2型糖尿病は、過食など様々な原因による高血糖に対して、インシュリンが分泌され、この状態が膵臓のβ細胞へのストレスを招くインシュリン抵抗性として知られる糖尿病予備軍を経て、続くストレスによりβ細胞が失われてインシュリン分泌が低下する糖尿病へと発展すると考えられている。この過程には、身体の全ての細胞が関わるが、基本的にはβ細胞、筋肉、脂肪組織、そして肝臓細胞の代謝変化を中心に研究されてきている。実際、この領域の進展は著しく、その結果として、私の現役時代には考えられなかった、様々なメカニズムの糖尿病薬が提供され、今度はどれを選ぶか医師が苦労する時代に突入していると言える。
今日紹介するスウェーデン・ウプサラ大学からの論文は、正常人、糖尿病予備軍、そして2型糖尿病と診断されている人が、急死し、膵島などの移植ドナーとして病院に運ばれてきたとき、膵臓とともに、43カ所の組織を採取、それぞれの組織のタンパク質の発現を網羅的に調べるプロテオーム解析した研究で、10月4日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Organ-specific metabolic pathways distinguish prediabetes, type 2 diabetes, and normal tissues(臓器特異的代謝経路が糖尿病予備軍、2型糖尿病を正常人から区別する)」だ。
生前拒否していない場合、死体を公共の目的で利用することが法的に許されているスウェーデンならではの研究で、糖尿病や予備軍のプロテオームをここまで詳しく解析した研究はないと言っていいだろう。膨大だが予想通りの結果で、面白い点をまとめるだけにしておく。
- 糖尿病、予備軍、正常人を比べると、予備軍ですでに始まっていると言える変化のほとんどが、膵臓β細胞に集中している。そして、変化の中心は炎症や、自然免疫に関わる変化に集中している。これは以外に思われるかもしれないが、予備軍のインシュリン抵抗性状態では、ほとんどの組織の代謝は正常になんとか保たれており、この状態を保つための全ての調整がβ細胞に集中し、その結果のストレスが、炎症や自然免疫を活性化していると理解できる。
- 予備軍から2型糖尿病に発展すると、β細胞では変化はほとんどないにもかかわらず、他の組織で様々な変化が見られる。すなわち、β細胞のストレスが頂点に達してインシュリン分泌が低下し始めると、各組織の糖代謝の低下に対応する様々な変化が起こると考えられる。
- 最も顕著な変化は、ミトコンドリアの酸化的リン酸化回路とTCAサイクルが脂肪組織や筋肉で低下するが、予備軍では大きな変化がないことから、インシュリン抵抗性段階よりは、インシュリン分泌低下が始まった後の変化と考えられる。
- コレステロール代謝に関わる多くの酵素の上昇も、糖尿病発症の結果としてみられる。しかし、肝臓での変化から、これがすぐに肝臓の脂肪蓄積に発展する心配はなく、他の要因が必要。
- 糖尿病による糖の利用制限を克服するための、肝臓や腎臓での糖新生が、糖尿病成立後に高まる。
- 糖尿病予備軍から始まる変化で最も恐ろしいのは、凝固系の亢進で、予備軍から始まることを考えると、インシュリン抵抗性によるストレスが多く寄与していると考えられる。この結果は、covid-19感染で糖尿病とその予備軍が重症化しやすかったこともうまく説明する。
以上が主な結果で、概ね予想通りとは言え、それを人間の組織で徹底的に確かめたデータベースが出来ることは重要だ。私も予備軍の一人だが、もう少しβ細胞をいたわる必要があることがよくわかった。