心室細動がきて循環が止まると、10分以内にAEDで心臓の動きを回復させないと、細胞や臓器では虚血で不可逆的死のプロセスが始まるとされている。しかし、私たちの身体は心臓が止まった後、何時間は蘇生可能なのかの限界については、心臓が停止してしまった個体で調べることは出来ない。
この問題に、イェール大学のグループはチャレンジを続け、2019年 Nature に、脳であれば虚血後4時間までなら、細胞保存液の人工循環によって、回復させられることを明らかにした。今日紹介する同じグループからの論文は、2019年に脳回復のために開発したシステムを改良して、今度は循環完全停止1時間後に、大動脈、大静脈に全身の人工循環器を装着することで、細胞死のプロセスが始まった細胞や臓器の活性を回復させられるか調べた研究で、8月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cellular recovery after prolonged warm ischaemia of the whole body(全身の温虚血の後の細胞の回復)」だ。
研究では、ブタで人為的に心室細動を誘導して、1時間放置する。当然これまでの常識では、回復は不可能だが、実験では1時間後に通常のエクモ、あるいはこのグループが開発している対岸循環装置OrganEXを装着、その後7時間までの臓器や細胞の機能を、様々な方法を動員して評価している。
重要なポイントは、末梢の血管から循環を維持するエクモと違い、開腹して大同静脈から体外循環へと誘導し、全身の循環量が維持できるようにしている点と、透析液をベースに、抗凝固剤だけでなく、様々な細胞保護剤を加えた対外循環液を開発した点で、これがこの研究のハイライトになる。最終的には、酸化された対外循環液で置き換わり、7時間循環が維持される。
さて結果だが、まず末梢までの循環の維持という面では、ほぼ完全に維持が出来ている。すなわち、循環停止後1時間であれば、血管系はほぼ完全に機能を回復する。
後は、組織学的、代謝学的、神経科学的、細胞学的に徹底的に変化を検索している。結論的には、細胞レベルでは、虚血がなかったレベルまでほぼ回復が可能になっている。一方、エクモは全く役に立たない。ただ機能で見ると、7時間では様々な異常が残っている。例えば心筋の収縮力で言うと、全体の拍動は回復し、代謝も正常化するが、細胞レベルの収縮は浅い。また、組織的には完全に戻っていても、尿は7時間では生成されていない。
Single cell RNA解析でみると、虚血がなかった場合と比べると、様々な細胞死プログラムが7時間たっても発現している。細胞死の進行で見ると、アポトーシス、ピロトーシス、ネクローシスなどを阻害できているが、スイッチはオンのままなのかもしれない。
以上が結果で、まとめると細胞レベルではほとんどの細胞で、いったん入りかけた細胞死を止めることに成功している。すなわち、虚血1時間では確実に細胞死のスイッチは入るのだが、幸いそれ以上の進行を止められる可能性があると言うことだ。
ただ、体外循環液を正常の血液に置き換え、最終的に個体として蘇生できるかは全く別の話だ。もちろんこの研究は臨床的様々な問題を解決するために行われているのだが、個体というシステムを全く違った側面から研究するのにも面白い方法かもしれない。