2月18日 神経興奮時のDNA切断を修復する手の込んだ仕組み(2月15日 Nature オンライン掲載論文)
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2月18日 神経興奮時のDNA切断を修復する手の込んだ仕組み(2月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月18日
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随分昔、2015年6月、神経細胞が興奮すると、トポイソメラーゼ依存性にDNA二重鎖切断が起こり、これがFosなどの興奮直後に起こる転写調節の引き金になっているというMITからの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3560)。すなわちこの結果は、脳の神経細胞はDNA切断を転写の引き金に積極的に使うという危ない橋を渡っていることを示している。もちろん神経細胞が興奮した後も、生き続けて機能しているということは、この切断が正確に修復されていることを示しており、神経細胞では特別の修復メカニズムが存在する可能性を示唆している。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、神経興奮直後に誘導されるimmediate early geneの一つNPAS4がまさにこの修復に関わることを示した面白い研究で2月15日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A NPAS4–NuA4 complex couples synaptic activity to DNA repair(NPAS4~NuA4複合体がシナプス活性とDNA修復を結んでいる)」だ。

初めに強調しておくが、膨大なデータに基づく力作で、大変な時間がかかっただろうと想像する。実際22015年の論文でも、神経興奮によるDNA切断の結果上昇する遺伝子としてFosとともにNPAS4が示されており、当然これらと修復の関係が研究されてきたはずだが、この論文までに既に8年近く経過していることはわかっていても、研究を完璧に行うことがいかに大変かを物語る。

この研究では神経興奮後に誘導されるNPAS4の機能を調べるため、まずNPAS4結合タンパク質を探索し、ヒストンアセチル化に関わる巨大分子コンプレックスNuA4とNPAS4が結合していることを発見する。また、神経興奮後に、染色体が開いているプロモーターやエンハンサーに、NPAS4-NuA4がリクルートされ結合が始まることを明らかにする。すなわち、NPAS4は興奮により誘導され、NuA4ヒストンアセチラーゼ複合体を転写が行われているゲノム領域にリクルートする働きがあることが明らかになった。

ヒストンアセチラーゼ複合体は、遺伝子発現調節とDNA修復に関わることが知られているので、まずノックアウトによる転写の変化を調べ、NPAS4とNuA4は一体となって同じ機能を担っており、神経細胞からどちらをノックアウトしても、ほぼ同じ遺伝子発現の変化が起こること、またこの複合体により誘導される遺伝子が神経自体の興奮性を抑えるsomatic inhibitionに関わることを示している。

次に、NPAS4-NuA4複合体がDNA修復に関わる可能性を調べるため、実にさまざまな技術を駆使し、膨大な実験を行い、その結果、

  • NPAS4-NuA4は、神経興奮によりDNA切断がおこっているまさにその場所に結合している。
  • NPAS4-NuA4は、DNA修復に関わるMRE11や RAD50をDNA修復場所にリクルートする作用を持っている。
  • その結果、神経興奮後10時間ぐらいでDNA修復が完成するが、NPAS4-NuA4が存在しないと、修復が遅れる。
  • このようにNPAS4-NuA4結合部位では切断と修復が繰り返されることになるが、実際老化と共に、この部位に修復ミスによる変異が蓄積する。
  • NPAS4-NuA4を欠損させると、マウスの寿命は短くなり、20ヶ月でほとんどが死亡する。

結果は以上で、繰り返すが膨大な研究だ。しかし2015年の研究と併せて考えると、確かに神経興奮に合わせた修復機構という手の込んだ仕組みができているのには感心するが、ここまで危ない橋を渡る必要がある神経細胞の複雑さにつくづく感心する。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月17日 ミラーニューロンがマウスにも存在する(2月15日 Cell オンライン掲載論文)

2023年2月17日
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ミラーニューロンは、イタリアの神経科学者リッツオラッティにより発見された現象で、手の運動をコントロールする脳神経の興奮を調べている時、実験者が行った手の動きに同じニューロンが反応したことから、他人の行動を自分の行動と同じと見做す能力と解釈されている。ただ、このような他人の行動を自分の行動と同じように脳内に表象する能力は猿のような高等哺乳動物にしかないと(少なくとも私は)考えてきた。

ところが今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、マウスでも同じようなミラーニューロンが存在することを明らかにした研究で2月15日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Hypothalamic neurons that mirror aggression(攻撃を写す視床下部神経)」だ。

縄張りを侵されると攻撃する行動は多くの動物に見られるが、マウスでは視床下部にこの攻撃行動をコントロールする神経細胞集団が特定されている。すなわち、これらの神経細胞は、感覚神経と共に、社会性、経験、自己認識に関わるさまざまな領域からインプットを受けて、最終的な攻撃行動を調節する。

著者らはこれほど複雑な行動は、必ず全体のプランを表象して指令されているはずで、それなら他のマウスの攻撃行動を見た時も同じ細胞がミラーニューロンのように反応するはずだと考えた。

そこで、視床下部の攻撃中枢の神経細胞の活動を、実際の攻撃行動で記録した後、今度は他の個体の攻撃を見せて、同じ神経細胞が興奮するかどうかを、single cell レベルで比べている。結果は期待通りで、攻撃行動で興奮した神経の6〜8割が他の個体の攻撃行動を見たときにも同じように興奮していることを発見する。まさに、状況を選べばマウスでもミラーニューロンを特定できるという訳だ。

この結論をさらに確認するため、今度は攻撃行動を起こしたときに興奮した神経では Fos が発現することを利用して、興奮した神経を蛍光分子で標識し、攻撃行動で標識された神経細胞が、他の個体の攻撃行動を見たときに興奮することを確認している。

最後に、ミラーニューロンが実際に攻撃行動に関わっているか調べるため、他の個体の攻撃行動を見たときに興奮した細胞特異的に、神経機能を抑制する操作を行い、実際の攻撃行動の様子を調べると、攻撃行動が強く抑制される。すなわち、直接行動に係るニューロンが、行動を目撃したときに働いていることを機能的に証明した。

一方、攻撃行動を見たときに興奮した細胞を特異的に活性化させると、今度は攻撃性が高まり、通常なら刺激に必要なフェロモン感覚も必要なく攻撃することを発見している。さらに、同じようにミラーニューロンを興奮させたマウスは鏡で自分の姿を見ても、攻撃体制に入ることが明らかになった。

結果は以上で、ミラーニューロン現象はマウスにも存在することが明らかになったことは、一つの行動プログラムが脳内で表象され、実際の行動だけでなく、同じ行動を目撃しても、その表象が脳内で再現されるという複雑な過程が決して人間や猿のような高等動物の専売特許でないことを明らかにした。これにより、ミラーニューロンの役割や、進化についての研究に新しい道筋が生まれたのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月16日 虫下し生薬がグリオブラストーマに対する免疫を活性化する(2月15日号 Science Translatioal Medicine 掲載論文)

2023年2月16日
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グリオブラストーマは最も悪性の腫瘍の一つで、治療が難しい。ただ、CAR-Tも併せて免疫治療が可能か現在真剣な検討が進んでいる。ただ、膵臓がんと同じで、グリオブラストーマは周りの組織をオーガナイズして、免疫を抑制する厄介な能力まで備えており、医学の前に立ちはだかっている。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、グリオブラストーマの腫瘍環境で免疫抑制の主役を演じているマクロファージを抑える薬剤を探索し、東洋医学で虫下や殺虫剤として利用されているセンダンから抽出されたToosedaninにその効果があることを発見した研究で、2月15日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Small-molecule toosendanin reverses macrophage-mediated immunosuppression to overcome glioblastoma resistance to immunotherapy(小分子化合物 toosedanin はマクロファージによる免疫抑制を反転させグリオブラストーマの免疫治療抵抗性を克服する)」だ。

研究は比較的単純で、ヒトマクロファージが免疫抑制を行うときに分泌する IL10 のプロモーター活性を蛍光で検出できるようにし、マクロファージがグリオブラストーマの培養上清により刺激された時誘導される IL10 分泌を抑える化合物を探索、802種類の化合物の中から toosedanin(TSN) を選んでいる。

マクロファージの培養で TSN が様々な免疫抑制分子の誘導を抑え、共培養している T細胞の増殖を誘導できることを確認した後、マウスグリオブラストーマ細胞株脳内移植モデルで、TSN が腫瘍の増殖を強く抑制し、マウスの生存期間が伸びること、またこの効果が主要組織での抑制性マクロファージの低下と、キラーT細胞の増加によることを確認している。

次に、TSN の作用機序を調べる目的で、抑制能を発揮しているマクロファージが発現する TSN 結合分子を調べると、Hck と Lyn の二つのチロシンキナーゼが TSN に結合し、また TSN がそれぞれのキナーゼ活性を抑制することを明らかにしている。ここからの最終経路は確定していないが、抑制性マクロファージの誘導にこれらのキナーゼが関わっていること、これを抑える TSN などの化合物はグリオブラストーマの免疫活性化に利用できることがわかった。

最後に、TSN と免疫チェックポイントの組み合わせ、あるいは現在ヒトグリオブラストーマに使われている同じ抗原に対する CAR-T治療を組み合わせて、臨床応用への可能性を探っている。

チェックポイント治療と併用すると、TSN 単独よりさらに生存期間を伸ばすことが可能で、なんと2割で完全寛解を達成している。また、CAR-T との併用でも、TSN 単独、あるいは CAR-T 単独よりさらに高い効果が得られている。ただ、この実験系では抗原を発現している細胞が半分程度なので、完治ができた個体はない。

結果は以上で、比較的単純なスクリーニングから、生薬由来の化合物が出てくることもあるのかとなんとなく感心してしまった。どのぐらい長期に利用できる化合物なのか、あるいは副作用などまだまだ先は長そうだが、グリオブラストーマが相手ならワラをも縋りたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月15日 神経分化速度はミトコンドリア活性により調節されている(2月10日号 Science 掲載論文)

2023年2月15日
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哺乳動物同士を比べると、発生に要する時間は大きく異なっている。脳発達を考えると、大きくなればなるほど細胞も必要だし、構造化にも時間がかかるのは当然だが、iPS 細胞や ES 細胞からの分化の速度を見ても、極めて大きな差があることから、この時間差の多くの要因は、神経細胞の分化速度自体にあると考えられる。その結果、オルガノイドを用いた試験管内での脳研究は、培養だけで何ヶ月も時間がかかることになる。

今日紹介するベルギーのルーベンカトリック大学からの論文は、神経分化、特に成熟過程でのミトコンドリア活性が分化速度の違いの要因の一つであることを明らかにした研究で、2月10日号 Science に掲載された。タイトルは「Mitochondria metabolism sets the species-specific tempo of neuronal development(ミトコンドリア代謝が神経発生の種特異的テンポを決めている)」だ。

試験管内で ES 細胞から神経分化を誘導すると、前駆細胞の増殖が続く中で、順々に神経細胞の成熟が進む。すなわち、分化のスタートが同期していない。これは、例えば中胚葉系の分化を研究する時と大きく異なっており、細胞レベルの発生時間を特定することが難しい。

この問題を解決するため、培養のある時点で神経成熟を開始している NeuroD1 陽性細胞をタモキシフェン誘導による遺伝子スイッチにより標識する方法を開発し、分化を始めた細胞だけに焦点を当てて成熟にかかる時間を測定している。この手間をかけたことが、この研究のハイライトになる。

この方法で、NeuroD1 を発現して以降、成熟に必要な時間を調べると、マウスとヒトでは大きく異なるが、同時にミトコンドリアのサイズや活性を調べると、分化速度の違いに比例し、マウスではミトコンドリア活性が1ヶ月以内にピークに達するのに、ヒトでは2ヶ月経っても活性がようやく50%に到達できる程度であることがわかった。特に、ミトコンドリアの酸化リン酸化活性および、その結果 TCAサイクルの活性の成熟にヒトでは時間がかかることを確認している。

では、ミトコンドリアの成熟が早まれば、それにつれて神経分化の速度が早まるのか?この点を調べるため、ミトコンドリアの TCA サイクルから酸化リン酸化システムを高めることで、分化速度を速められるか検討している。方法だが、TCA サイクルへの原料となるアセチル CoA を増やすため、一つはピルビン酸から乳酸への経路をブロックする阻害剤、もう一つは脂肪酸からアセチル CoA の生産を高める薬剤を用いて分化を調べると、1ヶ月で見た時完全ではないが、かなりマウスの分化速度に追いつけることを、分化マーカー、細胞学的形態、そして神経興奮機能の観点から確認している。さらに、この分化速度を高める操作が、マウスに移植したヒトiPS細胞でも有効であることを示している。

以上が結果で、100%ミトコンドリアが決めている訳ではなく、エピジェネティックなど他の要因の関与は明らかだが、ミトコンドリア活性操作で分化速度を倍に早めることができれば、随分培養は楽になるだろうと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月14日 多言語を駆使できる脳(1月19日 bioRxiv 公開プレプリント)

2023年2月14日
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3ヶ国語を話せるという日本人の友人は多くいるが、さすがにそれ以上となると現在台湾科学アカデミー研究所の太田欽也さんぐらいしか思い浮かばない。しかし世界には10を超える言語を操れる人が少数だがいるようで、今日紹介するMITからの論文は、最低5ヶ国語(平均で11ヶ国語)を使える人を集めてその言語やの活動を調べた研究で、まだ査読が終わって雑誌掲載された訳ではないが、掲載前のプレプリントを公開するbioRxivで公開されている。タイトルは「Functional characterization of the language network of polyglots and hyperpolyglots with precision fMRI(多言語および超多言語を使う人の言語ネットワークを厳密なfMRIで機能的に評価する)」だ。

基本的には査読前の論文は紹介しないので、発表されてから少し待っていたが、まだ雑誌が決まらないようなので痺れを切らして紹介することにした。

研究自体は、被験者の言語野を正確に特定したあと、言語を聞いている時の言語やの活動を調べただけだが、最低5ヶ国語、平均で11ヶ国語、最も多い人で54ヶ国語を使えるという、私から見れば言語の天才を26人もボストンおよびその近郊から集めて調べたことが驚きだ。実際、タイトルを見ただけで「どんな頭をしているのか?」と興味が湧く。

実験では、MRIを測定しながら、様々な言葉で朗読された聖書物語や不思議の国のアリスのパッセージを聞かせる。測定は、あらかじめ言語に反応する領域を各個人で特定し、その場所に絞って反応を見ている。

それぞれの被験者は、母国語、流暢に使える言語、ある程度わかるが流暢ではない、そして全くわからない言語、について自己申告させる。また、流暢な外国語に関しては、上手な順番を決めてもらっている。

これらの人たちが、様々な言語を聴いた時の、前頭葉から側頭葉にかけての言語野の活動とその強さを調べた結果、以下のことが明らかになった。

  • まず、多言語を話す人では、母国語に対する言語野の反応が、通常の人と比べるとかなり低い。すなわち、あまり頭を使わなくても、母国語を理解できるように変化している。
  • 母国語と、その他の外国語を聴いた時の反応場所、すなわちネットワークを調べると、ほぼ全ての言語で同じような領域が活動する。すなわち、言語が異なっても、対応する脳ネットワークの根幹はほぼ同じ。
  • すべての言語は理解される限り同じ領域が反応するが、反応の強さを調べると、最も流暢な言語から流暢さが減じるにつれて順々に脳の反応が弱まっていく。
  • 面白いのは、最も流暢な言語に対する反応は母国語に対する反応より強い点で、大体母国語は3番目から4番目に流暢に使える言語に対する反応の強さと同じになる。いずれにせよ、流暢さに比例して反応が高まるというルールに母国語は当てはまらない。熟練すると無意識になっていく手続記憶のようなものかもしれない。

結果は以上で、結果の解釈についてはこれからの問題だと思う。例えば自分の経験から言えば、母国語も含め流暢なほど頭を使っているのかと思っていた。すなわち、日本語は聞き流せるが、英語、そしてドイツ語と、理解しようとすればするほど頭を研ぎ澄まさないと聞き取れない。この流暢なほど反応が高いというのが、他言語を使える人だけなのか、2−3ヶ国語でもそうなのかはぜひ知りたいところだ。

脳データが示された被験者の中には、日本語が3番目に流暢という人もいたが、失語の研究から日本語と英語はネットワークが分離できるという話を聞いたこともある。この研究で調べているのは、言語ネットワークの核構造なので、さらに複雑な結合になると別の研究が必要だが、ぜひ多言語を使える人が失語になった時の臨床像も知りたい。

いずれにせよ、多言語を使う稀な人を調べることで、新しい言語の構造が見えてくることがよくわかる面白い論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月13日 抗原特異的アナフィラキシー抑制法開発(2月8日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年2月13日
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ピーナツ・アナフィラキシーなど、抗原特異的 IgE による1型アレルギー反応は、抗原摂取後急速に発症し、命に関わる厄介な病気だ。発症過程については、ほぼ完全に理解できており、それに合わせた治療法も開発されてはいるが、現在のところは抗原が含まれた食物を避ける以外に、明確な予防や治療方法はない。

今日紹介するインディアナ大学からの論文は、少なくとも抗原特異的にアナフィラキシーショックを治療できるという方法の開発で、臨床的にどこまで利用可能かは別として、新しい治療法として期待できる。タイトルは「Peanut allergen inhibition prevents anaphylaxis in a humanized mouse model(ピーナツアレルゲン阻害はヒト化マウスのアナフィラキシーを防止できる)」だ。

治療法だが、抗原特異的 IgE と極めて高いアフィニティーで結合する抗原決定部位(エピトープと呼ぶ)を、エチレングリコールのスペーサー、そして抗体と直接共有結合する活性部位、さらにほとんどの抗体の Fab部分と結合できる核酸が合体した分子を合成し、これにより IgE が結合したマスト細胞上で抗原により誘発されるシグナルを抑えている。

もう少しわかりやすくいうと、抗原特異的 IgE に剥がすことのできないマスクを被せ、マスト細胞を刺激できないようにする治療になる。この方法自体は2019年に開発され、この研究ではピーナツ抗原によるアナフィラキシーショックをマウスで起こすために、ヒトのマスト細胞を持続的に産生するヒト化マウスを作成し、これを用いて実際にアナフィラキシー発作を抑えられるか調べている。

結果は期待通りで、ピーナツ抗原エピトープは一つしか使っていないが、7種類の様々なエピトープに反応する IgE で感作したマウスのアナフィラキシーをほぼ確実に止めることができる。また、この効果が、マウス体内で作られたマスト細胞が感作され、ヒスタミンなどを含む顆粒を分泌することによることを確認している。

重要な点は、一つのエピトープだけで、多様なピーナツ特異的 IgE をカバーできる点で、このことが生体内で確認できたことは大きい。この研究ではモノクローナル抗体のカクテルを用いているが、今後実際の患者さんの血清を使って同じような検討がなされると思う。

さて、このマスクは IgE と共有結合することから、長く効果があると期待できるが、1回注射後2週間程度は効果が残存する。したがって、例えば抗原の摂取をコントロールできない状況が想定される場合、前もって注射しておく可能性が開ける。

最後に、アナフィラキシーが始まってからも効果があるか調べており、ピーナツを食べて2分後であれば、アナフィラキシーの症状を強く抑えることができることを示している。

結果は以上で、新しい発想のアナフィラキシー治療法だと評価する。ただ、実際の臨床の現場でどのように治療を行うのか工夫は必要だとおもう。どのような治験が行われるのか興味がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月12日 生命誕生を可能にした地球上の条件を探る(2月10日号 Science 掲載論文)

2023年2月12日
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生命はゴミダメからいつも発生しているというアリストテレスのドグマを最終的に否定し、生命は生命からというドグマを成立させたのはパストゥールだ。しかし、このドグマは地球上に生命が存在する以上自己矛盾で、少なくとも最初の生命は、生命の全く存在しない地球上で長い時間を経て形成される必要があった。

最近の多くの研究で、条件さえ整えば、地球上で生命誕生に十分な量の有機物が合成できることがわかってきたが、このためには還元/酸化反応など様々な化学反応を起こす地球環境が必要になる。これを地球最古の状態を示すとされるオーストラリア西部、Jack Hillsのジルコンの素性をもとに推定したのが今日紹介する米国ロチェスター大学からの論文で、2月10日号 Science に掲載された。タイトルは「Relatively oxidized fluids fed Earth’s earliest hydrothermal systems(比較的酸化された液体が地球上の最も初期に現れた熱水システムに供給されていた)」だ。

有機高分子が地球外から供給されたというパンスペルミア説に夢を求める人はCrick以来今も多く存在しているが、Crickの時代には考えられなかった条件が地球にも十分備わっていることが、地殻の鉱物が吹き出す温泉やサーマルベントの解析からわかっている。

この研究では生命誕生時期に近い36億年前の熱水循環システムを推定するため、ジルコン(ジリコニウム珪酸塩)を高温高圧の様々な条件で結晶化させた時に含まれるセリウム(Ce)イオンの状態を測定している。こうして得られた結果を、オーストラリアJack Hillsのジルコンの解析結果に当てはめると、この古い地層が生まれた38億年前に存在したと考えられる熱水循環システムの温度、塩素濃度、酸化状況などを推定することができる。

この結果、Jack Hillsジルコンは、海洋の熱水噴出ではなく、大気の水分が地殻に浸透し、マグマで温められた水がジルコンと反応して、地上に噴出したというシナリオを示している。

この条件で実際に熱水循環システムに存在した金属や炭素や硫黄化合物の量を調べると、これまで推定されていた銅イオンは低く、マンガン、亜鉛、鉄、ニッケルなどを多く含む金属イオンとともに、より酸化条件を示す二酸化炭素、酸化硫黄などが存在したと推定している。

結果は以上で、個人的にはほとんど還元状態と思っていた地球上に、酸化/還元という化学反応原動力が存在したこととともに、高分子の吸着や、触媒として最も重要な金属イオンの状態が推定できたことは、これまでの有機高分子合成のシナリオをもう一度この条件で見直す意味で、重要な一歩だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月11日 多くの人にすぐ利用できるユニバーサルCAR-Tの開発が進んでいる(1月23日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年2月11日
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今日は論文紹介というより、感想を交えた総説風に書いてみた。

ガンの免疫治療のアイデアは、私がまだ医学部の学生の時から耳にしていた。また、研究を始めてさまざまな会議に出ると、必ずガン免疫についてのセッションがあったし、リンパ球やNK、樹状細胞などを患者さんに移植する免疫療法も行われていた。しかし、私も含めて多くの研究者は、ガンの免疫療法には懐疑的だったと思う。というのも、ガンに対する免疫が存在することは確信していても、それを人為的にコントロールすることの難しさがわかっていたからだ。

この雰囲気を変えたのが、本庶先生やAllisonにより開発されたチェックポイント治療とCAR-Tが臨床に利用され大きな効果をあげたことだ。もちろんチェックポイント治療は、ガン免疫成立過程を標的にしているわけではないが、この成功は、これからのガン治療は間違いなく免疫治療になることを確信させてくれた。そして、CAR-Tの成功は、ガンのエフェクターを人為的にコントロールできるという確信を生んだ。

抗原特異的免疫を操作するという意味では、CAR-Tは免疫治療の要件をほぼ完全に満たしている。したがって、今後ガンのワクチンとチェックポイント治療を組み合わせる治療との競合を考えた時、もしガン特異的抗原を見つけることができれば、CAR-Tに収束する可能性がある。だからこそ、さまざまな問題があるにもかかわらず、CAR-Tに賭けけるキャピタルが存在し、驚くべき額でCAR-Tベンチャー企業のM&Aが行われている。

さて、現在CAR-Tと他の治療との競争の主戦場は末期の骨髄腫治療にあるように感じる。もともと、骨髄腫には抗体を含む様々な治療法が開発され、生存期間延長に大きく役立ってきた。ただ、どの治療もいつか効果がなくなり、現在骨髄腫が発現するBCMA抗原に対する抗体を用いた治験が行われている。例を挙げると、抗体に薬剤を結合させた治療、CD3に対する抗体と合体させたキメラ抗体を用いて、キラーT細胞をガンに向ける治療、そしてBCMA抗原認識のCAR-Tが、それぞれDAの認可を受け、いずれも治療法がなくなった骨髄腫に対し効果を示し、横一線の競争になっている。

価格の話を別にすると、これまで何度も紹介してきたように、CAR-Tには2つの大きな難点がある。一つは固形ガンへの利用のための戦略が立っていないことと、患者さんのリンパ球を増やし、遺伝子導入を行う必要があるため、調整に時間がかかる点だ。

固形ガンに対しての戦略については、少しづつ進展が見られるが、あらかじめ大量に作ったCAR-Tを多くの人に使うというためには、アロ細胞同士の反応、GvHとHvGを克服する必要がある。

これに最初に取り組んだ細胞が、CD19に対するキメラT細胞受容体遺伝子を導入するとともに、 TALENという遺伝子編集法でホストのT細胞受容体遺伝子とCD52遺伝子をノックアウトして、リンパ球を除去する薬剤耐性を獲得させたアロのCAR-TでCAR-Tを作成する時間的余裕のない二人の小児白血病患者さんに使われ、二人とも5年間再発がないという大きな成果を示した。

その後、大人と子供のリンパ性白血病を対象に第一相の治験が行われ、安全性とともに一定の効果があることが示された(The Lancet , 396:1885, 2020)。

前置きが長くなったが、今日紹介する米国スローンケッタリングガン研究所からの論文は、ほぼ同じアロCAR-TのフレームワークをBCMA陽性の末期の骨髄腫患者さんに使った第1相の治験で、1月23日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Allogeneic BCMA-targeting CAR T cells in relapsed/refractory multiple myeloma: phase 1 UNIVERSAL trial interim results(BCMAを標的にするアロジェニックCAR-Tによる再発・治療抵抗性の治療:第一相UNIVERSAL治験中間報告)だ。

第一相なので、安全性を調べるのが中心だが、なんといってもリクルートを決めてから、リンパ増殖抑制処理を含めて平均5日で治療を始められることが大きい。

もちろん、リンパ増殖抑制による副作用、CAR-Tによる副作用は明確に現れる。一方、56%の患者さんが治療に反応し、3億個の細胞を投与したグループは、71%の反応、そのうち半数が経過が大きく改善、さらに25%では完全寛解という結果が示されている。

以上の結果から、リンパ性白血病の治験と同じく、同じロットのCAR-Tを多数の人に利用するという大きなフレームは完成しつつあるように思える。

とはいえ、自己CAR-Tと比べると、反応率は低く、他の治療法と比べた時に優位性は認められないと判断される可能性がある。したがって、できればリンパ球増殖を抑える処置の必要がないような、アロCAR-Tの技術開発が重要だと思う。結論的には、現時点では少し劣勢だが、5日以内に治療が開始できること、また遺伝子編集技術が活躍できる可能性が高いことから、最終的な勝ちを目指して、開発が加速するように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月10日 相分離特性が変化する突然変異による発達異常(2月8日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月10日
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相分離についてはビデオも含めて取り上げてきたが、今日紹介するドイツ・ベルリンにあるシャリテ医科大学を中心とする国際グループからの論文は、突然変異により起こったフレームシフトで生じた分子構造の変化が、核内での総分離特質を変化させた結果、変異した分子機能だけからは考えられない発達異常を発生させることを証明した研究で、2月8日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Aberrant phase separation and nucleolar dysfunction in rare genetic diseases(異常な相分離と核小体の機能不全が稀な遺伝病に見られる)」だ。

この研究は短指趾骨粗鬆症-多指-脛骨欠損/低形成症候群(BPTA)と呼ばれる舌を噛みそうな名前の極めて稀な遺伝疾患の遺伝子異常を探索することから始まっている。5名の BPTA は、全て両親には見られず、本人だけに見られる de novo変異による発達異常で、名前の骨格の異常が際立っている。その変異を特定すると、片方の HMGB1遺伝子のC末でフレームシフト変異が起こり、C末の構造が大きく変化し、チャージが逆転していることを発見する。

HMGB1 遺伝子はクロマチンの安定化に関わる遺伝子で、これまで知られている突然変異は、DNA結合に関わる HMGボックス内での変異で、さまざまな発達異常がおこるが、骨格系の発達異常はほとんど記載されていない。したがって、BPTAに特徴的な変異は、単純な分子機能欠損というよりさらに複雑なメカニズムが働いていることを示唆している。

これまでの研究で、核内ではさまざまな相分離により分子集団が特定の場所に濃縮することで、転写の効率が調節されていることが知られている。そこで、BPTAの変異による C 末変化が、相分離によるこの分子の局在を変化させているのではと着想し、分子自体の相分離活性を調べると、変異により相分離活性が高まることがわかる。

次に、核内に存在する他の相分離分子との相性を調べると、正常分子ではエンハンサー・プロモーター複合相分離体と相性が良いが、変異体になると核小体の粒状複合体(リボゾームRNA など)の相分離体に親和性を示すようになる。

この結果をさらに生きた細胞内で調べると、正常分子は核内全体に分布するが、突然変異分子は核小体内に存在するリボゾームRNA が集まる相分離体に強く濃縮することを発見する。

以上のことから、HMGB1変異は、HMGB1 本来の機能より、相分離特性の変化により、分子が核小体の粒状コンパートメントへ分布してしまい、リボゾーム合成に影響することで、細胞機能の異常が起こったと考えられる。

これを確かめるため、変異HMGB1 を発現した細胞でのリボゾーム合成を調べると、リボゾームの機能不全による翻訳の障害が起こることを確認している。

以上が BPTA解析から得られた結果で、核内因子での相分離による局在の調節は、その機能のために必須の条件で、これが狂うと、その分子の機能だけでなく、他の分子の機能にも影響して複雑な形質につながることがよくわかった。

この論文はここで終わらず、さらにデータベースからこのような相分離異常を示す変異体の検索を行い、少なくとも101個の変異が、同じ相分離異常につながる変異であることを突き止めている。

その一部を実際の細胞で調べると、今回 HMGB1 で見られたのと同じような相分離異常を示すことが示され、これまで記載された発達異常を相分離の観点から見直すことの重要性を示している。相分離も当たり前の話になっている研究スピードの速さに驚く。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月9日 新しいALS治療標的(2月16日号 Cell 掲載論文)

2023年2月9日
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ALSは現在もなお明確な治療法のない深刻な病気だが、研究は着実に進んでいる実感がある。これには、iPS細胞から運動神経を作成して、ヒトALS細胞モデルが出来たことが大きい。

今日紹介する南カリフォルニア大学からの論文は、そんな中でも期待出来そうな研究で、ALS神経細胞で沈殿する異常蛋白質 TDP43 を細胞外への排出を促進して細胞死を抑える薬剤の開発が可能であることを示した研究で、2月16日 Cell に掲載される。タイトルは「PIKFYVE inhibition mitigates disease in models of diverse forms of ALS(PIKFYVE阻害により多様なALSモデルで病気の改善が見られる)」だ。

このグループは患者さんの細胞から造ったiPS細胞由来運動神経の生存を指標としたスクリーニングから、細胞内のオートファジーに関わる PIKFYVEキナーゼが細胞の生存を高めることを発見していた。この研究はその続報で、この効果のメカニズムを PIKFYVE に対する阻害剤や、遺伝子ノックダウンを用いて詳しく解析している。

まず、PIKFYVE に対するアンチセンスRNA を用いて、PIKFYVE のみをブロックすることで ALSの神経細胞死を抑えられることを確認した後、この分子に対する阻害剤 apilimod(AP)を用いて、この細胞死の抑制が TDP43異常蛋白質の細胞内への蓄積を抑える結果であることを明らかにしている。

そして、この蓄積が低下する原因が、AP によりオートファジーで形成された小胞がリソゾームと細胞内の小胞、エンドゾームの融合を促進し、その小胞を細胞外へ排出する過程に関わることを明らかにしている。

そして、このオートファジーで形成される小胞、その後融合して出来る小胞、さらにそれが細胞外へ排出された小胞の中に、ALSの神経死の原因である TDP43異常蛋白質がロードされていることを明らかにする。

すなわち、PIKFYVE により通常はこの過程は抑えられているが、このシグナルを抑えることで、オートファジー小胞形成とその排出を促進する経路が動き、異常蛋白の蓄積を抑えられることを示している。

重要なことは、様々なタイプのALS由来神経細胞で同じ結果を観察できることで、この治療戦略は ALS全般に拡げられる可能性がある点だ。

これを確かめるために、いくつかのマウスALSモデルを用いて、 PIKFYVE阻害による治療可能性を探っている。直接 APを脳に注射すると効果は見られるのだが、APは残念ながら脳血管関門を通過できない。そのため、PIKFYVEの発現レベルを抑えるアンチセンスRNA や、PIKFYVE遺伝子ノックアウトマウスを用い、PIKFYVE阻害の効果を確かめている。

結果は期待通りで、体内でも PIKFYVE を阻害すると、オートファジー小胞形成から排出までの過程が高まり TDP43 の蓄積を抑制し、運動神経死を抑えることが出来る。勿論、異常蛋白質の合成は続いているため、根治するという治療法ではないが、多くの ALS の進行を一定程度抑制してくれる可能性がある。

結果は以上で、今後脳内に移行できる阻害剤を開発したり、あるいは既に多くの病気で使われているアンチセンスRNA を投与する治療法を開発、その有効性を調べる臨床研究が必要だが、メカニズムが明確な治療標的が発見されたことは期待できる。

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