2月8日 死後組織の遺伝子解析データから概日周期を再構成する(2月3日号 Science 掲載論文)
AASJホームページ > 2023年 > 2月

2月8日 死後組織の遺伝子解析データから概日周期を再構成する(2月3日号 Science 掲載論文)

2023年2月8日
SNSシェア

進化での自然選択は、見方を変えると環境への同化と考えることも出来る。以前紹介したが、カメの甲羅の起源を探った古生物学研究で、亀の先祖は穴を掘って水の少ない乾期を生き延びたトカゲがいつのまにか穴も身につけてしまった、という説は最も面白い例だろう(https://aasj.jp/news/watch/5537)。しかしなんと言っても生物界全体に見られる同化の例が、地球の自転に細胞の転写システムを同期させる概日リズムの獲得だろう。

今日紹介するスイス連邦工科大学ローザンヌ校からの論文は、死後解剖組織の遺伝子解析データから人間の概日リズムを再構成し、性別や年齢による概日リズムの再構成について調べた研究で、2月3日号 Science に掲載された。タイトルは「Sex-dimorphic and age-dependent organization of 24-hour gene expression rhythms in humans(人間の24時間遺伝子発現リズムは性及び年齢により再構成される)」だ。

概日リズムというと、細胞であれ個体であれ一つの対象を少なくとも24時間経時的に調べることが必要だと思っていた。しかし、概日リズムの存在が細胞レベルで確認され、またその調節に当たるマスター遺伝子がわかっているなら、死後でも組織が概日周期のどの時間を代表しているか推察することが出来るはずだ。こう着想して、人間の様々な組織の遺伝子発現データが集められている GTExデータベース(https://gtexportal.org/home/)のデータを、概日リズム遺伝子の発現からその組織の概日時間を推定する作業を行ったのがこの研究だ。

これも、明確なQuestionと情報処理能力があれば、素晴らしい研究が出来るという例だが、何よりも概日周期の研究を、経時的に行う実験から解放した点が大きいと思う。とはいっても、死後組織に起こる様々な変化を考えると、ほとんどが難しいだろうと考えてきたのだろう。それをやり遂げたことがこの研究の最大のハイライトだ。

結果だが、案ずるより産むが易しで、今回開発したアルゴリズムにより、同じヒトからの組織では概日周期ははっきり一致しており、概日時間を決めることが出来る。そして、この概日周期に合わせて動く遺伝子のリズムを網羅的に解析できることを示している。

重要なのは、対象の死亡時間は、遺伝子発現から見られる概日時間とは食い違いが大きいことで、これは死後変化などが加味されるためと思う。従って、死後組織で概日時間を推定したい場合は、複数の組織の遺伝子発現を正確に調べることが重要で、このデータがあれば組織の同期性を指標に、データの質を評価し、概日時間を推定できる。

そして、多くの個体についてのデータを一つにプロットすると、これまでの経時的実験で示されてきた概日周期を見事に再構成することが出来る。

この解析を元に、研究では概日周期に連動する遺伝子発現リズムの男女差、年来差を調べている。

まず男女差だが、肝臓と副腎組織ではっきりした差が見られる。すなわち、女性のほうが多くの遺伝子の発現が概日リズムに従う。また、時間による発現の差が大きい。ほかにも、これほど大きな差はないにせよ、心血管系でも女性でリズムを刻む遺伝子が多い。

次に、年齢を50歳以下、60歳以上で区切って比べると、例えば脂肪組織ではほとんど変化がないにもかかわらず、冠状動脈などでは60歳以上になるとほとんどリズムの振幅が小さくなり、また24時間周期が12時間周期に変わってしまうのがわかる。

一方、卵巣を見ると、逆に閉経後リズムがはっきりする遺伝子も存在する。特にストレス反応に関わる遺伝子はリズムがはっきりする。

以上が結果で、勿論なぜこのような変化が起こるのかはわからない。しかし、このように人間で新たな問題がわかることで、今度は動物実験で調べることも可能になる。その意味で、概日周期の研究を、経時的実験から解放した意味は大きい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月7日 幼虫期の進化的起源(1月25日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月7日
SNSシェア

多くの動物が、成体からかけ離れた形の幼虫期を過ごし、変態することは誰もが知っている。また、カエルのオタマジャクシから、蝶々の幼生からサナギまで、幼虫の生活環は極めて多様だ。しかし魚を見ていても、卵から直接成体が発生しても問題ないし、なぜわざわざ幼虫から変態する必要があるのかは明確でない。すなわち、幼虫から変態するライフスタイルが、左右相称動物のデフォルトなのか、一つのスタイルなのかについてはよくわからない。

今日紹介する英国のクィーンメリー大学からの論文は、環形動物で変態する種と変態しない種を比べ、幼虫という生活環が進化する過程を探った研究で、1月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Annelid functional genomics reveal the origins of bilaterian life cycles(環形動物の機能ゲノミックスにより左右相称動物の生活環の起源が明らかになる)」だ。

まず環形動物というとわかりにくいが、要するにミミズ、ゴカイ、ヒルというと誰もが見たことがあると思う。この研究では Owenia fusiformis と呼ばれる胎生期、幼虫期を経て成体になる環形動物のゲノムを解析し、近縁だが、2種類の環形動物では幼虫期が短縮され、最終的にスキップされてしまった環形動物と比べている。

ゲノム全体の構造は環形動物だけでなく、近縁の軟体動物も良く似ている。すなわち、ゲノムからだけで幼虫生活環の起源はわからない。そこで、各ステージの遺伝子発現を調べると、発生に関わる様々な遺伝子の発現時期が、幼虫を経る種では後期に存在するのに、幼虫時期がスキップされるにつれて、原腸形成直後にシフトしていることが明らかになった。環形動物の発生では、まず頭デッカチの胚が形成され、そこから胴体が出来ていくので、幼虫時期に胴体を形成する場合は、多くの発生遺伝子の発現が幼虫期に始まるが、幼虫期をスキップする場合、ほとんどの遺伝子が頭でっかちの時期に始まると言える。

この発見がこの研究のハイライトで、後は Hox遺伝子などを例に、この結果をより詳しく調べている。Hox遺伝子は体幹の構成を決めているが、幼虫期のはっきりした環形動物では幼虫期に強く発現が始まる。一方、幼虫期がはっきりしない環形動物では原腸形成直後に発現が始まる。クロマチンの解析から、この差は遺伝子調節領域の開かれ方で決定されていることも示している。

以上の結果は、幼虫期が進化することで、頭の発生と胴体の発生を明確に分離することが出来るようになり、その結果より複雑な体幹の構成が容易になったが、このスタイルが動物のデフォルトではないことを示している。すなわち、幼虫期が存在しなくても、発生は可能だが、様々な種で環境に応じて幼生期が進化したのは、おそらく特定の環境でしっかりと体幹を形成するために、良く似た遺伝子発現戦略がとられたことを物語っている。考えてみれば、オタマジャクシも頭でっかちの幼虫で、その中で胴体が作り始められている。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月6日 シグナル刺激抗体の特徴(2月1日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月6日
SNSシェア

ガンの抗体治療というと、抗PD1抗体を用いた免疫チェックポイント治療や、ガン表面抗原に対する細胞障害性の抗体を思い浮かべることが多い。しかし、様々な受容体シグナルが、抗体により誘導されることも知られており、抑制ではなく、特定のシグナルを刺激する抗体も存在している。なかでも、樹状細胞を介してガン免疫成立に重要な働きをしているCD40シグナルを刺激する抗体は、臨床治験も行われ大きな期待が集まっている。ただできるだけ親和性の高い抗体を目標にする、抑制性、あるいは細胞障害性の抗体開発と異なり、刺激性の抗体の条件についてはわかっていない点が多い。

今日紹介する英国サザンプトン大学からの論文は、CD40、4-1BB、そしてPD1 の3分子について、現存する抗体の変異体を作成し、これら分子に対する刺激能力が、親和性を低下させることで上昇することを示した研究で、2月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Reducing affinity as a strategy to boost immunomodulatory antibody agonism(免疫調節抗体の刺激能力は親和性を低下させることで高めることが出来る)」だ。

現在ガン免疫治療に最も期待されているのが CD40抗体なので、既にヒト化を終えた臨床グレードの抗CD40抗体、ChiLob7/4 に、分子構造を指標に CD3部位を中心に変異を導入し、反応する決定基はおなじだが、結合親和性が異なる抗体を何種類か作成し、B細胞を用いて CD40刺激活性を調べている。

驚いたことに、最も親和性が低い抗体は別にすると、結合親和性が低い抗体ほどCD40刺激活性が高い。さらに最も関心が高い腫瘍免疫を高める効果で調べると、元の抗体と比べると親和性が低下した抗体のほうが強い抗腫瘍反応を誘導できる。

次に、抗体が刺激するメカニズムを探ってみると、元々の CD40リガンドによる刺激と同じで、CD40が細胞表面上でクラスターを形成することでシグナルが入る。ただ、抗体の作用にFcγ受容体は必要なく、CD40を集めることが出来れば十分であることを示している。一方、抗体で刺激した場合、CD40は細胞質内に取り込まれないことや、細胞と細胞の接着部位に持続的に存在することなど、違いは認められるが、シグナル伝達という点では大きな差はないように見える。

では、親和性が低い方が刺激活性が強いことは、他の受容体でも言えるのか、まず CD40と同じTNF受容体ファミリー分子4-1BB に対する抗体についても全く同じ実験を行い、CD40と同じで、親和性が低い抗体ほど刺激活性が強いことを確認している。

最後に、CD40とは全くシグナル伝達経路に共通性がない、PD1についても、同じことが言えるか調べている。この目的のために、本庶先生達の抗PD1抗体に突然変異を導入し、親和性を低下させた抗体を数種類作成、PD1刺激活性を調べると、CD40の時と同じように親和性が低くなると、当然 PD1阻害活性は失われるが、強い刺激活性が得られることを示している。

結果は以上で、

  • 現存の抗体に変異を導入することで親和性の低下した、刺激活性の強い抗体を得られること。
  • これにより、現存の抗体もさらに刺激活性の高い抗体へと進化させられること、
  • 同じ方法は、TNF受容体以外のシグナル系にも利用できる可能性があること。
  • 刺激性抗PD1抗体は、抗原特異的免疫反応を抑える自己免疫治療に転用可能であること。

が示された。今後多くの分子について、アゴニスト抗体が開発され、免疫活性化に利用されることを期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月5日 ネアンデルタール人は協力して10トン近い象をハンティングして食料にしていた(2月1日号 Science Advances 掲載論文)

2023年2月5日
SNSシェア

一般的にネアンデルタール人は20人以下の小さなグループで生活していたと考えられ、これが彼らが言語を獲得できなかった一つの原因ではないかと考える人もいる。この HP で紹介した一つの洞窟から出土する骨による血縁関係の研究からも4−20人ぐらいの集団と推定されている。

これに真っ向から反論するのがドイツ Monrepos 考古学研究センターからの論文で、ドイツ中部のハレに近い Neumark で進んでいる更新世最大の動物で、現アフリカゾウの祖先と考えられる P.Antiquus の骨から、ネアンデルタール人がシステミックに巨大動物を狩りの対象にしていた事を示す研究で2月1日号 Science Advances に掲載された。タイトルは「Hunting and processing of straight-tusked elephants 125.000 years ago: Implications for Neanderthal behavior(12万5千年前の象のハンティングと処理:ネアンデルタール人行動の新しい意味)」だ。

Neumark は80万年から12万年に地球が温暖になった間氷期に動植物の生存に適した領域として多くの生物が繁栄し、その中に現アフリカゾウの先祖と考えられる P Antiquus も存在し、骨が多く見つかっている。中でも Nord1 と呼ばれる場所で、多くの象の骨が発見され、それを解析する中で、様々な理由から、当時そこに生存した唯一の人類、ネアンデルタール人が象を食糧としてハンティングの対象にしていた考えざるを得ない事を示している。

その理由だが、

  • この領域では全体で36個体の骨が発見されているが、その年齢を見ると94%が25歳以上で、若い象の骨がほとんど発見されない。これは、自然死した死体をネアンデルタール人が食料にしていたのではなく、食料として適した大きな大人の象を標的に狩をしていた事を意味している。
  • また、骨のほとんどは自然劣化の形跡がなく、迅速に処理され、埋められたことが推定される。すなわち、狩の後、食料になる部分が迅速にプロセッシングされていた可能性が高い。
  • そして何よりも、斧などの石器による骨への傷が、特に筋肉と骨の接合部に見られる、また関節がそれにより切り離された事を示す処理の様子が再現できることから、間違いなく食料としてプロセスされていた事を示している。

実際にはこのプロセスの様子が詳しく調べられているが、結果を上のようにまとめていいだろう。結論としては、この領域に埋まっている象の骨は、ネアンデルタール人がハンティングにより殺し、肉や脂肪を食料として処理していたという結論になる。

と書いてしまうと簡単だが、実際には更新世最大の哺乳動物で、埋まっている骨の中にも10トン近くの象も存在する。とすると、20人ぐらいのグループでこのような巨大象をハンティングできたのか問題になる。また食料としても、100人が1ヶ月食べるだけの量になると推定される大きさの像も含まれる。とすると、少なくともこの領域に住んでいたネアンデルタール人は、

  • 100人以上が、ほぼ同じ領域に定住して、あまり移動しなかった。
  • 多数が協力して、できるだけ大きな獲物を狙って、一度に長期間暮らせる食料を用意していた。

ことが推定される。おそらく間氷期のネアンデルタール人は、最もアクティブだったと思えることから、まだまだ我々が知らない姿がそこにはあった可能性がある。食料からネアンデルタールを考える重要性がよくわかる論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月4日 末梢神経再生を常在細菌特異的 Th17 が促進する(2月2日号 Cell 掲載論文)

2023年2月4日
SNSシェア

神経系と免疫系が相互に作用し合っていることを示す多くの事実が見つかっているが、免疫系の特質から、当然この両者の関係に、さらに細菌などの免疫刺激系が関わることが多い。特に腸内細菌叢と、免疫、神経系の相互作用は最近の大きなトピックスになっている。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、皮膚の常在細菌が特殊な T 細胞を誘導して、修復時に神経再生を促すことを示した研究で、2月2日号 Cell に掲載された。タイトルは「Immunity to the microbiota promotes sensory neuron regeneration(細菌叢に対する免疫が感覚神経再生を促進する)」だ。

常在細菌に対する特異的な免疫反応により神経再生が促進されるといった着想をいかにして得たかについてはイントロダクションを読んでも完全に理解できなかったが、この研究はこの着想を証明するために行われている。

まず、常在細菌の一つ、黄色ブドウ球菌(SA)を、マウス皮膚に塗りつけると、皮膚の炎症反応をほとんど起こすことなく、長期に常在するようになる。この時に免疫系に変化がないか、皮膚を調べると Th 17 細胞と知られる、IL17を介して炎症を誘導するT細胞が増加している。しかし、Th1、Th2 細胞は全く誘導されておらず、そのためか皮膚に炎症は起こっていない。

こうして誘導される Th17 が抗原特異性を持っていることも、特定の SA 由来抗原に反応する T 細胞しか存在しないトランスジェニックマウスを用いた実験や、免疫成立後、再免疫して記憶反応を調べる方法で確認している。すなわち、常在 SA は皮膚の外表に存在する場合は、抗原特異的 Th17 のみ誘導し、皮膚炎症は起こらない。

これに対し、同じ細菌を皮内に注射すると、Th17 と共に、Th1、Th2 細胞も誘導され炎症が起こる。おそらく細菌側のメカニズムだと思うが、常在するためにうまくできている。

次に、SA を塗りつけた時に誘導される Th17 細胞と、炎症を起こす Th1 を比較して、何か特徴がないか調べると、炎症を起こしていない Th17 細胞のみで神経再生に関わる遺伝子の発現が見られることを発見し、最初の着想が荒唐無稽ではないと考え、次の再生実験に移っている。

常在細菌を塗りつけて Th17 が誘導された時点で、皮膚を傷つけ、その時に起こる神経再生を、常在菌の存在しない皮膚と比べると、期待通り、SA を塗りつけた皮膚は、強い神経再生が見られ、またこの再生は、IL17 が欠損していると起こらないことを確認する。まさに着想通り、SA が Th17 を特異的に誘導し、分泌される IL17 により神経再生が刺激されることが示された。

そして、この神経の変化は、IL17 が直接感覚神経に働いて誘導できることを、培養神経細胞を用いて確認している。ただ、IL17 に反応するためには、その受容体を神経細胞が発現していることが必要になるが、通常の神経では IL17 受容体のレベルは低い。

そこで、皮膚を傷害して興奮させた時の感覚神経を調べ、皮膚損傷時に神経細胞が IL17 受容体を強く発現することを発見している。以上の結果は、常在 SA が Th17 を誘導しても、通常は何も起こらないが、皮膚が損傷をうけ、神経の再生が必要になると、損傷による刺激で神経細胞が IL17 受容体を発現して Th17 の助けを受けることができるようになり、結果神経再生をたかめていることになる。

ただ、このような場合神経が増殖しすぎて、痛みに過敏になる心配があるが、このシグナル系を用いた再生の場合は、このような問題は起こらないことも確認している。

このように、少し変わった着想を得て、それを追求したことがこの研究の面白いところだが、うまくできているとしか言いようがない。このような Win-Win の関係が、常在菌、免疫系、神経系に成立しているのをみると、まさに細菌叢も進化の一部であることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月3日 古代エジプトミイラ製造工房での作業を探る(2月1日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月3日
SNSシェア

古代エジプトといえばピラミッドとミイラといえるだろう。ピラミッドはエジプトに行かないと見れないが、ミイラは多くの博物館で展示されており、人気も高い。ミイラ造りには腐敗や分解を止める必要があり、最も簡単なのは腐敗がしにくい低温で乾燥させてしまうことだろう。しかし、暑いエジプトではさまざまな防腐技術を発達させ、ミイラ造りが行われていた。

今日紹介するミュンヘン大学からの論文は、ミイラ造りがどのように行われていたのか再現しようとした調査研究で2月1日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Biomolecular analyses enable new insights into ancient Egyptian embalming(生物分子解析により古代エジプトの防腐処理技術についての新しい理解が可能になる)」だ。

古代エジプト文化についてはほとんど知識がないので、論文の全てが驚きだ。この研究は、ナイル川流域の多くのピラミッドも集まる有名な埋葬地の一つ Saqqara に、紀元前664−525年ごろ存在したミイラ作成工房の遺跡を解析している。

この時代はミイラ造りが王侯貴族の特権ではなく、一般にも普及していたようで、この工房では地上のミイラ造り工房(防腐処理に必要な試薬を入れたと思われるツボやビーカーが出土)と共に、地下深くにミイラの埋葬場所がセットになっている。ミイラ造りと言うと、埋葬士がしめやかに死体を処理するといったイメージを浮かべてしまうが、じっさいに多くの死体が集められ、内臓が取り出され、保存処理が施される、工場化された屠殺場に近いイメージだったことがわかる。

この研究ではこのツボやビーカーに残る化合物の解析から、防腐処理に使われた試薬を探っている。この解析から、防腐処理に用いられたのは、エジプトには存在しない、匂いの強い針葉樹を含むさまざまな植物から採取された樹脂や、動物油、そして木材から得られるタールなどを混ぜた処理剤だった。

具体的には、ピスタチア・レジン、エレミ油、ダンマル樹脂、アスファルト、蜜蝋は、バクテリアやカビの増殖を防ぎ、しかも悪臭を防ぐ効果がある。また、タールや樹脂、アスファルトは皮膚の穴を塞ぐために用いられた。いずれにせよ、これらの物質の特性を熟知した専門家集団が生まれていたことを物語る。

これらの材料からわかるのは、ほとんどが地中海沿岸、アフリカやアジアなどから輸入していたことで、ミイラ造りのための膨大なコストを厭わなかったことがわかる。

以上が結果で、古代エジプト人が死後のために支出を惜しまず、それを実現するために経済力を高めると共に、ゾッとするような作業を行うプロ集団までが生まれていたことがよくわかる。この論文を読んだ後では、もはや荘厳なミイラ作成のイメージは飛んでしまった。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月2日 遺伝的アルコール代謝異常の心血管障害の治療薬開発(1月25日 Science Translatioanal Medicine オンライン掲載論文)

2023年2月2日
SNSシェア

アルコールデハイドロゲナーゼ(ALDH2)の多型は、一般の人にも最も有名な多型ではないだろうか。エタノール由来アセトアルデヒドを酢酸へと分解してくれる酵素で、これがないとアセトアルデヒドが除去できない。なぜか我々日本人には分解できないアレル2 (ALDH2*2) の頻度が高い。遺伝子検査屋さんでは、ALDH2 多型検査をアルコールに弱いかどうかを調べる検査として宣伝しているが、本当はアルコールに弱いだけでなく、食道がんや心臓血管障害の原因になることが知られている。

アセトアルデヒドのせいかと単純に考えていたが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、iPS 細胞由来の血管内皮を用いて、ALDH2 が血管障害を誘導する仕組みを明らかにし、さらにその治療薬の可能性まで示した、日本人にとっては重要な研究で1月25日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「SGLT2 inhibitor ameliorates endothelial dysfunction associated with the common ALDH2 alcohol flushing variant(SGLT2阻害剤はアルコールフランシング反応を示すALDH2の変異による血管内皮障害を正常化する)」だ。

この研究では、ALDH2*2 を片方の染色体に持つアジア人から iPS 細胞を樹立、血管内皮を誘導して、正常人由来 EC 細胞と比較して、活性酸素が高く、NO が低下しているうえに、血球との接着が高まって炎症リスクが高いことを明らかにする。そして、この変化は細胞をエタノールで処理すると、増強される。

この原因を探ると、いくつかの異常が ALDH2*2 と関連して見られるが、AKT 経路の活性低下が ROS を高め、NOS を低下させていること、そして AMPK、NFκB が高まることで、炎症状態が誘導されていることがわかった。

当然アルコールを摂らないということが重要だが、以上の結果は血管内皮での AKT の下流分子や、炎症を抑える薬剤は、ALDH2*2 の血管内皮異常治療には極めて重要な開発目標になることを示している。

さらに、NOS、ROS、炎症を指標に、iPS 細胞由来血管内皮細胞異常を治せる化合物を探索し、驚いたことに、empagliflozin、canagliflozin、 そして dapagliflozin の3種類のグルコーストランスポーター(SGLT2)阻害剤が、ALDH2*2 血管内皮異常を正常化できることを示した。

これは驚きで、私も服用しているが SGLT2 阻害剤は腎臓の尿細管にしか発現していないと考えられているからだ。そこでこの効果のメカニズムを調べると、血管内皮に SGLT2 が発現しているわけではなく、SGLT2 阻害剤が、Na/H の相互的運搬に関わる NHE1 分子も阻害することを発見する。

もともと NHE1 は血管内皮の細胞内 pH 調節を通して活性酸素を合成することが知られており、これが ALDH2*2 と合わさることで、より高い内皮細胞ストレスを誘導していたと考えられる。GLT2 阻害剤は細胞内 pH を低下させることで、この効果を抑えることが考えられる。実際、SGLT2 阻害剤で血管内皮を処理すると活性酸素を抑え、NO 産生を高めるが、これが AKT 経路を介していることも明らかにしている。

以上が結果で、SGLT2 阻害剤 dapagliflozin を服用している私は、SGLT2 阻害剤が血管内皮に作用するというタイトルを見てちょっと驚いたが、読み終わって考えると、ブドウ糖の再吸収を阻害するだけでなく、血管内皮をストレスから守り炎症を抑えることを理解し、胸を撫で下ろした。なかなか面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月1日 抗原が分解されずにリンパ節に長期に保持される理由(1月27日号 Science 掲載論文)

2023年2月1日
SNSシェア

なぜ麻疹ワクチンは一回で効果が何年も長持ちするのに、インフルエンザワクチンは効果が長続きしないのはなぜか、などとよく聞かれる、この理由の一つにウイルス側の変異のしやすさがあるのだが、免疫学的につきつめると、様々な要因が重なった結果で、実は明確な答えがないのも確かだ。そのためこの要因を一つ一つほぐしていって、その結果をもとに最強のワクチンを作る努力が現在も行われている。

今日紹介する米国MITのコッホ研究所からの論文は、リンパ節での抗原の分解されやすさに注目して、様々な免疫法を提案した研究で、1月27日号 Science に掲載された。タイトルは「Low protease activity in B cell follicles promotes retention of intact antigens after immunization(B細胞濾胞の低い蛋白分解活性が免疫後の完全な抗原保持を促進している)」だ。

以前、全く分解を受けていない抗原がリンパ濾胞に数ヶ月保持されていることが示されており、この研究はこの検討から始めている。

テクノロジーとしては、HIVワクチンに用いられるenvタンパク質を集めてナノ粒子にした抗原に2種類の蛍光ラベルを結合させ、分解されると蛍光色素同士の相互作用が減じて、FRETと呼ばれる傾向が低下する現象を利用して、抗原の組織上での分解を調べる方法、あるいは分解されると遊離された傾向ペプチドが、近くの細胞表面に結合する方法などを用いて、特に細胞組織レベルのタンパク分解活性を調べている。

結論は明快で、リンパ節の皮質領域は抗原が速やかに分解されるのに対し、濾胞まで到達した抗原は、細胞表面状に存在して、ほとんど分解を受けずに1週間以上存在する。

後者の方法を用いて、細胞レベルのタンパク分解活性を調べると、T、B細胞と共に濾胞樹状細胞(FDC)でほとんど蛋白分解活性がないことを発見している。

この分子基盤を追求すると、基本的には3種類のメタロプロテアーゼの発言の問題で、これらの結果から抗原を分解される前に濾胞に到達させ、安定に保持されるようにすることがワクチン活性に重要であることがわかる。

これを確かめるため、濾胞への到達量を指標に抗原の形、免疫のプロトコルなどを検討し、ナノ粒子化した抗原を、注射量を上昇させて複数回注射するのことで、抗原を濾胞内のFDCへと到達させ、長期保持を可能にすることを示している。さらに抗原にFDCに対する抗体を結合させることでも、抗原保持を高め、結果的に10倍近く抗体量を高められることを示している。

以上が結果で、これは蛋白抗原を用いたワクチンについての話で、RNAワクチンや生ワクチンはまた異なる話が存在する。このような地道な研究のなかから、最強のワクチンが生まれてくることを期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
2023年2月
« 1月 3月 »
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728