそのまま認可するということが重要になる。

このように、医療の世界を大きく変化させた両社のワクチンだが、使われている遺伝子配列は、導入した変異も含めて同じだが、lipid nanoparticle のフォーミュレーション、注射量、そして注射間隔で異なっている。これまで、副反応の差については示されてきたが、効果についてはほぼ同じ有効性を持つというのが公式見解だった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、両者の差をもう一度詳しく調べ直した研究で、感染防御に関する差になったかどうかは別として、誘導される抗体には明確な差が存在することを明らかにした。タイトルは「mRNA-1273 and BNT162b2 COVID-19 vaccines elicit antibodies with differences in Fc-mediated effector functions(mRNA-1273とBNT162b2ワクチンはFcを介するエフェクター機能の異なる抗体を誘導する)」だ。

タイトルの mRNA-1273 はモデルナ、BNT162b2 はビオンテックワクチンを指している。研究は特に変わったことを行っているわけではなく、私たちと同じプロトコルで2回ワクチン接種を受けた人の血清を採取し、抗体の特異性や、性質を調べているだけの研究だ。

また基本的にはこれまでのコンセンサスを覆すものではなく、感染者と比べても、mRNAワクチンはウイルスがホストに感染するときに必要な部位に対する抗体を誘導することが出来ている。ワクチン自体は武漢型配列を基盤にしており、両社で配列に差はないので、様々な変異株に対する反応も特に変わりはない。

ただ、クラススイッチの起こり方が異なる IgA および IgG2 の反応は、間違いなくモデルナワクチンが高い。また、抗体の Fc 部分の機能を反映する、白血球の貪食能誘導やNK細胞活性化で見ると、やはりモデルナワクチンが強く誘導される。感染防御には IgA が有効という話もあるので、この点ではモデルナが優れていると言えるかもしれない。

そして最も驚いたのが、誘導された抗体から、スパイクを介する感染に必要な受容体結合抗体を除いた後、抗体依存性細胞障害性、NK活性化、白血球貪食誘導などを調べてみると、ビオンテックの場合活性が低下するのに、モデルナの場合は活性がそのまま残る、あるいは上昇するケースも観察できる。結果自体はバラツキが大きく解釈に注意は必要だが、モデルナワクチンは、中和抗体以外にも、他の抗ウイルス活性を持った抗体が誘導されている可能性もある。

以上が結果で、私のように3回ともビオンテックという人間にはちょっとがっかりの結果だが、このような詳細な違いを調べることが、最終的なワクチンのフォーミュレーションにつながる。特に差はないと済ましてしまわない好奇心がこの研究の全てだと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月19日 大興奮:RNAワールドにペプチド合成が導入される過程を試験管内で再現する(5月12日号 Nature 掲載論文)

2022年5月19日
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地球上の生物は全てセントラルドグマの上に存在しているが、できあがった生命システムをみると、最も単純なものでも、それが無生物からどう発生してきたのか頭の中に描くことは難しい。幸いRNAワールドに必要な化学過程の研究により、有機化合物の合成からシステム化された有機体が形成されるところまでは想像がつくようになってきたが、その後に控える最も大きな壁、すなわちアミノ酸から出来たペプチド合成過程がRNAワールドに導入される過程を説明する課題が立ちはだかる。これを説明するためには、現在ペプチド合成が起こっているリボゾームの成り立ちと、アミノ酸とコドンとがどのようにtRNAで合体したのかを説明する必要がある。

今日紹介するミュンヘン大学からの論文はリボゾーム RNA がなくても、現存の tRNA に残っている構造をベースにペプチド合成は化学的に可能であることを示した研究で、無生物から生命が誕生する過程の研究領域では、大きなブレークスルーではないかと思える、大興奮の研究だ。タイトルは「A prebiotically plausible scenario of an RNA–peptide world(十分な可能性がある、生物存在以前のRNA-ペプチドワールド)」だ。

この研究では、現存の tRNA が安定化のために受けている様々な修飾に注目し、特に mRNA と結合するアンチコドンが存在するステムループの34番目、37番目の RNA の修飾が、アミノ酸重合を可能するのではと着想した。すなわち、37番目には既にアミノ酸が修飾として結合しているし、34番目のウリジンにはアミノ酸が結合できるように修飾されている。そして、2つの tRNA が接近することで、アミノ酸結合が起こるのではと考えた。

凡人は、元々アミノ酸が結合するように出来ている3’ サイトに注目してペプチド合成を構想しようとするが、アンチコドンのステムループの修飾に注目したこと自体に、RNA を知り尽くした専門家の目を感じる。調べてみると、この部位に見られるような修飾やアミノ酸の結合が、RNA ワールドで起こることを、このグループは以前に証明している。

おそらくこの着想が研究の全てで、後は実際にこのような反応でアミノ酸重合が試験管内で起こるのか、プロの有機化学者にとっては実験を計画することはそう難しくないのだろう。

34番目のメチルアミノメチルウリジン及び37番目のアミノ酸で修飾されたアデノシンをそれぞれ5’ 端末、3’ 端末に結合させた短い RNA を、それぞれアミノ酸を受ける側、アミノ酸を供与する側として合成し、両者が相補的 RNA でハイブリダイズするようにすると、アミノ酸は受け側の34番目のウリジン側に移転できる。そして、同じ反応を利用して受け側のアミノ酸を、供与側を順番に供給することで、ペプチド鎖を伸ばしていけることを実際の反応として示している。専門でない人には想像しにくいと思うが、要するに tRNA のほんの一部を用いるだけで、RNA の相補性を化学反応の一部として利用して、アミノ酸の伸長が可能になる。

こうしてできた短いペプチド鎖同士も、同じ反応を利用して重合させることが出来るし、RNA の断端以外に存在するアミノ酸とも重合反応が現実に起こせることを見事に示している。要するに、RNA だけで、アミノ酸重合結合が酵素なしに起こること、また酵素の役割を、RNAの相補性が担っていることを見事に証明し、RNA ワールドとペプチド世界を導入することに成功している。

この研究では議論されていないが、この論文を読んでいて1983年、Blochらが大腸菌のリボゾーム RNA には tRNA の配列が散在していることを発表している論文を思い出した。

すなわち、tRNA もリボゾーム RNA も、この論文で提案されたメカニズムを効率化し、さらにはコドンとアミノ酸というシンボル関係を発生させるために進化してきたと考えても良さそうだ。この分野の研究者でなくても、是非多くの人に読んでもらいたい論文だ。

今年も大学院生に対して無生物から生命誕生の講義を行う予定だが、この大きなジャンプのおかげで、今年は面白くなるぞと意気込んでいる。

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5月18日 光を当てて超音波を発生させ皮膚深部を診断する(5月11日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年5月18日
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皮膚の病変診断のために様々な方法が開発されている。皮膚の極めて浅い部分であれば反射光を拾う共焦点顕微鏡、もう少し深いところでは眼科で用いられるのと同じ optical coherence tomography が開発されている。ただ、網膜が、像と比べると、皮膚での解像度は低い印象がある。実際には皮膚科や形成の先生に聞いてみないとわからないが、普及していないのではないだろうか。

これに対し、今日紹介するミュンヘン工科大学からの論文は、光を当てて組織内に超音波を発生させるという神業で、皮膚の深部画像を撮影できる optoaxoustic mesoscopy を開発し、乾癬治療効果判定に用いた研究で、5月11日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは、「Enabling precision monitoring of psoriasis treatment by optoacoustic mesoscopy (optoacoustic mesoscopyを用いると乾癬の治療効果を正確に診断できる)」だ。

タイトルにある mesoscopy は巨視的と微視的の中間という意味で、共焦点顕微鏡のように微視的な解像度と、超音波診断のような巨視的画像の中間になると考えてもらえばいい。基本的に対象は表皮から真皮までの皮膚の構造の画像化だ。

我々素人から見ると、こんなことが可能なのかと驚く。すなわち、当てた光が吸収されると熱を発生し、この結果組織が拡大する。この時発生する超音波を拾って、組織構造を推定する方法だ。実際には、発生する超音波の波長の異なる組織を画像化することが出来る。皮膚の場合、メラニン色素、酸化ヘモグロビン、そして脱酸素ヘモグロビンを検出できる。従って、画像化されるのは短い波長をだす皮膚表層の毛細血管と、長い波長を発生する皮膚深層の少し大きめの血管網になり、それぞれの波長に応じて緑と赤で色分けして表示できる。

この研究では、皮膚科で患者さんの多い乾癬の治療効果をこの器械で正確に診断できるか調べている。画像だが、ケラチノサイトの肥厚部は真っ暗に、表層の毛細血管は緑に、そして深部の大きめの血管は赤に染め分け、上部と下部をつなぐ血管も画像化できている。この結果、毛細血管のループの長さ、太さ、厚さなどを数値化することが出来て、画像の印象だけでなく、治療効果を数値で表すことが出来るという結論だ。

おそらく、経験豊富な皮膚科医なら、視診と触診などで十分診断できるレベルかもしれないが、光と超音波を組みあわせた面白い診断機器が完成したことは間違いない。乾癬だけでなく、例えば糖尿病などの微小血管の変化を伴う病気や、あるいは歯肉などにも応用可能だろうと思う。さらに発展することを期待したい。

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5月17日 リンパ節転移と遠隔転移の関係(5月26日 Cell 掲載論文)

2022年5月17日
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ガンのステージングは、ガンの大きさ、浸潤とともに、リンパ節転移の有無と広がり、そして他の臓器への遠隔転移の有無を元に決められる。リンパ節への転移と、遠隔臓器への転移は、通常リンパ管、血管とそれぞれ異なるルートを通って起こるため、独立して進んでいいのだが、医者の頭の中ではどうしてもガンが拡がる一つの過程として捉えがちだ。すなわち、リンパ節転移が先にあって、そこでより転移しやすいガンに変化するのではと思ってしまう。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、リンパ節転移しやすいガン細胞を分離して、リンパ節転移と遠隔転移の関係について、かなり古典的な方法を用いてアプローチした研究で、5月26日号の Cell に掲載された。タイトルは「Lymph node colonization induces tumor-immune tolerance to promote distant metastasis(ガン細胞のリンパ節への転移はガンの免疫トレランスを誘導し遠隔転移を促進する)」だ。

これまで遠隔転移しやすいガン細胞を分離して、転移に必要な条件を調べた論文は数多く読んできたが、リンパ節転移しやすいガン細胞を人為的に分離するという論文は読んだ記憶はほとんどない。この研究のハイライトは、ガン細胞株を移植後、リンパ節を採取して、そこに含まれるガン細胞をまた移植するサイクルを何度か繰り返して、リンパ節へ行きやすくなったガン細胞を分離したことだ。

こうして分離したリンパ節転移の起こりやすいガン細胞株と親株を、それぞれ異なる蛍光色素で標識し、皮下に注射する実験を行い、

  1. リンパ節転移能力で分離したガン細胞株の方が、親株と比べ、圧倒的にリンパ節転移を起こしやすい。
  2. しかし、肺転移で見ると、起こりやすさに両者の差はない。
  3. しかし、リンパ節転移を起こしやすいガン細胞と同時に移植すると、親株だけの場合より遠隔転移が促進される。

ことを発見している。すなわち、遠隔転移とリンパ節転移は全く別の過程ではあるが、リンパ節転移が起こると、遠隔転移が起こりやすくなることを明らかにしている。

この二つの現象の発見が研究の全てで、後はそれぞれの過程を支えるメカニズムを探求している。

まずリンパ節転移だが、転移しやすくなるとともにインターフェロン反応性の遺伝子の発現が上昇していること、またこの上昇がエピジェネティックなリプログラミングによるという結果から、リンパ節で免疫システムからのインターフェロンにより、リプログラムされた結果転移が起こりやすくなること、そしてインターフェロン反応性遺伝子の中でも、クラス1組織適合性抗原と PD-L1 の発現が、NK細胞からガン細胞を守ることでリンパ節転移能を高めることを明らかにしている。

一方、リンパ節転移により、他の遠隔転移が起こりやすくなる点については、ガンの転移によりリンパ節内の免疫システムの大きな変化が起こり、特にガン特異的な抑制性T細胞が誘導されることで、ガンに対する免疫が低下し、遠隔転移が促進されることを示している。

結果は以上で、古典的な病理研究といった感じで読んでいてほっとする研究だが、今後この発想の元、例えば乳ガンのケースで検証する必要があるだろう。

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5月16日 レム睡眠時の記憶強化のメカニズム(5月13日 Science 掲載論文)

2022年5月16日
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睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2相が存在することは、専門家以外にも広く知られている。また、レム睡眠が私たちが覚醒時に獲得した記憶を統合して強固にするために必須の過程であることも広く知られている。即ち海馬や前頭全皮質もシナプス結合が一夜にして大きく変化することを示す。実際、シナプスを支える細胞構造、スパインの形態を観察すると、特定のスパインが形態的にも大きくなり、しっかりとしたシナプス結合が形成する一方で、最終的に剪定されてしまうスパインも存在する。機能的にも、レム睡眠は記憶を強固にするだけでなく、記憶を積極的に消失させる、忘れる過程にも関わっている。

このように、レム睡眠のメカニズムは、一般に語られる以上に複雑で、わかっていないことが多い。今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文は、強い感情を伴う重要な記憶の強化に焦点を当て、この記憶強化に関わるレム睡眠の神経回路を調べた研究で、神経科学になれていないと少しわかりにくいかもしれないが、学ぶところの多い研究だ。タイトルは「Paradoxical somatodendritic decoupling supports cortical plasticity during REM sleep(逆説的細胞樹状突起デカプリングがレム睡眠中の皮質可塑性を支持している)」で、5月13日号 Science に掲載された。

この研究では電極で脳波を記録しつつ、前頭全皮質の錐体細胞の興奮をマウス睡眠中にモニターする実験をまず行って、レム睡眠時は、目が動くなど覚醒時に似ているにもかかわらず、錐体細胞の興奮がノンレム睡眠時より低下していることを発見する。一方、樹状突起に焦点を当てて局所の興奮を見ると、逆にレム睡眠では樹状突起の興奮がノンレム睡眠と比べて強く上昇していることが明らかになった。すなわち、樹状突起と細胞体のデカプリングが明らかになった。

これは、記憶の強化を錐体細胞が覚えるのではなく、樹状突起のスパインの局所ネットワークの変化によることを考えると、デカップリングにより刺激や興奮が局所でとどめることが重要で、意にかなった結果であることがわかる。当然、このデカップリングを積極的に進める仕組みがあるはずで、この研究ではまず錐体細胞と樹状突起を別々に支配している制御する抑制精神系の興奮とレム睡眠について調べている。

結果は明確で、樹状突起を直接調節する抑制精神系の活動はレム睡眠時に低下しているが、細胞体を直接抑制する神経の活動はレム睡眠で上昇していることがわかった。すなわち、細胞体の興奮を選択的に抑えることでデカップリングが実現している。面白いことに、ノンレムからレム睡眠に移行するときは、細胞体の抑制を上げて、樹状突起の抑制を下げる方向に反応が起こるが、レム睡眠から覚醒するときには、逆に細胞体への抑制が低下し、樹状突起を抑制する神経細胞の興奮が高まる。これを見ると、睡眠がいかに大変なプロセスかがわかる。

次に、この細胞体を抑制する神経細胞のスイッチを調節するのが、視床から皮質への投射回路であるという可能性について、神経投射の追跡および活動記録を行い、細胞体抑制型神経は、視床腹側基底核から投射を受け、腹側基底核の興奮によりこのスイッチが入ることを明らかにしている。

次に細胞体抑制神経に投射している視床腹側基底核の細胞の活動を光遺伝学的に抑える実験を行い、視床細胞興奮が抑制されてもレム睡眠は起こるが、細胞体の活動は抑制されないこと、即ちデカプリンが出来なくなることを示している。

この条件で、恐怖発作でフリーズするという感情的要因の強い記憶の強化について調べると、レム睡眠は起こっていても、記憶の強化が全く起こらず、マウスは恐怖経験を忘れていることが明らかになった。すなわち、レム睡眠自体ではなく、レム睡眠時に細胞体と樹状突起の活動をデカップリングさせて、シナプスの再構成を局所でとどめることが、記憶の強化に必須であることを示している。

以上が結果で、レム、ノンレムという区分だけでなく、その間に様々な複雑な過程を組み入れることで、毎日記憶を整理し、必要なものを強化、他は忘れることが出来るようになっていることを示す、面白い生理研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月15日 老化による神経再生能力低下のメカニズム(5月13日号 Science 掲載論文)

2022年5月15日
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昨日に続いて今日も老化と神経再生の論文を選んでみた。昨日のスタンフォード大学からの論文をまとめると、老化とともに脳脊髄液中の Fgf17 が低下し、その結果オリゴデンドロサイトのリクルートが低下し、シュワン細胞によるミエリン形成が低下し、老化による白質障害が生じるが、若い脳脊髄液、あるいは Fgf17 を脳に投与することで、オリゴデンドロサイト再生を促し、認知機能を正常化できるという話だった。

ただ、老化を一つの分子の欠損だけで説明することは難しい。今日紹介するインペリアルカレッジロンドンからの論文は、神経系の老化には炎症により誘導される一種の自己免疫的反応による神経再生能の抑制が存在することを明らかにし、これを正常化する方策を示した研究で、5月13日号の Science に掲載された。タイトルは「Reversible CD8 T cell–neuron cross-talk causes aging-dependent neuronal regenerative decline(CD8T細胞と神経細胞の可逆的な相互作用により老化依存的神経変成がおこる)」だ。

この研究では脊髄後根神経で発現している遺伝子を、若いマウスと年寄りのマウスで比較し、CXCL13 を中心にリンパ球浸潤を誘導するケモカインが老化とともに強く上昇することを発見する。また、CXCL13 の作用により、老化マウス後根には多くのCD8T細胞とB細胞が浸潤していることを発見する。

すなわち、一種の自己免疫現象が老化により生じる可能性を示唆するが、実際の老化による再生能力の低下がリンパ球浸潤によるのかはわからない。そこで、座骨神経を傷害する神経再生モデル実験で、CXCL13 を抗体により阻害すると、神経再生能を若いマウスレベルに快復させることが出来ること、逆に若いマウスの神経細胞に CXCL13 を強制発現させると、神経再生が抑えられることを示している。

では、浸潤してきた細胞が本当に自己抗原に対して反応しているのかについて、人工的自己抗原を神経に発現させる実験を行い、CD8T細胞が、神経細胞の MHC に提示された自己抗原ペプチドに反応するれっきとした自己免疫反応であることを証明している。また、この反応によりおそらく granzymeB 依存的に神経細胞細胞死が誘導されルことも示している。従って、老化による神経の喪失も、同じように自己免疫性の炎症が関わっている可能性を示している。

以上、神経細胞で CXCL13 のようなケモカイン分泌が上昇することが、老化に伴う再生能力低下、および老化による神経細胞喪失につながることを示しているが、この変化を NFkB 刺激を介して誘導するさらに上流の刺激については、リンフォトキシンである可能性が示されているが、なぜ老化でリンフォトキシンシグナルが神経に働くのかはこれからの研究になる。

以上老化による神経再生能の低下には、れっきとした自己免疫反応を呼び込んでしまう仕組みが働いていることが明らかになった。幸い昨日の研究と同じで、このプロセスは可逆的で、介入可能なので、これから様々な方法が開発されると思うが、免疫自体を抑えるような方法は、逆にガン発生を促進するので、簡単ではないように思う。

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5月14日 若者の脳脊髄液は老人の認知機能を活性化できる(5月11日 Nature オンライン掲載論文)

2022年5月14日
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一般受けを狙った論文は中国からのものが多い印象を持っているが、もちろん日本も含め、世界中から「え!」と驚く論文は出てくる。マウスの話だとしても、今日紹介する若いマウスの脳脊髄液を注射された老化マウスで、認知機能が戻るというスタンフォード大学からの論文は、誰もが驚くとともに、人間に応用することを想像しておぞましいと思う人も多いと思う。

このような論文はタイトルが決め手だが「Young CSF restores oligodendrogenesis and memory in aged mice via Fgf17(若い脳脊髄液は老化マウスのオリゴデンドロサイトの増殖と記憶を Fgf17 を介して回復させる)」というタイトルは、十分なインパクトがある。

若いマウスと血液を交換することでマウスが若返るという論文は数多く存在し、読むたびにドラキュラ伝説を思い出すが、若いマウスの脳脊髄液を老化マウス脳に注射したという実験は、生まれて初めて読んだ。

はっきり言って、これで記憶が戻ると考えるのは乱暴な気がするのだが、老化マウスで低下している恐怖経験に対する記憶が回復することが示され、これが研究の発端になっている。

次に、この若い脳脊髄液がどの細胞に働きかけているのかを調べ、老化とともに減少するオリゴデンドロサイト(ODC)の数が、若い脳脊髄液を注入することで上昇し、この結果、神経のミエリン鞘が再生すると結論している。

次に、若い脳脊髄液により転写が誘導される分子を探索し、若い脳脊髄液の効果が、転写因子の一つ SRF を介していることを特定し、SRF の ODC での発現が老化とともに低下し、一種の白質障害が発生することが脳老化に関わっていること、ただこれは可逆的な変化で、若い脳脊髄液の成分により SRF が誘導されることで、白質障害を正常化させられることを示している。

そして、最後に若い脳脊髄液に含まれるどの成分が ODC の SRF 誘導に関わるかを、SRF の活性をモニターできる ODC を用いてスクリーニングし、脳内で発現している分子の中では Fgf17 が最も高い SRF 誘導能を持つことを突き止める。

そして、Fgf17 を老化した脳脊髄液に混ぜて注入しても、若い脳脊髄液と同じ ODC を増殖させ記憶機能を元に戻すことが出来ることを示している。さらに面白いのは、Fgf17 に対する中和抗体を若いマウスに投与すると、認知機能が抑制されること、すなわち若い脳では常に Fgf17 がはたらいて ODC の機能を維持しているが、老化ではこの機能が低下することを明らかにしている。

以上が結果で、若い脳脊髄液を老化マウスの脳に注入するという少しおぞましい感じの研究から始まってはいるが、老化過程の中でも比較的可逆的な過程として、ODC によるミエリン化の傷害を特定し、これを正常化する分子を特定したことは面白い。おそらく老化だけでなく、他の白質障害についても重要なヒントになるかもしれない。

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5月13日 臭い刺激は脳腫瘍誘導を助ける(5月11日 Nature オンライン掲載論文)

2022年5月13日
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個人的印象だが、中国からの論文には最初からかなり一般受けを狙っているのではないかと思える論文が多いように思う。タイトルに惹かれて、「え、そんなことがあるの」と読んだ後で著者欄をみると、結構中国からということをしばしば経験する。

今日紹介するのは浙江大学からの論文で、匂い刺激が悪性の脳腫瘍グリオーマの発生を促すことを示した研究で、臭いなしに生活できないことを思うとちょっと恐ろしい内容で、結局私も紹介することにした。タイトルは「Olfactory sensory experience regulates gliomagenesis via neuronal IGF1(匂い感覚刺激は IGF1 分泌を介してグリオーマ発生を助ける)」だ。

断っておくが、この研究は全てマウスモデルで、人間でどうかはこれからの話だ。ただ、人間でもマウスでも、嗅神経が投射する嗅球からグリオーマが発生しやすいことが知られている。

この現象を、著者らは、おそらく臭い刺激により嗅球神経が興奮することが、発ガンを促すからではないかと着想した。そこで、まず、発生したばかりのグリオーマが観察できるようにした発ガンモデルマウスを観察し、嗅球が腫瘍発生のホットスポットであることを確認する。

次に、化合物の全身投与で嗅球細胞の興奮を選択的に刺激、あるいは抑制出来る遺伝子改変マウスを作成して嗅球の刺激が腫瘍発生に関わるか調べている。結果は期待通りで、嗅球を慢性的に刺激すると腫瘍発生が上昇し、嗅球の興奮を慢性的に抑えると、腫瘍発生が低下する。

次に、このような人工的セッティングではなく、日常での匂い刺激の影響を調べるため、片方の鼻腔にプラグを入れて匂い刺激が入らなくして、もう片方と比べる実験を行い、臭い刺激の抑えられた側の嗅球細胞では腫瘍発生が減少することを明らかにしている。

最後に、臭い刺激から嗅球細胞の興奮が、グリオーマ発生を助けるメカニズムを探り、

  • IGF1 が興奮した嗅球細胞から分泌され、これがグリア細胞の増殖を誘導し、腫瘍発生を助けること。
  • 嗅球細胞から分泌された IGF1 はシナプスを介さず、直接細胞に働くこと。
  • 嗅球細胞の IGF1 遺伝子をノックアウトすると、腫瘍形成が抑制されること。
  • この IGF1 が嗅球細胞からノックアウトされた細胞では、嗅球の慢性的刺激を加えても、腫瘍発生は上昇しないこと。

などを明らかにしている。

以上が結果で、匂いに敏感な人や、強い匂いにさらされて生きていると、グリオーマが発生しやすいという恐ろしい結論になっている。とはいっても、匂いのない生活は困難なので、気にせず生きていった方が良さそうだ。

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5月12日 頭の良くなるシナプス活性(5月号 Brain 掲載予定論文)

2022年5月12日
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シナプスでのニューロトランスミッター遊離による神経伝達は、極めて複雑に調節されているが、多くの研究によりその細胞生物学的メカニズムはかなり理解できるようになってきた。しかし、個々のシナプスでの小さな違いが、脳全体の高次機能へどう展開するのか研究することは簡単でない。というのも、このような目的で利用される遺伝子変異のほとんどは、機能欠損型で、ポジティブな側面を調べることは出来ない。

今日紹介するドイツビュルツブルグ大学からの論文は CORD7 変異と呼ばれる、一部の高次機能を高める変異について、その分子細胞メカニズムをショウジョウバエを用いて調べた研究で、5月号の Brain に掲載予定だ。タイトルは「The human cognition-enhancing CORD7 mutation increases active zone number and synaptic release(人間の認知機能を促進する CORD7 変異はシナプスのアクティブゾーンを増やし、シナプス遊離を高める)」だ。

この論文を読むまで、言語能力や作業記憶を高める遺伝子変異があるとは知らなかった。これはシナプスベシクル遊離を調節する分子の一つ RIMS1/RIM1 の変異で、実際には頭が良いから見つかるのではなく、Cone-rod dystrophy 症候群として知られる、視細胞が変性する進行性の視覚障害で発見される。

ところが、2007年、この患者さん達の認知機能を調べた英国国立神経病院からの論文が発表され、様々な認知機能とともに作業記憶が著しく上昇していることが示された。すなわち、シナプス変化により脳の高次機能が高められる可能性を示した結果だが、そのメカニズムについては明らかになっていなかった。

この研究では、ショウジョウバエの RIMS 遺伝子に、人間で見られる変異を導入して、シナプス電位や、シナプスの形状を調べ、認知機能が高まるメカニズムを探っている。

まず、ショウジョウバエの RIMS がラットの分子と、構造的にほとんど同じで、変異の効果もほぼ同じと想定できることを、分子構造学的に確認した後、この変異を持つショウジョウバエ系統を作成し、神経筋接合部位でのシナプスを調べている。

すると、期待通りシナプス電流の振幅が上昇し、上昇と下降のスピードが高まることが明らかになった。すなわち、シナプスのシグナルが高まっている。

組織学的に調べると、シナプスでの伝達が行われているアクテゥブゾーンの数が増加しており、またシナプス小胞の数が増え、利用できるシグナルプールに余裕があることがわかる。これらによりシナプスシグナルの効率化に関わっている。

さらに、電位依存性カルシウムチャンネルの活動も変異によって変化する。面白いことに目のリボンシナプスを調節する L 型シナプスの機能は低下する一方、一般神経デハツゲンスル P/Q 型カルシウムチャンネルの機能を高める。この結果、目では視細胞の変性が起こる一方で、脳では認知機能が高まるという矛盾する結果が起こっていることになる。

以上、一つの変異で様々な変化が生じる結果、認知機能が高まることがわかる。印象としては、始まったばかりの研究で、視細胞が変性する理由も含め、さらに研究が必要だが、要するにシナプス伝達の効率の上昇だけでここまで認知機能が高まることが示された面白い論文だ。今後患者さんでのより詳しい研究が進むことで、認知機能低下を防ぐ方法の開発も可能かもしれない。

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