ダーウィンの進化論により、科学に初めてアルゴリズムの概念が導入され、物理法則では説明できない生命現象の因果性として働くことが示された。ただ、アルゴリズムが生命の因果性として認められるには、このアルゴリズムを反映した変化が情報として解読され、示される必要があった。これには、やはり非物理的因果性について研究が進んだ20世紀の情報科学と、DNAの解読が必要で、これがそろったのが21世紀だ。その結果、今回のコロナ禍、DNAの変異とウイルス感染性の進化の大ドラマを、全世界の人が、科学をガイドに見ることが出来た。しかし、こうして提示されたドラマも、実際にはスパイクという一つの主人公から見たドラマで、大きな過程のほんの一部でしかない。しかし、ドラマはドラマで、進化研究の醍醐味は、隠れているこのドラマの脚本を見つけることといえる。この作業を米国の哲学者デネットはリバースエンジニアリングと呼んでいる。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、米国に棲むシカシロアシマウス(シカマウスと呼ぶ)(https://www.britannica.com/animal/deer-mouse)が、森で生息できるようになったドラマの脚本についてのリバースエンジニアリングで、7月22日号 Science に掲載された。タイトルは「A chromosomal inversion contributes to divergence in multiple traits between deer mouse ecotypes(染色体逆位がシカマウスのエコタイプを決める複数の性質を決めている)」だ。
シカマウスには森型と草原型が存在し、森型は長い尻尾を持ち、毛色が黒っぽい。相互に交雑可能な種なのに、森と草原で混合はほとんど見られない。この進化過程の脚本を特定するのがこの研究の目的で、このためにはまず起こった変化が記録されている情報を明らかにする必要がある。
おそらく現在なら、全ゲノムシークエンスでほぼ特定できると思うが、この研究ではもう少し古典的な方法、すなわち人間による森型と草原型の間の交雑実験を組みあわせ、F2世代についてゲノム解析することで、尾の長さ、毛色と相関するゲノム領域特定を容易にしている。
結果、15番染色体上の41Mb、すなわち極めて大きな領域での染色体逆位が森型だけで起こっていることを突き止める。そして、この逆位が起こった領域に、尾の長さと毛色を決める遺伝子が複数存在し、これが森型と草原型を決めていることを突き止める。
大事なことは、逆位が起こるとこの領域では、森型と草原型の間では組み換え変えが起こらないことで、組み換えによる変異の固定はが大幅に低下する。従って、森型と草原型の形質は分離したまま維持される。
これを確かめるために、森と草原の境でシカマウスを採取、その形質と遺伝子を調べると、まず森と草原で逆位の分布はほぼ100%になる。しかし森と草原の境界 50Km 内では、森型、草原型の両方が混在し、また尾の長さ、毛色ともに中間体が見られることがわかった。
以上の結果から、元々草原に棲んでいたシカマウスで、10万年から5万年前のいつかに15番染色体の大きな転座がおこり、それぞれの領域は混じり合うことなく独自の進化を遂げ始める。この時、逆位が起こった方に、毛色と尾の長さを決めるいくつかの変異が入ったマウスが現れ、これが徐々に森での生息に適した変異を重ねて、現在に至るというシナリオになる。
染色体逆位が、一種の種の分離効果を発揮してくれたこと、そして毛色が暗く尾の長いマウスの進化が、森に適応したという脚本が現れた。後は、脚本の詳細を調べることが残っているが、既に毛色では森型変異が暗い毛色を示すことも確認されているようなので、時間はかからないだろう。
最後に、では誰が脚本を書いたのか? 地球上に40億年前に現れた進化というアルゴリズムに他ならないが、「盲目の時計職人」と擬人化してしまうのは避けたい。