白いオオカミがいるのは聞いたことがあるが、真っ黒なオオカミが北米で生息していることは、今日紹介するフランス・モンペリエ大学からの論文を読むまで知らなかった。調べてみると、黒いオオカミの話はなかなか面白い。
オオカミもかってはすべて灰色のオオカミだったが、北米に人間が移住してきたとき、犬からオオカミに生体防御に関わるデフェンシンの3塩基が欠損した CBD103遺伝子が導入され、これが毛色を黒くする優性遺伝子として働いていることがわかっている。これを K遺伝子座と呼んでいる。
ただ、まだまだわかっていない問題は多い。まず、何故デフェンシンの変異が黒い毛色につながるかだが、この分子が Agouti とメラノコルチン遺伝子の相互作用をブロックするため毛色が黒くなるとされているが、この詳細なメカニズムはさらに詰める必要がある。
もう一つの問題は、何故この K遺伝子座が急速に北米で拡がったのかという問題だ。これについては、オオカミのディステンバーに対する抵抗力が K遺伝子座で付与されるため、これが K遺伝子座が拡がる原因になったという考えがあり、これをフィールドワークで検証したのがこの研究で、10月21日号 Science に掲載された。タイトルは「Disease outbreaks select for mate choice and coat color in wolves (病気の発生が相手選びを変化させオオカミの毛色を決める)」だ。
オオカミの場合、K座を両方の染色体で持つ個体は、出産率が高い。従って、K遺伝子座が維持されるためには、他の自然選択要因が必要で、これがディステンバー感染の発生と考えている。
実際、イエローストーンのオオカミ群では、2−3割の個体がディステンバーに対する抗体を有しており、この率は黒いオオカミの方で多い。すなわち、K座を持つ方がウイルス感染後生き残る確率が高い。
そこで、2年間のイエローストーンでの黒いオオカミの出現率を含むコホートデータを調べると、まずディステンバーにかかったとき、確かに黒いオオカミの生存率は高く、特に生殖率も正常の K座ヘテロの個体の生存率が高い。
この生存率を加えて、個体数の変動を調べると、ディステンバーが選択圧として K座が維持されているモデルと実際の観察数とが一致すること、またディステンバーの発生が5年に一度以上の頻度で起こると、色が違う相手を見つけることが、黒いオオカミだけでなく、個体数の維持に役立つことを示している。
以上の結果は、ディフェンシンという感染防御分子が、選択圧としてのディステンバーにより選択された結果が黒いオオカミの個体数維持であることを示すが、それだけでなく、この状態を維持するために、オオカミの方でも毛色の違う相手方を選ぶ傾向を獲得したことを示している。すなわち、ディフェンシンが、本来とは全く異なる機能を発揮して、毛色を変えたおかげで、オオカミの行動を変化させ、感染症に対するより有利な適応を果たしたという、本当なら驚くべき話だと思う。今後も注目の遺伝子だ。