昨日に続いて、Lazaridis の論文を紹介することにした。昨日は、ギリシャ時代の様々な記録の断片を、ヒトゲノムからわかる民族の移動と対応させるという、今までにはなかった研究だが、今日紹介する論文では、インドヨーロッパ語の起源に焦点を当て、特にアナトリア地方の古代ゲノムから見た民族交流史から、インドヨーロッパ語の起源を考えている。タイトルは「The genetic history of the Southern Arc: A bridge between West Asia and Europe(南部地域のゲノム史:西アジアとヨーロッパの架け橋)」で、8月26日号Scienceに掲載された。
実際には3編の論文から出来ており、この分野では第一人者の Reich 研究室からの論文だが、senior author は全て Iosif Lazardis の論文だ。実際には、地中海を中心とする1万年にわたる民族交流を700体の古代ゲノムから解析した論文で、簡単に紹介するにはあまりに膨大すぎる。そこで、9月のいつか、全体について紹介するためのジャーナルクラブを企画することにする。そして、今日は3編のちょうど真ん中の論文、エーゲ海を中心としたミノア、ミケーネ、ギリシャまでの時代についてのゲノム解析を、様々な文献と比較した研究の触りだけを紹介する。タイトルは「A genetic probe into the ancient and medieval history of Southern Europe and West Asia(古代から中世に至る南ヨーロッパ及び西アジアの歴史についての遺伝的調査)」だ。
このブログでも、サルから人間の進化、特に脳の進化については論文を紹介してきているが、この目的のために single cell RNA sequencing を用いた論文は、今日紹介するイエール大学からの論文が初めてだと思う。タイトルは「Molecular and cellular evolution of the primate dorsolateral prefrontal cortex(霊長類の背外側前頭皮質の分子細胞学的進化)」で、8月25日 Science にオンライン掲載された。
これまで人間の脳の進化を調べた論文のほとんどは、脳各部の遺伝子発現を調べた研究だった。しかし、脳細胞は同じに見えても多様化して居ることを考えると、細胞レベルと分子レベル同時に進化を調べることが出来る single cell RNA sequencing(scRNAseq はうってつけの方法で、今まで調べられなかったのが不思議なぐらいだ。
睡眠中に目だけがキョロキョロ動くRapid eye movement sleep(REM睡眠)は、発見の当初から夢を見ていることと関係があるのではないかと考えられ、REM睡眠中に覚醒させると見ていた夢を語れるチャンスが高いという発見につながった。ただ、注意深く実験を行えばREMと夢とは関係がないという結果も発表され、議論が続いていた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、REMが少なくとも覚醒時の行動を反映しているという仮説を、REMから行動をデコードできるかという野心的な課題に置き換え、覚醒中の頭の動きをREMが反映していることを示した研究で、8月27日号 Science に掲載された。タイトルは「A cognitive process occurring during sleep is revealed by rapid eye movements(睡眠中の認知過程はrapid eye movementに表象されている)」だ。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、2010年頃から様々な免疫性炎症や、細胞内寄生に対する抵抗力の異常に関わることがわかってきた遺伝子 sp140 の作用機序を明らかにし、クローン病など炎症性腸疾患の新しい治療戦略を示した遺伝子多型から病気のメカニズム、そしてその治療まで明らかにしたお手本のような研究で、8月18日号 Cell に掲載された。タイトルは「Epigenetic reader SP140 loss of function drives Crohn’s disease due to uncontrolled macrophage topoisomerases(エピジェネティック状態を監視する sp140 の機能異常は、マクロファージのトポイソメラーゼの調節不全に起因する)」だ。
以上の結果は、sp140 が低下して発症する免疫性炎症は、それにより活性が高まる TOP を抑制することで治療できる可能性を示唆している。そこで、sp140 をノックダウンしたマクロファージを TOP 阻害剤で処理すると、転写のプログラムが正常化し、細胞内寄生体に対する抵抗力が回復することを明らかにした。また、同じ正常化を、クローン病患者さんのマクロファージでも観察している。
今日紹介する論文も同じグループからで、今度はもう少し単純な Atac-seq をこの方法と組みあわせられないか調べている。タイトルは「Spatial profiling of chromatin accessibility in mouse and human tissues(マウスとヒト組織上でクロマチンアクセシビリティーの空間的プロファイルを解析する)」で、8月17日 Nature にオンライン出版された。今回の論文はオープンアクセスなので、方法については、下の論文からカットアンドペーストして以下に示す。
上の図からわかるように、スライドグラス上の凍結切片にトランスポゾンを反応させ、オープンクロマチンがトランスポゾンでラベルされた後切り出されるようにする。そのあと、バーコードA、バーコードBを順番に DNA に結合させ、最終的にトランスポゾンラベルとともに、A、B それぞれのバーコードから、DNA 断片の由来する場所を特定する。この DNA 断片は全て核内で生成されるので、核の組織上の位置を記録しておけば、組織とバーコードの位置を対応させることが出来る。
顔の遺伝背景を知るためのもう一つの方法として、瓜二つと言えるほどの顔の似た人のゲノムレベルでの比較が考えられるが、瓜二つというペアを集めるのは簡単ではない。今日紹介するバルセロナ、ホセカレーラス白血病研究所からの研究は、カナダの芸術家 Francois Brunelle が集めて「I’M NOT A LOOK-ALIKE!(http://www.francoisbrunelle.com/webn/e-project.html)」というタイトルで公表している、瓜二つの他人ペアをあたり、協力した32ペアの唾液について、SNP アレー、メチル化 DNA アレー、腸内細菌叢とともに、様々な身体や生活状況についてアンケート調査を行い、顔が似ていることの原因や結果を詳しく調べた研究で、8月23日号の Cell Reports に掲載された。タイトルは「Look-alike humans identified by facial recognition algorithms show genetic similarities(顔認識アルゴリズムで類似が特定された人間は遺伝的にも類似が見られる)」だ。
今回のパンデミックで最初に実現した治療法が抗体薬だったが、問題は新しいウイルスバリアントが出現すると、多くの場合効果がなくなってしまうことだった。なんとか多くのバリアントに対応できる抗体はないのかと、身体の中で誘導された何千ものウイルスに対する抗体の構造と、ウイルスとの結合を調べることで、新しいヒントを探す試みが続けられてきた。ただこのような方向性の研究は、誰でも出来るわけではなく、抗体の構造や、その生成について深い知識が必要とされる。世界を見渡しても、そんな条件に合う研究者は多くないが、ハーバード大学の Fred Alt は、現役研究者の中でも最も長い抗体産生についての研究歴を持っている一人だ。
今日紹介する Fred Alt 研究室からの論文は、まさに彼の長年の抗体についての知識が凝縮した論文で、α株からオミクロンまでのウイルスを中和できる抗体を、さすがと思わせる方法で作って見せた研究で、8月11日 Science Immunology に掲載された。タイトルは「An Antibody from Single Human VH -rearranging Mouse Neutralizes All SARS-CoV-2 Variants Through BA.5 by Inhibiting Membrane Fusion(一個のヒト VH だけが再構成を繰り返すマウスは BA5 に至るまでの全ての新型コロナウイルスバリアントを、ウイルスの膜融合をブロックすることで阻害する)」だ。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、7番目の染色体にあるパーキンソン病(PD)のリスク遺伝子多型について、この困難な解析をやり遂げたお手本とも言える研究で、8月17日号の Science に掲載された。タイトルは「GPNMB confers risk for Parkinson’s disease through interaction with a-synuclein(GPNMBはパーキンソン病リスクを αシヌクレインとの相互作用を介して高める)」だ。