いつ読んでも新鮮で面白い論文を発表し続けることから、新しい論文が出るのを心待ちにしている研究グループが何人かいるが、脳分野のダントツは Karl Deisseroth だ。すでに YouTube でも何回か紹介しているが、いつも新しい課題にチャレンジするための手法を使いこなして、見事に解決する。わかりやすく言うと、同じような課題を論文ごとに少しづつ前進させるのではなく、毎回思いがけない課題に取り組み、一つの論文で課題を終結させるといった感じだ。
今日紹介する Deisseroth 研からの論文は、ドキドキすると不安になるか?という誰もが気にしている、しかし解決が難しい課題を、新しい高感受性の光反応性チャンネルを心臓に発現させて見事に解決して見せた研究で、3月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cardiogenic control of affective behavioural state(心臓による感情行動状態の調節)」だ。
誰もが経験する、不安になるとドキドキするという現象は、基本的には交感神経亢進による症状で、解析は進んでいるが、逆に例えば洞性頻脈などで、先に心臓がドキドキしたとき、不安を感じるメカニズムについてはよくわかっていない。
ちょっと考えると、心臓の鼓動を変化させることはそう難しくない様に思うが、現在利用されているペースメーカーを考えると、非侵襲的に心臓の拍動だけを変化させるのは簡単なことではない。
Deisseroth たちは2019年、頭蓋の外から神経活動をコントロールするための、高感度で赤い波長に反応する ChRmine とよばれるチャンネルロドプシンを開発していた。これを心臓の鼓動を人為的に変化させるのに使えるのではと着想したのが今回の研究だ。驚くなかれ、全く侵襲的な処置をせず、静脈に ChRmine遺伝子を導入したアデノベクターを注射し、光パルスを局所的に発生するジャケットを着せるだけで、一部の心筋がこの遺伝子を発現し、身体の外側から頻脈を誘導できる。
これは心室性の頻脈で、洞性頻脈ではないが、頻脈を誘導するだけで不安症で起こる行動異常、例えば新しい場所に行かないなどをはっきりと示す。このことから、心臓の拍動が変化すること自体が不安を誘発することがわかる。
次に、この拍動変化がどのように処理され不安が誘導されるのか、拍動を変化させたときに興奮する神経をトラップする方法を用いて調べると、人間の不整脈の研究でも指摘されていた島皮質の興奮が検出された。また、電極を用いた実験から、島皮質各神経の興奮、皮質全体の興奮がともに上昇することを確認している。
この結果に基づき、島皮質神経を光遺伝学的に抑制する実験を行い、島皮質神経の興奮を抑えると、不安行動の発生が消失することを明らかにしている。
以上の結果は、
- 心臓の拍動を非侵襲的に変化させられること、
- 心臓原性の不安が確かに存在すること、
を明らかにした。一般的にドキドキするのは不安やストレスからと思いがちだが、逆も存在することは、不安症の原因として心臓は真っ先に考える必要があることを示している。今回も脱帽。