7月30日 ラクターゼ持続症の進化(7月27日  Nature オンライン掲載論文)
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7月30日 ラクターゼ持続症の進化(7月27日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月30日
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進化過程の選択圧に、単純な環境だけでなく、種が持つゲノム自体を反映した能力が関わることを、それを指摘したボールドウィンの名前からボールドウィン効果と呼んでいる。この最適の例としていつも挙げられるのが、ミルク利用とラクターゼ持続症の関係で、通常離乳とともに低下する乳糖分解酵素ラクターゼの発現が、大人になっても持続する人間が新石器時代に現れたことを指す。

実際、ラクターゼが低下した後でミルクを飲むと、下痢など様々な症状を起こすことがあり、まさに家畜を飼うという高い人間の能力の進化が、身体機能に関わる遺伝子を選択した例として教科書的知識になっている。

ただ、乳糖への耐性がそれほど決定的な選択圧になるかは従来から議論されてきた。実際、ラクターゼを持たなくても、ミルクを毎日大量に消費する人たちはいる。

今日紹介する英国ブリストル大学を中心にした国際チームからの論文は、ミルク消費の歴史とラクターゼ持続症 (LP) の関係を詳しく調べ、ミルクや乳製品の消費自体が LP の選択圧として働いたわけではないことを示した、まさに先日紹介したリバースエンジニアリングの面白い研究で、7月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Dairying, diseases and the evolution of lactase persistence in Europe(酪農、病気、そしてラクターゼ持続症のヨーロッパにおける進化)」だ。

酪農というと誤解があるかもしれないが、動物のミルクを重要な食物として利用したかどうかについて調べるために、出土した土器の脂肪成分を調べる方法が確立しており、これを元に、ヨーロッパ全土での酪農の盛衰を調べることが出来る。

この論文を読むまで、一度酪農が定着すると、ヨーロッパではコンスタントに維持されていたのかと思っていたが、これは思い違いで、紀元前4000年前に中央ヨーロッパに急速に普及した後、それぞれの地域で盛衰を繰り返している。この地図に、LP遺伝子多型を重ね合わせてみると、LP遺伝子多型と酪農は全く相関しないことがわかった。すなわち酪農のヨーロッパでの広がりがLPを選択したという考えは否定される。また、現代人でもラクターゼがないと言うことと、乳製品の消費とはあまり関係がないことを、UKバイオバンクの30万人の解析から確認している。

では、何故新石器時代に LP 遺伝子多型が誕生し、現在まで維持されているのか?この点については、LPと飢餓などによる人口構成の変化に着目したシミュレーションから、ヨーロッパで飢餓が起こったとき、LPが優勢に選択されたと結論している。すなわち、LPがない状態で、急速な飢餓時に乳製品を消費すると死につながる重篤な障害をうけることが知られているので、この厳しい状況でLPが乳製品で命をつなぐのに役立ったと考えている。

もう一つの要因としては、乳糖を分解することで腸内細菌叢が変化し、これにより家畜と生活することによる様々な感染症から人間を守る働きをLPがした可能性も指摘している。

以上、リバースエンジニアリングの常で、完全にクリアというわけではないが、次の講義からはボールドウィン効果も違った例で教えることにした。

カテゴリ:論文ウォッチ