3月12日 CAR-Tのためのシグナルを極める(3月8日 Nature オンライン掲載論文)
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3月12日 CAR-Tのためのシグナルを極める(3月8日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月12日
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昨日はガンのネオ抗原についての研究を紹介したが、なぜネオ抗原研究が重要かというと、ガンの免疫を完全にコントロールするためには、免疫系が反応してガンを殺せる抗原を患者さんごとに把握し、100%の免疫治療を実現するためだ。同じように、いつかは100%のガン免疫治療を実現できると期待できるのが、特定のガンが共通に発現する抗原を認識する抗体をT細胞受容体 (TcR) につないだCAR-Tだ。

CAR-Tが期待される最大の理由は、抗原から反応に至るまで、最終的には完全にコントロール可能な免疫療法を可能にするからだ。ただ、固形ガンに利用できるCAR-Tが開発できていないだけでなく、効果がはっきりするB細胞白血病でも100%のガン免疫治療にはほど遠いのが現状だ。

そのため100%を目指して、抗原受容体に結合させるシグナルを見直す動きが加速しており、その例がずいぶん前に紹介したSynNotchシステム(https://aasj.jp/news/watch/5863)で、これが固形ガンもカバーできる可能性を持つことも最近紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21145)。

これに対して、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、ほとんどのCAR-Tシステムに使われている CD3ζ部分を完全に見直すことで、高い効果のみならず高い安全性も実現するCAR-Tが可能であることを示した研究で、3月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Co-opting signaling molecules enables logic-gated control of CAR-T cells(シグナル分子を利用することでCAR-Tをコントロールする論理回路が実現する)」だ。

この研究の目的は、ガン特異性を保証するために、2種類の抗原が存在する細胞のみに反応出来るCAR-Tを開発することだ。タイトルの論理回路というのは、コンピュータープログラムでおなじみの、A and B to goといった、AとBが存在すればオンという回路のことで、ガン表面上の二つの抗原を検知したときのみ殺すCAR-Tになる。

このために、CD3ζシグナルと共刺激シグナルを分離する方法や、SynNotchシステムが開発されたが、まだまだ完全ではないと考え、この研究では抗原受容体の下流を完全に見直すことから始めている。

その結果、CD3ζと結合するZap70の下流シグナルのみで、試験管内のみならず、マウスへのガン移植系でも大きな効果があることを示している。圧巻は現在最もよく使われているCD3ζCAR-Tと比べた実験で、試験管内では大きな差を認めないものの、移植ガンのキラー活性でみると大きな差があることがわかった。

ただ、これは一個の抗原でオンになる回路で、2個の抗原で初めてオンになる回路を形成するには、Zap70のさらに下流のシグナルを用いる必要がある。Zap70はLAT分子とSLP76分子を会合させこれによりPLCγシグナルを活性化することがわかっているので、今度はZap70を用いる代わりに、CD19に対する抗体にはLAT分子、もう一つのHER2抗原に対する抗体にはSLP-76分子を結合させ、二つの分子が会合したときだけT細胞活性がオンになるように細胞を設計すると、両方の抗原が存在するときのみ反応するCAR-Tが出来るのだが、一つの抗原にもある程度反応し、副作用の原因になる。

この抗原が揃わなくても一定の刺激がオンになる原因を、両方の分子がGADS分子により橋渡しされるからだと考え、LAT及びSLP-76からGADS結合部分を除いてCAR-Tを設計し、

1)2つの抗原が揃ったときのみ活性化されること、

2)これまで開発されたAND型論理回路のCAR-Tと比べても高いガンキラー活性を示すこと、

をしめし、ついにAND回路で動くCAR-Tが完成したと結論している。

今後固形ガンなどにも効果があるかなどが検討されると思うが、ここまで徹底的にシグナルを見直すグループが存在していることは、CAR-T分野の競争が激烈化していることを覗わせる。

カテゴリ:論文ウォッチ