2月27日 発生での増殖は将来の分化決定の準備期間(3月号 Nature Cell Biology 掲載論文)
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2月27日 発生での増殖は将来の分化決定の準備期間(3月号 Nature Cell Biology 掲載論文)

2023年2月27日
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ES細胞や iPS細胞から膵臓β細胞を誘導して、β細胞が免疫系により傷害されインシュリンが出来なくなる1型糖尿病の細胞治療を実現することが、1997年 Thomson らのヒトES細胞樹立に始まる、ヒト多能性幹細胞研究の一つのゴールだったと思う。そしてこの HP でも紹介した様に、多能性幹細胞から β細胞を誘導するいくつかの方法が開発され、実際の治療にも試験的利用が始まるところまで来ている。

このように臨床に使える純度のβ細胞が誘導できることは間違いないのだが、正常でも異なる経路を通って形成される膵臓と

β細胞の発生経路を少しでもかじったことがある者にとっては、β細胞という結果オーライではなく、正しい経路で β細胞が誘導されたのか、あるいは人為的な経路を強制されたのではないか、などが気になる。

今日紹介するコペンハーゲン大学と、エジンバラ大学からの論文は、様々な培養法、正常の膵臓発生過程を比較しながら、膵臓特異的遺伝子発現ネットワークが形成される過程を網羅的に調べ、幹細胞培養だけでなく、膵臓発生過程のエピジェネティックに迫った研究で、3月号 Nature Cell Biology に掲載予定。タイトルは「Expansion of ventral foregut is linked to changes in the enhancer landscape for organ-specific differentiation(復側前腸の拡大が臓器特異的分化でのエンハンサーネットワークに必要)」だ。

この研究は神戸CDB設立以来、研究所レベルの付き合いをしてきたエジンバラ大学幹細胞研究所の主要メンバーで、現在はコペンハーゲン大学に移っている Joshua Brickman 研究室からの論文で、エジンバラ時代、主にカエルを用いて内胚葉発生を研究していた Joshua が、この20年でヒト内胚葉研究へと進出し、ここまで発展させたのかという感慨を覚える論文だ。

極めて膨大な研究なので、まず結論を先に紹介すると、膵臓への分化過程で復側前腸が増殖するのは単純に細胞数を増やすためだけではなく、時間をかけて膵臓細胞の遺伝子ネットワークを確立するためで、この過程をスキップすると、完全な転写ネットワークが形成できないという結論だ。

Question自体はカエルの正常発生を見てきた Joshua らしい発想だが、これを人間の発生過程で証明するため、主にクロマチンの構造やヒストン修飾など、エピジェネティック過程の網羅的解析手法を用いて、様々な培養方法の比較、培養過程で生成する細胞の比較、そしてそれをヒト膵臓発生過程のエピジェネティックデータと比較し、実際に膵臓の復側前腸で起こっている過程の実態に迫ろうとしている。

勿論 single cell RNA 解析を含む遺伝子発現解析も合わせて行って膨大なデータを扱っていることから、結論へとうまく処理データをまとめたなと言うのが正直な印象で、素人にもわかる様にデータがまとめられ、以下の結論が生まれている。

  1. 正常発生のデータベース、他の培養方法のデータベースなどと比較して、2012年にフィラデルフィア小児病院で開発された内胚葉前駆細胞3次元培養が正常の復側前腸の発生過程を最も忠実に再現している。
  2. 復側前腸(VFG)細胞の増殖が膵臓細胞への分化のエピジェネティックネットワークを正確に確立するために必須で、内胚葉前駆細胞特異的ネットワークを閉じ、膵臓特異的ネットワークを開く過程が、増殖している VFG で見ることが出来る。
  3. この時、増殖に特異的なエピジェネティック過程が、クロマチンに働きかけることで、将来のクロマチン構造形成の用意を行う。
  4. これまでパイオニア因子と呼ばれてきた FoxA は、HHEX と協調して増殖期のクロマチンに働きかけることで、最終的に必要となるエンハンサーなどが閉じてしまわないよう維持し、分化後のエピジェネティックネットワークが間違いなく確立できる様にしている。

以上が結論で、血液幹細胞や中胚葉分化を調べてきた私にとっても、分化決定過程の増殖の意義を改めて理解することが出来た。また、パイオニア因子の機能についても、イメージが湧き、目的の細胞が出来れば良いという結果オーライの研究ではなく、実際の分化過程を網羅的に調べ尽くすことの重要性を改めて認識できる大事な研究だと思う。

個人的なことだが、この研究の筆頭著者は、私の研究室でエピジェネティックな情報処理を行ってくれた Fung 君で、Joshua のおかげで、私が現役の頃には想像も出来なかった複雑な情報処理の必要な課題を見事にこなしているのを見て、その成長に喜んでいる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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