4月21日 アルツハイマー病治療の新しい標的(4月12日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
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4月21日 アルツハイマー病治療の新しい標的(4月12日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年4月21日
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アルツハイマー病(AD)で神経死の直接原因となるのが、微小管結合分子Tauの繊維状沈殿で、やっかいなことに異常Tau沈殿線維は神経から神経へと伝搬し、病気を拡大させる。この過程に、Tauのリン酸化と、それによる微小管結合の変化があることがわかっており、この結果微小管から離れたリン酸化Tauが細胞質で増えると沈殿が始まる。従って、Tauのリン酸化を抑えるか、あるいは脱リン酸化を促進することが治療につながるが、簡単ではない。

今日紹介するヘルシンキ大学からの論文は、直接リン酸化酵素や、脱リン酸化酵素を標的にするのではなく、脱リン酸化酵素とTauとの結合を高め、さらにはオートファジーを抑制する機能を持つペプチダーゼ(prolyl oligopeptidase)を阻害して、Tauのリン酸化のみならず、オートファジーを活性化して沈殿Tauの除去を高める一石二鳥の治療法が可能であることを示した研究で、4月12日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A prolyl oligopeptidase inhibitor reduces tau pathology in cellular models and in mice with tauopathy(Prolyl-oligopeptidase阻害剤は細胞とマウスのTau異常症の病理を軽減する)」だ。

Prolyl-oligopeptidase(PP)がTauの凝集を高める活性を持つことに注目し、まず試験管内の実験系で、PPが確かにTauの凝集を促進させ、これをPP阻害剤が抑えることを確認した上で、異常Tauを発現した細胞を用いて、PP阻害剤のTau異常症への効果を確かめる実験を行い、

  • PP阻害剤がPP2Aの活性を高め、リン酸化Tauを減らし、Tauの凝集を阻害すること。
  • 同時にオートファジーによる沈殿Tau分解も促進されること。一方、プロテアゾームによる分解には影響がないこと。
  • その結果、細胞死が抑制されること。

を明らかにしている。

次に、変異Tau遺伝子を持つ実際の患者さん由来のiPSから誘導した神経細胞でPP阻害剤の効果を調べ、変異場所によっては効果に差が見られる者の、患者さんの神経細胞でもリン酸化Tauを低下させること、またオートファジーを誘導できることを確認している。

後は、変異Tauトランスジェニックマウスを用いた治療実験を行い、症状が現れた時に1ヶ月PP阻害剤を投与すると、

  • 様々な記憶テストが改善すること、
  • 運動機能異常が改善すること、
  • 海馬のリン酸化Tauの量が低下すること、
  • 脳内の不溶性Tauの上昇を抑えられること、

を示している。

以上が結果で、割愛したがPP作用の生化学的機序などもしっかり調べており、副作用や臨床にも使える阻害剤などの開発が進めば、ADをはじめ様々なTau異常症の治療に使えるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月20日 年をとると何でも(転写まで)せっかちになって間違う(4月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年4月20日
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老化は遺伝子に変異が蓄積するぐらいで済ましていた我々の時代とは違って、調べれば調べるほど様々な老化の原因が見えてくると言うのが最近の現状だろう。

今日紹介するケルン大学からの論文は、DNAをRNAへと転写する酵素PolIIのスピードが年齢とともに増加して、転写の失敗が増えることが細胞の老化につながることを示し、老化の原因が意外なところにも存在することを示した研究で、4月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ageing-associated changes in transcriptional elongation influence longevity(転写伸長の経年変化が寿命を決める)」だ。

全ゲノムについて転写速度の平均値を割り出すことは簡単ではないが、転写中のRNAの配列を決めて、特定のイントロンに注目して転写産物がどこまで到達したかを丹念に読み取ると、転写スピードが速いほど遠くまで読み取られたRNAの数が増える。

これを利用して、線虫から人間まで、年齢と転写速度を比べると、全ての動物で年齢とともに転写速度が上昇する。さらに面白いことに、ダイエットやIGFシグナルを変化させたりして、老化速度を遅くしてやると、転写速度も元に戻る。すなわち、転写速度の指標は老化の指標になる。

では、PolIIを変異させて、転写速度を遅くしたら老化を遅らせられるか?線虫とショウジョウバエで転写速度が低下したPolIIを導入すると、線虫で20%、ショウジョウバエで10%寿命が延びる。

次にPolIIによる転写速度が高まると、老化が起こる原因を調べ、転写が早いためどうしてもスプライシングにミスが発生すること、また転写時のミスマッチによるエラーが増えることを示している。わかりやすく言うと、転写という細胞活性の根幹が少しせっかちになってミスが増え、それが細胞の老化を促進しているという結果になる。

しかし老化したからと言って、PolIIの構造が変化したわけではない。なぜ同じPolIIの転写スピードが速くなるのか原因を調べ、最終的にクロマチンを形成するヒストンの量が減って、染色体がルーズになっている可能性を突き止める。

そこで単純に H3、H4ヒストンの遺伝子量を増やす操作をヒト細胞で行うと、細胞老化を抑えることが出来る。また、ショウジョウバエで同じようにヒストンH3を強発現させると、寿命が1割程度延びる。

以上が結果で、結局は高齢になるとクロマチンが緩んでしまって、その結果転写速度が高まり、変異した転写産物が増えるという、新しい老化のシナリオが示された。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月19日 Covid-19で炎症を抑え高血糖による細胞変化を抑える薬剤(4月14日号 Science Immunology 掲載論文)

2023年4月19日
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Covid-19感染により誘導される間質性肺炎が重症化する大きなリスクとして、糖尿病や肥満が指摘されてきたが、そもそも代謝と炎症は裏腹の関係にある。例えば、ブドウ糖を分解してATPを産生しながらピルビン酸に至るグリコリシス経路は酸素を必要としないが、作られたピルビン酸が酸素が少ない条件でTCAサイクルを回してしまうと、マクロファージを活性化して炎症を誘導することが知られている。

今日紹介するバージジア大学からの論文は、ピルビン酸がミトコンドリア内のTCAサイクルに供給されなくすることで、ミトコンドリアの好気的サイクルを正常化し、炎症を抑えることから、将来Covid-19など間質性感染を誘導するウイルス感染に利用できることを示した研究で、4月14日号 Science Immunology に掲載された。タイトルは「Inhibition of the mitochondrial pyruvate carrier simultaneously mitigates hyperinflammation and hyperglycemia in COVID-19(ピルビン酸をミトコンドリアへと運ぶ分子を阻害することで強い炎症と高血糖による異常を軽減できる)」だ。

この研究では、感染など低酸素でミトコンドリア機能が低下しTCAサイクルが一方向に回りにくい時に、高血糖のために増加したピルビン酸がミトコンドリア内に供給されると炎症を悪化させると考え、ピルビン酸をミトコンドリア内に輸送するMPC2分子を白血球からノックアウトしたマウスでCovid-19感染実験を行っている。

結果は期待通りで、Covid-19でも、インフルエンザでも炎症性サイトカインが抑えられ、感染による死亡率を抑えることが出来る。また、同じ分子を阻害する薬剤でも感染による死亡率を抑えることが出来る。

MPC2阻害剤の場合、白血球だけに聞いているわけではないので、感染と薬剤投与後の肺細胞をsingle cell RNA sequencingで調べると、肺のマクロファージが最も強く影響され、様々な炎症性サイトカインの分泌が低下することが明らかになった。これは、マクロファージが代謝異常の影響で変化しており、MPC2阻害剤はこれを正常化していると考えられる。

次に、MPC2阻害剤が炎症を抑えるメカニズムを調べると、TCAサイクルが正常化することで、低酸素反応に関わるHIF1αレベルが正常化することで、炎症性サイトカインの転写が低下することを明らかにする。すなわち、代謝と炎症をつなぐTCAサイクル自体を正常化することで、感染による炎症及び代謝異常による重症化をMPC2で抑える可能性がある。

そこで、高脂肪食で肥満誘導したマウスの感染実験で、間質性肺炎及びそれによる死亡率を抑えることを明らかにする。さらに、高脂肪食による肥満マウスは、インシュリン抵抗性が発生して、高血糖、高コレステロールになっているが、この薬剤で全身のインシュリン感受性を高めることも可能になっていることも示している。

ただ、この薬剤だけでは死亡率の低下の程度は強くないので、最後に抗ウイルス薬との併用実験を行い、抗ウイルス薬の効果をさらに高めることも示している。

以上が結果で、現在炎症の重症化は副腎皮質ホルモンで防ぐことが多いと思うが、この薬剤も視野に入れて使用法を考えるのは良さそうだ。元々この薬剤は、ピオグリタゾンに代わる第二世代のインシュリン抵抗性を防ぐ薬剤として治験などが進んでいるようで、その意味でも期待できる。しかし、代謝と炎症の関係をしっかり復習させてくれる面白い論文だった。

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4月18日 バレット食道から食道ガンへの進展と染色体外DNA(4月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年4月18日
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染色体が不安定になると、特に転写活性が高い遺伝子部分が染色体外にも移行して、勝手に増幅を始めることが知られている。このような染色体外DNA(ecDNA)に間違ってガン遺伝子が含まれてしまうと、染色体内での変異を超える高いガン遺伝子活性が発生することが容易に想像される。実際、Mycなど遺伝子コピー数の増幅している遺伝子の場合ecDNAとして存在していることも知られている。

今日紹介するケンブリッジ大学やスタンフォード大学などいくつもの施設が共同で発表した論文は、食道ガンをモデルに、前ガン状態からガンへと発展する過程でecDNAが寄与しているかどうかを調べた研究で、4月12日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Extrachromosomal DNA in the cancerous transformation of Barrett’s oesophagus(バレット食道からガンへの形質転換での染色体外DNA)」だ。

バレット食道は、食道の扁平上皮が胃の上皮へと転換することで起こる病態で、食道ガンの下地を作ると考えられている。そして、食道ガンといっても、ここから発生するガンは扁平上皮ガンではなく、腺ガンになる。その意味でバレット食道患者さんは、前ガン状態からガンの発生まで、追跡するための重要なグループで、現在経過を追跡するコホートが世界中でいくつも走っている。

この研究では、英国、及び米国で進んでいる2つのコホートを対象に、バレットから食道腺ガンまでのバイオプシーや切除標本の全ゲノム解析データから、コピー数が上昇している部位を特定し、そこからecDNAを特定している。

バレット食道は組織学的に異形成が少ないバレットと、異形成が進んだバレットに分けることが出来るが、どちらでもecDNAは全く見つかっていない。しかし、食道腺ガンになると、初期でも25%でecDNAが認められ、ステージが進むとその比率は半分にまで高まる。すなわち、ecDNAがバレットと食道腺ガンを分ける指標になる。

これを裏付けるように、ecDNAの出現はp53の変異と密接に関わっており、p53異常により染色体の不安定性が増すことでecDNA発生が起こることを示している。

後は、バイオプシーで経過観察中に食道腺ガンが発生したケースについて、ecDNAを詳しく調べることで、ガンと診断される以前にもecDNAが発生することがあり、この場合新たなecDNAが発生しない場合は異形成でとどまっているが、新しいecDNAが発生した細胞がガン化するという経過も観察している。すなわち、p53変異、ecDNA発生と多様化、ガン促進性ecDNAによる強い細胞増殖、そしてガン化という過程がバレット食道から起こりうることを明らかにしている。

実際、ecDNAには様々な発ガン遺伝子が含まれる確率が高く、またガンの進展とともに、特定のecDNAが優勢になっていくことから、ガンの進化にecDNAが強く関わっていることが確認できる。

以上が主な結果で、バレット食道も、多くは発ガンに至ることは少ないものの、p53など染色体が不安定になる変異が重なると、ecDNAの発生がおこり、これが細胞の増殖優位性につながり発ガンまで至るケースがあることがよくわかった。ecDNAは染色体から離れているため自由度が増しており、これが食道腺ガンが治りにくい原因かも知れない。

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4月17日 ガン抗原を導入した機能的プロバイオ(4月14日号 Science 掲載論文)

2023年4月17日
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昨日はガン免疫を助けるプロバイオの論文だったが、本当によく使われる乳酸菌などがガン抑制に寄与するかは臨床研究が必要だ。以前紹介した観察研究では、菌を問わずヨーグルトをいつも食べている人では逆にチェックポイント治療が逆効果になることすら示されていた。このように、一般的なプロバイオだけでは確実にガン免疫を誘導できると結論できないとすると、当然人工的にプロバイオ菌を操作して、確実にガン免疫を誘導できるプロバイオを目指すことになる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、皮膚に常在して皮膚菌叢を変化させることが知られている表皮ブドウ球菌(Se)の遺伝子操作法を開発し、これによりガン抗原を発現したSeを作成し、ガン免疫を安定的に誘導できることを示した研究で、4月14日号 Science に掲載された。タイトルは「Engineered skin bacteria induce antitumor T cell responses against melanoma(操作した皮膚常在菌によりメラノーマに対する抗ガンT細胞を誘導できる)」だ。

常在細菌Seは上皮を超えて侵入すると感染症が成立するが、それをT細胞が防いでいることが知られている。すなわち体外にいても、上皮に存在する樹状細胞などにより処理され、免疫が成立している。そこで、ガン抗原をSeに発現させて、ついでにガン免疫も成立させようというのがこの研究の目的だ。

まず、抗原ペプチドから反応するT細胞までほぼ完全にわかっている卵白アルブミン(OVA)に対するT細胞免疫系を利用して、OVAを発現するメラノーマに対する免疫を、OVAを発現するSe細菌を皮膚に塗布することで誘導できないか調べている。

といっても、モデル細菌と異なりSeに遺伝子を導入するのは簡単ではないようだ。まず大腸菌に導入した後、DNAを熱ショックとグリセロール処理後に電気ショックを与える方法を開発し、この方法でSeにOVAを導入している。

とはいえ、ただOVA遺伝子を導入するだけではOVAに対する反応は誘導されず、最終的にCD8T細胞を誘導するペプチドが細胞表面に発現したSeと、OVAを分泌するSeを組みあわせて用いることで、遺伝子操作したSeを皮膚に塗るだけでガン免疫を成立させることに成功している。

重要なのは、CD8、CD4両方のT細胞が誘導される必要があること、および細菌を殺して塗布しても何の効果もないことだ。すなわち、単純なアジュバントと抗原の供給ではなく、皮膚常在によるホストとの免疫バランスが生まれて初めてガン抑制効果が発揮できる。

また、一旦、抗ガン作用が誘導されると、皮膚のメラノーマに限らず、多臓器に転移したメラノーマの増殖も抑制できることから、ガンに対するT細胞は全身に移動して働くことが出来る。

さらに、免疫チェックポイント治療と組みあわせると、多くのマウスでほぼ完全にメラノーマを除去することが可能になる。

最後に、OVAだけでなく、メラノーマが発現するガン抗原ペプチドをバクテリアの表面に発現させたSeと同じペプチドを分泌するSeを作成し、これを塗布しても、OVAに対するのと同じ免疫が成立できることも示している。

以上が結果で、細菌をガン治療に利用する方法の開発はこのブログでも何度も紹介してきたが、常在菌を塗布するという方法でガン免疫を誘導できるというこの研究は新鮮だ。これならガン抗原さえ決まれば臨床研究をすぐ始められるのではと期待する。

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4月16日 プロバイオはガンの敵か味方か(4月6日 Cell オンライン掲載論文)

2023年4月16日
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プロバイオは、バクテリアなどの生きた微生物を使って体を良い方に調整することを指しており、一番わかりやすいのがヨーグルトなどで乳酸菌やビフィズス菌を摂取することで、人間は発酵食品などで古代からプロバイオを利用してきた。

今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、乳酸菌の中でもさまざまな効果を持つことが示されたことで有名な乳酸菌の一種、ロイテリ菌が、メラノーマのチェックポイント治療を増強する効果とそのメカニズムを調べた論文で、4月6日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Dietary tryptophan metabolite released by intratumoral Lactobacillus reuteri facilitates immune checkpoint inhibitor treatment(食べたトリプトファンは腫瘍組織内のロイテリキンにより代謝され免疫チェックポイント治療を促進する)」だ。

最初はロイテリキンがガン免疫にも効くのかと読んでみたが、読み終わってさまざまな問題を感じる論文で、ある意味よく採択されたなと感じた。

この研究ではメラノーマの免疫チェックポイント治療(ICI)にプロバイオの効果を調べるために、乳酸菌やビフィズス菌を経口摂取させガンを移植する実験系で、ロイテリキンが最も強いガン免疫増強効果を示すことを発見する。また、メカニズムを探ると、腫瘍組織のCD8T細胞のTc1転写因子の発現が高まり、その結果インターフェロンγが分泌されることによる。

次にガン局所の免疫系が経口摂取したロイテリ菌で変化するのは、ロイテリ菌がガン局所に移動したからではないかと考え、ガン組織をすりつぶして培養すると、ロイテリ菌を摂取した動物では腫瘍組織で1mgあたり1万個から1億個ぐらいのロイテリ菌が存在していることがわかる。

本当にそんな簡単にロイテリ菌がガン組織に移動できるのか気になるが、この論文では元々メラノーマ組織には様々な細菌がおり、ロイテリ菌を摂取したマウスは、これら細菌が押しのけられて、ロイテリ菌がガン組織の主要な細菌になる。

ロイテリ菌がガン組織に移行できるとして、ではロイテリ菌の何がCD8T細胞のインターフェロンγ誘導に関わるのか?この研究では最初から、代謝物センサーとして知られるAhR転写因子のリガンドになるトリプトファンの代謝物indole-3-aldehyde(I3A)に当たりをつけ、

  • I3A合成能が欠損したロイテリ菌では免疫促進作用がないこと、
  • I3Aを直接ガン組織に注射しても同じ効果があること、
  • CD8T細胞のAhR分子を欠損させたマウスではロイテリ菌の効果が見られないこと、
  • I3Aの原料となるトリプトファンを多く摂取させると、ガン抑制効果が高まること、

などを明らかにする。

そして極めつけは、メラノーマ患者さんの血清中のI3Aを測定し、高い血中レベルを示す患者さんではガンのチェックポイント治療の効果が高いことも示している。

以上が主な結果で、この論文だけを読むとロイテリ菌など、AhRのリガンドを合成できる細菌はガン免疫増強効果をしめし、トリプトファンの多い食事と一緒に投与すると、治療を助けることになる。

ただ、AhRについては、これまでガン自体の増殖を高める効果や、膵臓ガンではマクロファージを変化させガン免疫を抑制するという報告もある、2つの顔を持つ分子だ。この研究でもI3Aを合成しない大腸菌でも、おそらく別のAhRリガンドを合成して抗腫瘍効果があることを示しており、AhRが絡む現象は、極めて複雑で、一筋縄ではいかない。従って、もしロイテリ菌がAhRリガンドを分泌するとすると、単純にガンのチェックポイント治療にロイテリ菌と思い込むのは危険な気がする。やはりもう少し臨床的研究が必要だ。

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4月15日 冬眠のクマからエコノミー症候群治療法を学ぶ(4月14日号 Science 掲載論文)

2023年4月15日
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深部静脈血栓症はエコノミークラス症候群として知られており、要するに水分をあまり取らずにじっと座っていることで、これが肺血栓塞栓症へと発展すると命にかかわる。

今日紹介するミュンヘン大学を中心とする研究施設が発表した論文を読むまで全く気づかなかったが、エコノミー症候群と同じ問題が、冬眠状態ではどうして起こらないのか確かに不思議だ。動物の多様性と済ませることもできるが、同じ様に車椅子に拘束されざるを得ない脊髄損傷の患者さんではなぜエコノミー症候群が起こりにくいのか?確かに不思議だ。

この疑問を冬眠中の熊の血液を調べて解明し、これが脊髄損傷患者さんでも同じメカニズムで血栓を防いでいることを示したのがこの研究で、4月15日号 Science に掲載された。タイトルは「Immobility-associated thromboprotection is conserved across mammalian species from bear to human(じっとしていることによる血栓を防ぐメカニズムは人間からクマまで広く哺乳動物に保持されている)」だ。

このグループが提起した問題については既に紹介した。事実、冬眠中に死んだスウェーデンのヒグマを調べた研究では、血栓を認めることは0.4%にしかすぎない。

この差を調べるために、夏活動中のクマと冬眠中のクマの血液を採取、ヘリコプターやスノーモービルまで用いた輸送作戦で実験室に運び、血栓形成に関わる凝固機能、血小板機能を徹底的に比較し、

  • 冬眠中のクマ血液は血栓が起こりにくい。
  • この原因は凝固系の変化ではなく、血小板自体の変化にあること。

をまず明らかにする。

次に、冬眠中と活動中の血小板で発現するタンパク質を比較し、血小板活性化に関わるさまざまなタンパク質の発現が低下しており、確かに冬眠中のクマでは血栓を起こしにくくなっていることを確認するとともに、特にセリンプロテアーゼ阻害剤HSP47の発現は50分の1に低下していることを発見する。

この結果はHSP47を低下させることで血栓形成が防がれる可能性を示唆する。そこで、遺伝子操作でHSP47が血小板で欠損させた骨髄細胞を移植し、運動を抑制すると血栓の形成を強く抑制することができる。HSP47には阻害剤も存在するので、トロンピンによる血小板凝集反応を調べると、阻害剤により強く抑制できることもわかった。

HSP47は線維芽細胞内でコラーゲンの折りたたみを助ける分子だが、血小板膜状でコラーゲンを安定化させインテグリンを介する血小板の活性化に関わることも知られている(メカニズムは読み飛ばしてほしい)。そこで、HSP47の機能について検討し、HSP47はトロンビンの血小板表面への結合を支持する働きがあり、血小板凝集を高めることを明らかにした。これに加えて、血小板由来のHSP47は白血球の自然炎症反応を高めて、血栓内での炎症を増強することもわかった。

最後に、同じメカニズムが脊髄損傷で下肢の運動が阻害された患者さんで言えるかを調べ、脊損患者さんでも血小板の凝集による血栓が起きにくくなっており、HSP47レベルも強く抑えられていることを臨床例で明らかにしている。

以上が結果で、熊の冬眠から始まり、脊髄損傷患者さんまで、深部静脈血栓が起こりにくくなるメカニズムが示されたこと、さらにHSP47という標的が見つかったことで、エコノミー症候群に限らず深部静脈血栓の予防法の開発につながると思う。

しかし、慢性の運動抑制がどうしてHSP47の発現低下を誘導するのかについては明らかになっていないのが残念だ。ここがわかれば、さらにエコノミー症候群の対策が可能になる様な気がする。

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4月14日 脊髄動物特異的Visual cycleは細菌遺伝子を利用している(4月10日号 米国アカデミー紀要 掲載論文)

2023年4月14日
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レンズを持つカメラ型の目は脊髄動物以外にも存在するが、visual cycleと呼ばれる、視細胞内で光により構造変換したレチノール(11-cis-retinalからall trans retinolへの転換)を、網膜色素細胞へと輸送し、そこでもう一度 11-cis-retinal へとリサイクルして、また視細胞へと輸送するシステムは脊髄動物特異的で、5億年前に脊髄動物が進化するときに完成したと考えられる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、視細胞と網膜色素細胞間のレチノール輸送に関わる visual cycle の鍵とも言える分子、interphotoreceptor retinoid-binding protein(IRBP)が、驚くなかれ脊髄動物進化の最初にバクテリアから水平伝搬されてきたことを示す論文で、4月10日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Bacterial origin of a key innovation in the evolution of the vertebrate eye(脊髄動物の目の進化の鍵となるイノベーションはバクテリアに由来する)」だ。

この研究では IRBP進化系統樹の作成過程で、相同遺伝子が原核細胞には存在するのに、脊髄動物以外の真核細胞にはほとんど存在しないことを発見する。すなわち、脊髄動物が進化の過程でバクテリアから遺伝子が水平伝播したと考えられる。実際にはヒトゲノム計画終了時にもIRBPはバクテリアから水平伝播した遺伝子の一つとされていたが、その後これらは紛れ込んだバクテリア遺伝子のコンタミとして片付けられてきた。

しかし、IRBPはイントロンをもつれっきとした脊髄動物遺伝子で、しかもイントロン構造も含め全ての脊髄動物で保存され、また機能的にも脊髄動物の視覚機能に必須の分子だ。従って、IRBPと相同な遺伝子がバクテリアのペプチダーゼの一つS41であることは、間違いなく水平遺伝子伝播でバクテリアから入ってきた遺伝子であること考えざるを得ない。

S41からの進化過程を調べると、S41は脊髄動物の先祖に一回だけ伝播し、その後ペプチダーゼとしての機能を失った後、二回の遺伝子重複の過程で、現在の構造が生まれ、visual cycleの鍵分子としてリサイクルされたことになる。

脊髄動物に近い、脊索動物や尾索動物のホヤを調べると、尾索動物には全く存在しないが、脊索動物には存在している。この結果は、脊髄動物と脊索動物が別れる前にS41遺伝子が伝播してきたことを強く示唆するが、よく調べてみると、エクソン/イントロン構造が異なっていること、より脊髄動物に近い後索動物に騒動遺伝子が存在しないこと、そして脊索動物の相同遺伝子より、バクテリアのS41のほうが脊髄動物IRBPに近いことから、脊索動物の相同遺伝子は、独立した水平伝播の結果だと結論している。

同じ様なS41水平伝播が起こっていないかをさらに調べた結果、ゲノムデータベースに残るS41相同遺伝子の多くはバクテリアのコンタミネーションだが、真菌の仲間には一度水平遺伝子伝播が起こっていることも確認している。

以上が結果で、水平遺伝子伝播が、全く新しい機能の創発を助けていることがわかる。現在のところ、脊索動物の相同遺伝子の機能は全くわかっていないので結論できないが、もし脊索動物でも脊髄動物と同じ機能を持つとすると、独立した水平伝播が同じ機能へ収束したことを示す重要な例になる様に思う。

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4月13日 麻酔からの覚醒は麻酔剤濃度が低下するためだけではない(3月27日 Nature Neuroscience オンラン掲載論文)

2023年4月13日
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麻酔のメカニズムについては多くの研究が行われており、またこのブログでもいくつか紹介してきた。しかし、麻酔から覚める過程については、薬剤が脳内から消失する、すなわち薬が切れることで起こるものだと考えてきた。

今日紹介する中国深圳にある南方科学工学大学からの論文は、全身麻酔によって視床後内側核特異的にクロライドイオン(Cl-)チャンネルが抑えられることで麻酔の効きが抑制され、ここから刺激が出ることで、覚醒を早めることを示した研究で、3月27日号 Nature Neuroscience にオンライン掲載された。タイトルは「Emergence of consciousness from anesthesia through ubiquitin degradation of KCC2 in the ventral posteromedial nucleus of the thalamus(麻酔からの意識の覚醒は視床腹側後内側核でのKCC2チャンネル分子のユビキチン化と分解により起こる)」だ。

この論文を理解するためには、麻酔に関わるGABA受容体とKCC2チャンネルについての予備知識が必要だ。異論もあるが、全身麻酔にGABA受容体が重要な働きをしていることは広く認められている。GABA受容体はGABAに反応してイオンチャンネルを開けて、細胞内を過分極させることで神経興奮を抑える。これに対し、KCC2は神経特異的に存在するCl- のトランスポーターで、細胞内GABA受容体の効果を持続させる。すなわち、KCC2の発現が低下すると、GABAの効果が低下することが分かっている。たとえば、このブログでよく取り上げるRett症候群ではKCC2の発現が低下することでてんかんが起こるが、これはGABAによる抑制がうまくいかないからと言える。

この研究では全身麻酔とKCC2発現レベルに注目し、麻酔剤を問わず全身麻酔で意識が低下すると、視床腹側後内側核(VPM)特異的にKCC2の発現が低下することを発見する。そして、KCC2をVPM特異的にノックダウンすることで、麻酔の効きが低下することを確認する。この発見が研究のハイライトで、全身麻酔で意識がなくなると、VPMでは逆に麻酔の効きを抑えて神経活動を保つ方向の動きが起こっていることになる。

次に、なぜKCC2タンパク質の発現が低下するかを探索し、KCC2のスレオニンがリン酸化されることで、ユビキチン化され、この結果KCC2の分解が進むことを明らかにしている。すなわち、メカニズムはわからないが、麻酔剤に拘らず神経活動が低下すると、VPM特異的にKCC2のリン酸化、それに続くユビキチン化、分解がおこり、Cl- 輸送が抑えられることで、GABAの効果を抑える方向に働くことがわかった。

以上をまとめると、もちろん麻酔薬の濃度が低下することが麻酔から覚める要因だが、麻酔後30分ぐらいからVPMでおこるKCC2発現低下により、VPMでは麻酔剤の効果を抑えることで、脳全体にシグナルを送り、麻酔からの覚醒を積極的に助けているというシナリオだ。実際、麻酔中にてんかん発作が起こることはよく知られており、ひょっとしたらVPMでの KCC 2の低下によるのかもしれない。いずれにせよ、このメカニズムは麻酔剤の種類に関わらず起こるので、今後意識の回復しない患者さんの覚醒方法開発にも発展する可能性はある。

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4月12日 ダイエットが成功しにくい理由(3月24日 Cell Metabolism オンライン掲載論文)

2023年4月12日
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カロリー制限だけでなく、たとえば肥満外科療法で体重を落としても、リバウンドしてしまうことが多い。すなわち、ダイエットの長期的成功には欲望を抑える理性が必要で、体重が落ちたからと安心してしまえば元の木阿弥になる。

このメカニズムは、体のカロリーバランスを検知してその情報を食欲中枢で知られる視床下部弓状核にあるアグーチペプチドを分泌する AgRP神経細胞を刺激する回路が存在するからだが、今日紹介するドイツ ケルンのマックスプランク代謝研究所とハーバード大学からの論文は、体重低下を感知して活性が高まる視床下部の房室核と AgRP神経サーキットの特性を詳しく調べることで、体重を減らしても結局元に戻るメカニズムを調べた研究で、3月24日 Cell Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「A synaptic amplifier of hunger for regaining body weight in the hypothalamus(視床下部で体重が元に戻るまで食欲を高めるシナプス増強システム)」だ。

この研究では神経活動の記録および光遺伝学による神経活動操作をベースに、視床下部の房室核にある Thyrotropin(TRH)分泌細胞と弓状核の AgPR神経をつなぐシナプスの興奮が、カロリー制限で高まることが、カロリー制限で食欲が高まり体重を元に戻す過程で最も重要な神経回路であることを確認している。

そして、この2領域を結ぶシナプスの特性について詳しく検討し、房室核 TRH細胞が活性化されると、AgRP神経とのグルタミン酸受容体依存的シナプス結合の活性が高まり、結果 AgRPの興奮が続くことを明らかにする。すなわちカロリーバランスが房室核にどう伝わるのかは解明が必要だが、このシグナルは一度房室核TRH細胞の活性化に収束して、ここから AgRPを直接結ぶ回路のシナプス数を増強させ、食欲を持続的に上昇させることがわかった。

ここまではある程度わかっていたことだが、この研究では光遺伝学を用いて TRH細胞を短期に刺激する実験を行い、これにより食欲は刺激が終わっても、24時間活動が高まったまま維持されること、さらには体重は1回の刺激で2週間ぐらい上昇し続けること、またこの上昇はグルタミン酸受容体を阻害することで完全に元に戻ることを明らかにしている。

すなわち、このシナプスの変化は一種のエピジェネティックな変化で、一定の持続性がある。以上の結果から、ダイエットすると体重バランスが元に戻るまでは、常にこの回路の刺激が続き食欲がたかまる。また、元に戻ってもシナプスが正常化するには少し時間がかかって、リバウンドしてしまうという結果だ。

しかし、これはダイエットという極めて現代的な視点で見た時の話で、実際には食べられない限り、餌を求めて行動するために食欲を高めるのは当然のことだろう。おそらく重要なのは、この回路を使って体重が減っても食欲がわかない人を助けることではないかと思う。

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