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日本構想フォーラムの新しい企画「今若い人が考えるべきことやるべきこと」

2023年8月18日
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メンバーとして参加している日本構想フォーラム(https://nihonkosoforum.org/)は9月から、若い人との交流を深めようと、法政大学をお借りして「若い世代が今考えるべきことやるべきこと」と題して、セミナーシリーズを企画します。最初は9月2日、14時から法政大学市ヶ谷キャンパスで、メンバーの茂木健一郎さんに話題提供していただきます。既に第2回、第3回ものスケジュールも決まっており、詳細と参加申し込みは以下のサイトからお願いします。 

詳細と参加申し込みはこちらから。 https://plus.onecareer.jp/events/52

カテゴリ:セミナー情報

8月18日 デザイン化された細菌叢が誘導するT細胞レパートリー(8月16日 Nature オンライン掲載論文)

2023年8月18日
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ちょうど一月前、子供のT細胞は腸や肺で食べ物や細菌叢によって誘導されることを示した研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22551)。しかし、どのT細胞受容体がどの抗原により刺激されるのかを調べることは、簡単でない。特に細菌叢となると何千もの細菌と何百万もの抗原受容体レパートリーとの相互作用を研究するなどは、不可能に近いと思える。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、この不可能へのチャレンジで、複雑な細菌叢に反応するT細胞を特定し、それを刺激している抗原まで追求した研究だ。8月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mapping the T cell repertoire to a complex gut bacterial community(複雑な腸内細菌コミュニティーに対するT細胞レパートリーをマッピングする)」だ。筆頭著者はおそらく日本からのNagashimaさん。

この研究の背景には、以前紹介した、細菌叢をもう少し単純化したモデルに集約するための人工細菌叢デザインについての、同グループからの論文がある(https://aasj.jp/news/watch/20583)。 この論文では、デザインした細菌叢だけで、通常マウスに匹敵する免疫システムが発生していることが示されていた。

この100種類(実際には97種類と112種類の2タイプあるが、100種類とまとめてしまう)というのがミソで、これにより細菌叢全体に対する反応だけでなく、個々の細菌に対する反応を個別に調べることが可能になる。

とはいえ大変な実験で、無菌動物にデザイン細菌叢を移植、様々なタイプのT細胞が誘導されていることを確認した後、個別の細菌に対する腸内のT細胞の反応を調べ、多くの細菌に対してエフェクターTや抑制性T細胞が反応することをまず確認している。

100種類の細菌と言っても、おそらく無数のT細胞が反応していると思われる。反応している全てのT細胞抗原受容体(TcR)を特定するのは現在のところ難しいが、single cell RNA sequencingで細菌叢を移植したマウスで出現頻度の高い TcR をまず37種類選んで、その抗原反応性について調べている。強調しておくが、実験は大変で、全てのTcRをウイルスベクターに組み込み、一つづつ反応を IL2量で測定できる細胞に導入して、各TcRの個別の細菌に対する反応性を調べている。

結果だが、ほとんどのTcRが複数のバクテリアに反応し、20種類近くのバクテリアに強く反応するTcRも10種類以上特定されている。このパターンから、細菌叢から強く刺激を受けるT細胞のレパートリーは、以外と限られたセットに集約してる可能性が示唆された。

この研究の素晴らしいのは、ここで止まらず TcR が対応している抗原まで調べた点だ。最も強い反応を誘導する細菌グループのゲノム・ライブラリーを導入した大腸菌を用い、どの抗原が反応を誘導するかを探索し、最終的にバクテリアの分子取り込みシステムと結合している SBP蛋白質の、しかも限られたペプチドであることを突き止める。さらに、もう一つのグループの細菌の抗原も同じように検索し、TPRL分子を特定している。

結果は以上で、多くの TcR受容体が細菌叢により動員されると思うが、実際に強い反応を示すのは、限られた抗原ペプチドに対する TcR に収束することを示した面白い研究だ。特に少数の抗原ペプチドに、複雑な反応を収束させることが出来ると、細菌叢による免疫反応を人為的に調節するワクチンも夢ではなくなる。

デザイン細菌から、TcR、そして抗原まで、このグループの研究には今後も注目したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月17日 肌の色の大きな多様性を決める分子の探索(8月11日号 Science オンライン掲載論文)

2023年8月17日
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現役時代の一時期、色素細胞の発生を研究していたので、他の人より肌や毛の色を決めるために多くの遺伝子が関わっていることは知っていた。肌の色を決めるメラニンの合成と、その皮膚細胞への移行は極めて複雑で、メラニンはメラノゾームと呼ばれる特殊なエンドゾームで合成される。すなわち、まず特殊な構造とメラニン合成系を備えた初期メラノゾームがエンドゾームから形成され、それが成熟して最終段階になる間に、内部でメラニンが合成される。ただ、私たちの時代はどうしても一つ一つの分子の機能にこだわり、この複雑な合成系に関わる分子を俯瞰的に見ることはほとんどなかった。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、メラノソームの細胞内密度を簡単に測る方法を開発し、メラノゾームの質、量を決める分子をCRISPRの網羅的スクリーニングで行い、169種類の肌の色に関わる分子を特定し、その一部の機能を明らかにした研究で、8月11日号 Science に掲載された。タイトルは「A genome-wide genetic screen uncovers determinants of human pigmentation(ゲノムワイド遺伝子スクリーニングにより肌の色の決定要因が明らかになった)」だ。

これまで利用されなかったのが不思議だが、細胞内のメラノゾームの成熟と密度の指標として、フローサイトメーターでの側方散乱量を用いている。血液学では、顆粒球やマスト細胞などの顆粒量を反映する指標として確立しており、当然色素細胞でも適用できる。

あとは、色素細胞株の全遺伝子をCRISPRでノックアウトし、それにより側方散乱量が上げる or 下げる遺伝子をリストし、全部で169種類の遺伝子を特定している。

このスクリーニングでは、成熟色素細胞内で働いている遺伝子のみ特定できるので、発生や、細胞増殖などに関わる遺伝子は除外されるが、これまで特定されている遺伝子はたった34種類だけだ。

リストされた分子は、予想通りメラニン合成に関わる遺伝子の発現、そしてエンドゾームからメラノゾームへの成熟過程に関わる遺伝子になる。そして、このうち7割近くが、肌の色が黒い人ほど色素細胞での発現が高い。またほとんどが、肌の色や毛色と相関する SNP とリンクしていることも確認された。すなわち、メカニズムの詳細はともかく、メラノサイトでのメラニン色素の密度に関わることが確認された。

例えばヨーロッパ人でこれら遺伝子がどう選択されてきたのか調べていくと、明らかに色が白くなる方に選択されていることがわかる。すなわち、住む場所に応じた遺伝的適応が起こることがわかる(おそらくビタミンD吸収に関わる?)。

そして最後に、これまで色素との関係が全く知られていなかった KLF6 と COMMD3遺伝子とメラノゾームとの関わりを詳しく調べている。

結果だが、KFL6 は数百の遺伝子の発現を調節して、メラノゾームの成熟を定量的に調節していること、また COMMD3 はメラノゾームの ATPase を調節して pH を上昇させることで、メラニン合成酵素の働きを高めることで、色素量を調節していることを示している。

以上が結果で、メラニンの量に着目することで、新しい世界が開けた。おそらく白い肌を目指す化粧品会社にとっては重要なリストではないだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月16日 気になった臨床研究3編(8月10日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2023年8月16日
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臨床研究で気になった論文3編をまとめて紹介する。

最初はイタリアトリノ大学からの論文で、通常の治療に反応しないループス腎炎に対する抗CD38抗体治療の第1相治験だ。

ループス腎炎はSLEに合併する腎炎で、かっては副腎皮質ホルモンしか治療法がなく、難しい病気だったが、現在では様々な免疫抑制剤が利用できる様になっている。それでも、一部は治療に応答しないケースもあり、現在様々なモノクローナル抗体の効果が調べられている。

この研究が用いるCD38抗体は、現在多発性骨髄腫の治療に用いられている抗体薬で、形質細胞で発現が高いが、実際にはT細胞も含め多くの免疫細胞で発現が見られる。この研究では治療応答性の悪いループス腎炎患者さん6人に、CD38抗体のみの治療を行って経過を見ている。

コントロールのない観察研究だが、1例を除いて残り全員で抗DNA抗体、蛋白尿、クレアチニン、インターフェロンγ が低下し、一方免疫を抑える IL-10 の濃度が上昇することを観察している。第一相のプライマリーアウトカムである副作用はほぼないという結論だ。

単純に骨髄腫の治療と同じメカニズムで働いているのか、あるいは他の免疫抑制機構が働いているのかさらに調べる必要があるが、期待を上回る結果で、第2、第3相の治験を待つことになる。

次もNature Medicineにオンライン掲載された、脳卒中後1-3年経過したリハビリ中の患者さんの小脳歯状核に深部電極を設置し、手の機能回復に対する効果を調べたクリーブランドクリニックからの論文だ。

これまで、迷走神経刺激や皮質刺激で、卒中後のリハビリを促進する試みが行われてきたが、結果はまちまちだ。この研究では、それまでのマウスやサルを用いた動物実験に基づき、小脳、視床、大脳運動野などと神経結合し、運動の調節に関わる歯状核に深部電極を設置した点が新しい。

電極を設置してから3ヶ月はリハビリのみで経過を見ており、4ヶ月目から電気刺激を取り入れている。すると、リハビリだけではゆっくりしていた回復が、電気刺激により大きく促進され、刺激やリハビリを中止しても機能が保全されることがわかった。

さらに機能回復に応じて、脳のPET検査による代謝改善も見られることから、脳細胞自体の活性も高まっていると考えられる。

この治療は卒中後1年の患者さんも、3年目の患者さんも回復度に差がないので広く適用できると期待されるが、遠位の運動機能、すなわち手や指の機能がある程度残っていないと、効果はあまりないのが残念だ。専門家でないので、実際の快復度についてイメージがわかないが、リハビリ効果をためられるなら期待したい。今後の第3相試験を期待したいが、この場合コントロールがどのように設定されるのだろう。

最後はハーバード大学が8月8日米国医学雑誌に掲載した論文で、閉経後の女性を20年以上追跡するコホートで、砂糖入り飲料と肝臓ガンの関係を調べた調査研究だ。

Brigham and Women’s Hospital を中心に組織化された10万人規模の閉経後の女性追跡コホートで、3年目に聞き取り調査を行い、調査日前3ヶ月での砂糖入り飲料、あるいは人工甘味料飲料の消費量で層別化し、それぞれのグループの肝臓ガン、及び肝硬変による死亡率を調べている。

結果は明瞭で、毎日1本以上(200ml−500ml飲料)飲み続けていた女性では、20年目の肝臓ガンや肝硬変死亡数は2倍に達し、補正後のオッズ比で1.9に達している。

それ以外の一週間に1-6本というグループではほとんど飲まない人と差がないので、もう少し詳しい層別化も必要かと思うが、砂糖入り飲料の問題を浮き彫りにしている。

一方、この調査で人工甘味料入り飲料では全く飲まない人と差がないので、様々な問題は指摘されていても、人工甘味料入り飲料は肝臓疾患という点では許容できるという結論だ。

当たり前と言えば当たり前だが、肝臓ガンの発生率を調べた研究はほとんどないので、その意味では重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月15日 ここまで来たヒト化マウス研究:マウス肝臓をヒト細胞で置き換える(8月9日 Cell オンライン掲載論文)

2023年8月15日
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動物をヒトの細胞で置き換える研究は何十年も続けられてきた。scidマウスと呼ばれる免疫不全マウスが発見されたとき、ヒト細胞への拒絶反応が抑えられる期待で研究が加速した。その結果、ヒト血液幹細胞をマウスの中で自己再生、分化させることがかなり可能になった。ただ、ヒトと動物の壁は免疫だけではない。組織維持に必要な様々な分泌因子は、マウスの分泌因子で置き換えられない因子が多い。すなわち、目的の組織を環境ごと変化させる必要がある。これを実現するためには、膨大な努力と時間がかかる。

この難題にチャレンジしてきたのがイェール大学の Richard Flavell 率いる研究グループで、免疫不全だけでなく、自然免疫に関わるマウスサイトカインを一つづつヒト遺伝子に置き換えたマウスを作成していた。こうして出来たヒト化マウスは、ヒト免疫系の再構成に利用され、新型コロナウイルス感染を防ぐモノクローナル抗体作成にも活躍した。

今日紹介する Cell の論文は、その Flavell グループが満を持してヒト化臓器再構成に取り組み、イージーな方法をとらず一歩一歩ヒト化を可能にしてきた地道な研究が花咲いた画期的な成果で、8月9日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Humanized mouse liver reveals endothelial control of essential hepatic metabolic functions(ヒト化されたマウス肝臓は基本的な代謝を調節する血管の役割を明らかにした)」だ。

この研究では5種類のサイトカインがヒトに置き換わったマウス(Flavellマウスと呼ぶ)を肝臓の酵素欠損により生後肝臓細胞が失われる Fah(-)マウスと掛け合わせて使っている。2007年、Fah(-)マウスを免疫不全マウスと掛け合わせ、ヒト肝臓細胞を移植すると、生き残るマウスでは肝細胞がヒト化することが Grompe らにより示され、肝臓ヒト化マウスとして期待を集めた。しかしマウスとヒトの壁を完全には乗り越えられないため、人間の肝臓研究に広く用られるまでには至っていなかった。

まず Flavel x Fah(-)マウスに、ヒト胎児肝細胞からCD34(-)細胞(主に肝臓細胞)とCD34(+)細胞(血液や血管)を別々に調整し、肝臓に直接移植して3ヶ月後の肝臓を調べている。結果は期待通りで、見事に様々な肝臓構成成分がヒト細胞で置き換わる。そして、血管や血液などはほとんどCD34(+)から由来することが確認された。おそらく、ヒト化したサイトカインの働きだけでなく、再構成された様々なヒト細胞が相互作用をして、ここまで見事にヒト化が成功したと考えられる。

そこで肝細胞のソースを胎児肝ではなく成人の肝細胞に変え、胎児肝のCD34(+)細胞とともに移植すると、100%の肝細胞が成人ヒト肝細胞で置き換わる一方、血液細胞、血管内皮、星状細胞、そして驚くことに胆管細胞まで胎児肝CD34(+)細胞に由来する肝臓ができあがった。すなわち、肝細胞と、それ以外の細胞を別々に再構成できることがわかった。またこうして出来た細胞構築はほぼ完全に正常構造を持っていることも確認している。

こうしてヒト化された肝臓を持つマウスは、普通のマウスとは大きく違う。例えばマウスでは低レベルの血中LDLが、人間並みに高レベルを示す。そして、胆汁酸はマウスと異なりグリシンと結合している。このデータを見るまで、マウスもヒトも肝臓の脂肪代謝は同じかと思っていたが、その違いについて改めて勉強できる。勿論、脂肪の多い食事で脂肪肝を簡単に誘導できるし、肝臓の線維化を誘導すると人間のコラーゲンが分泌された肝硬変になる。

このように、これまで行われてきたイージーなヒト化マウスとは全く異なる新しいモデルマウスが生まれたことになるが、圧巻は血管内皮と肝臓細胞との相互作用が、ヒト肝臓のコレステロール代謝に必須であることが明らかになったことだ。

このシステムの素晴らしいのは、肝細胞とそれ以外の細胞を別々に再構成できる点だ。これを利用すると、肝細胞以外はマウス由来という動物も作れる。もしマウスの分泌因子がヒト肝細胞に働けないとすると、その機能が欠損したマウスが出来ることになる。

肝細胞以外の細胞(NPC)をヒト、あるいはマウスで再構成して比べると、ヒトNPCによってだけ肝細胞の代謝に関わる遺伝子発現、特にコレステロールなどの脂肪代謝に関わる遺伝子が大きく変化することがわかった。また、胆汁酸のヒト型の処理も、ヒトNPCが必要であることも明らかにされている。このように、ヒト細胞同士でないと再現できない機能は多い。

そして最後に、NPCのなかでも血管内皮細胞が肝細胞を刺激する主役で、驚くことに内皮が分泌するWnt2と肝細胞が発現するその受容体FDZ5が、NPCにより誘導される相互作用の全てであることを示している。すなわちヒトWnt2はマウスWnt2で置き換えられない。

まだまだ紹介したい結果はあるが、後は自分で読んで欲しい。ほぼ完全にヒト化された肝臓システムが出来ただけでなく、Flavell達がずっと強調してきた、マウスサイトカインを一つづつヒトで置き換えることの重要性が改めて示された。おそらく次は血管内皮のWnit2がヒト型に変えられた動物も作られるのではないだろうか。脂肪細胞や膵島がヒト化されれば、まさに代謝研究は違う段階に入る。

素晴らしい研究で感動した。Flavell達の研究が新しい地点に到達し、地道な努力がついに実ったことは本当にめでたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月14日 血管性認知症のメカニズム(8月7日米国アカデミー紀要掲載論文)

2023年8月14日
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認知症というとアルツハイマー病と考えられてしまうが、高血圧に伴う血管性認知症も全体の2割以上を占める深刻な問題で、軽度な症状で発見されても、血圧を下げる以外に全く治療法がない。

今日紹介するマンチェスター大学からの論文は、独自に作成した高血圧マウスを用いて高血圧で脳血流量が低下するメカニズムを調べた研究で、8月7日号米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Uncoupling of Ca 2+ sparks from BK channels in cerebral arteries underlies hypoperfusion in hypertension-induced vascular dementia(BKチャンネルから放出されるカルシウムスパークから切り離されることが高血圧による血管性認知症の血流量減少の背景にある)」だ。

この研究では独自に作成した、複数の遺伝子が関わって発症する高血圧モデルマウスを用い、人間の血管性認知症と同じように、不安症が強い記憶障害が起こっていることを確認する。また、このマウスでは脳血流量が15%減少して認知症の原因になっていることを示している。

この原因についてだが、これまでの研究で脳毛細血管のカリウムチャンネルが低下しており、これが原因の一つであることを突き止めていた。さらにこの研究では、より大きな小動脈の異常についても生理学的に調べ、小動脈が収縮しているためおおよそ10%の内径の減少が見られることを確認する。

この小動脈収縮の生理学的原因を調べ、小動脈周りの平滑筋が発現しているカルシウムにより活性化されるカリウムチャンネル(BKチャンネル)の活動が低下し、これが小動脈の持続的収縮の原因であることを突き止める。

原因となるチャンネルが特定されると、後は生理学的実験を重ねて、変化の原因を調べることになる。当然遺伝子変異ではないので分子の構造は変化していない。ここからは血管生理学というか、BKチャンネルの活性化機構についてのプロフェッショナルな研究で、少し説明がいる。

BKチャンネルを活性化させるのは、小胞体からリアノジン受容体を介して放出されたカルシウムで、そのためにはリアノジン受容体とBKチャンネルが近接して高いカルシウム濃度にBKを晒す必要がある。このため、BKチャンネル活性の低下は、小胞体からのカルシウム分泌の低下、あるいはBKチャンネルの発現低下などが考えられる。

ところがこのマウスでは、カルシウムの遊離及びBKチャンネルの密度などは全く変化がないことがわかった。しかしよく調べると、BKチャンネルとリアノジン受容体が高血圧マウスでは近接していないことがわかった。すなわち、カルシウムが遊離されていても、その場所にBKチャンネルが存在していないため、刺激できていないことがわかった。

結果は以上で、簡単に述べてしまったが、BKチャンネルとリアノジン受容体の分布異常については、微細組織学の粋を集めた実験で、是非自分で見て欲しい。

個人的にも、血管性認知症については、動脈硬化など血流量が減れば仕方がないで片付けていたが、血管の緊張異常として新しく示されると、納得した。ただ、これが原因だとすると、細胞内の構造の問題なので、治療法を考えるのは難しそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月13日 自己免疫性脳炎を抑制できる乳酸合成バクテリア設計(8月9日 Nature オンライン掲載論文)

2023年8月13日
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昨日の大腸ガンを診断できるバクテリアの設計に続いて、今日は自己免疫性脳炎を抑制するバクテリア設計について述べたハーバード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Lactate limits CNS autoimmunity by stabilizing HIF-1α in dendritic cells(乳酸は樹状細胞でHIF-1αを安定化させて中枢神経系の自己免疫を制限する)」だ。

この研究は、ミエリン抗原ペプチドを免疫して誘導する実験的脳炎モデルで、脳に移行してくる樹状細胞(DC)の転写因子HIF-1αの発現が高いことの発見から始まっている。

HIF-1αは低酸素により活性化される転写因子だが、なぜ炎症で上昇するのか、またその時の機能は何か、が次の問題になる。

HIF-1αをDCでノックアウトすると、チフス菌に対する腸管での免疫が高まることから、DC内のHIF-1αは炎症で誘導され、炎症性サイトカインやT細胞との相互作用を制限する一種のチェックポイントとして働くことを発見する。

次に、DCのHIF-1αを誘導する分子を探索し、乳酸がもっとも高い活性を持つことを発見する。また、乳酸によって誘導されたHIF-1αはで活性酸素合成を抑えるミトコンドリア分子Ndufa412を誘導し、これにより炎症で誘導される活性酸素が抑制されることが炎症や免疫の暴走を止めていることが明らかになった。

とすると、乳酸は免疫のチェックポイントで、免疫を誘導したいときには有害だが、免疫を抑えたいときには役に立つことになる。実際、乳酸を腹腔に投与し続けると自己免疫性脳炎を抑えることが出来る。またL型だけでなく、成体では利用されないD型でも同じ効果がある。

我々と異なり、細菌にはD型乳酸合成経路が存在する。そこで、このD型乳酸を合成する大腸菌を設計し、これを経口的に投与することで同じように自己免疫性脳炎を抑えられるか調べ、高い効果が存在することを示している。

以上が結果で、乳酸を多く合成できるバクテリアはDCに働いて、全身の炎症を抑えることが出来るという結果で、このためにD型乳酸を合成する細菌をプロバイオとして利用できることがわかった。

たしかに、一見面白そうだが、気になる点も多い。まず乳酸がHIF-1αを誘導する仕組みがはっきりしない。以前紹介した様に、乳酸は数多くの蛋白質と結合し、その機能を調節する可能性がある(https://aasj.jp/news/watch/21768)。このプロセスが不明なまま掲載されたのは不思議なぐらいだ。

あと、乳酸菌がプロバイオとして広く使われていることを考えると、乳酸菌を改変する方が実際のプロバイオ使用に近い気がする。例えばロイテリ乳酸菌はAhRを回する免疫制御機構を刺激することが知られている。同じ菌に腸内条件で乳酸をもっと作らせれば一石二鳥になるかも知れない。プロバイオで締めたのは手練れているが、よく読むと完璧にはまだまだというのが私の感想だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月12日 ガンを検出できるバクテリアを設計する(8月11日号 Science 掲載論文)

2023年8月12日
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生物を使ってガンを診断する可能性は現在も追求されている。例えば犬に患者さんを嗅がして診断する方法は有名だが、我が国では線虫の感覚系を使う方法が大々的な宣伝のおかげで最もポピュラーではないだろうか。ところがm3サイトのDoctors Communityに、病院のガン患者さんの了承をとって10人分の尿を線虫でガンを診断する会社に送ったところ、全員で陰性という結果が返ってきたことが報告されていた。勿論真偽のほどはわからないが、これが本当なら問題で、厳密なメカニズムを解明する前に科学を装って商売したこの会社とこの宣伝を企画した広告会社の責任が問われる様に思う。

これに対し今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、よく知られたメカニズムを元に、ガンを生物(この場合特殊なバクテリア)で診断する方法の開発で、実用性はともかく面白い研究だ。タイトルは「Engineered bacteria detect tumor DNA(バクテリアを操作して腫瘍DNAを検出させる)」で、8月11日 Science に掲載された。

この論文を読むまで全く知らなかったが、この研究で使われたAcinetobacter baylyiは環境にあるDNAを簡単に取り込む仕組みを持っており、何の処理をしなくても遺伝子導入効率はダントツの細菌だ。

この研究は、Acinetobacter baylyiをガン局所に存在させることでガンを含む人間の組織から出てきたDNA断片を取り込ませ、ガン特異的遺伝子を取り込んだ細菌だけが標識出来る様にして、ガン遺伝子が存在を検出するという、なかなかユニークな着想に基づいている。このバクテリアのことを知り抜いた、凡人には思い浮かばない発想だ。

実際には、Ras遺伝子の相同部位に挟み込まれた標識遺伝子を導入し、Ras遺伝子が組み込まれたときだけストップコドンが除去され、標識遺伝子がオンになる Acinetobacter baylyi を用意している。この遺伝子操作 Acinetobacter baylyi は、周りにRasを取り込んで相同組み換えが起こると、カナマイシン耐性で、GFPを発現する様に設計してある。結果は期待通りで、Ras遺伝子が存在するときだけ標識された Acinetobacter baylyi が検出できる。

次の問題は、ガンの診断には正常のRasと変異型Rasを区別する必要がある。この目的には CRISPR/Cas を用いて、正常のRasはガイドと反応して分解される様に設計しておくと、期待通り変異Rasのみ標識が発現する。この系は3pg/mlのDNAを検出する感度があり、またオルガノイド培養に加えると、ガンと正常を見事に区別する。

最後に、直腸ガンの動物を診断するのにチャレンジしている。この目的には、標識発現を抑えるレプレサーが、腸内に存在するRas遺伝子と組み変わることで除去され、標識が発現される設計を用いている。正常Rasと変異Rasの区別は、同じように正常Rasが組み込まれたDNAがCRISPRで分解される様に設計している。結果は、期待通りでガンが存在する直腸に注入したときだけ、標識分子を発現した Acinetobacter baylyi を検出できる。

以上が結果で、原理が先にありきのアイデアで、ユニークな着想に感心する。ただ、実用化となると時間がかかるだろう。同じ目的でPCR検査も可能だが、便の処理やDNAの抽出などが必要なので、薬剤耐性細菌の出現だけでガン遺伝子が存在していたかどうかがわかるこの検出系は費用の面で格段のメリットがあると思う。ゆくゆくは人間ドックの3-4日前にヨーグルトを飲んで、検便でガンの存在がわかるというところが目標だろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月11日 組織適合抗原をガン細胞表面に停滞させる方法の開発(8月8日 Cell オンライン掲載論文)

2023年8月11日
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ガンやウイルス感染でキラー細胞が誘導できても、細胞表面に抗原ペプチドを提示してくれる組織適合性抗原、キラー細胞の場合はクラス1MHC(MHCI)の発現がないと役に立たない。例えば、Covid-19感染後の免疫機能の主役であるキラー細胞のアタックを防ぐため、コロナウイルスもMHCIとβ2ミクログロブリンの結合を不安定化させる分子を持っていることが知られている。同じように、ガン細胞の免疫回避でもMHCIの発現を低下させることが重要なガン側の戦略になっている。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、ガンの免疫回避メカニズムを探索する中で、MHCI とガン抗原ペプチドを細胞表面からリソゾームへ移行させて分解する仕組みを明らかにし、ガン免疫を維持する分子標的になる可能性を示した研究で、8月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A membrane-associated MHC-I inhibitory axis for cancer immune evasion(ガンの免疫回避に関わる膜上に存在するMHCIを阻害軸)」だ。

研究ではキラー細胞が認識するペプチドを提示した MHCI の量を抗体ではかれる様にした細胞を用いて、CRISPR/Cas9網羅的遺伝子ノックアウトを行い、Ag/MHCI が上昇する変異、低下する変異をまずリストしている。これらの遺伝子はこれまで MHCI 発現や、抗原ペプチドのロードに関わる分子として知られている分子で、スクリーニング方法が機能していることが確認できる。

この中から、他の MHCI の細胞表面発現にも影響がある遺伝子をさらに探索し、欠損すると MHCI が表面上に持続する2分子、SUSD6 と TMEM127 を発見する。

後はこの2分子の機能を丹念に解析しており、詳細を省いて結論だけ述べると以下の様になる。

SUSD6は構造がにぎり寿司に似ていると名付けられたSushi domainを持つ膜蛋白質で、TMEM127も4回膜貫通型の蛋白質で、それぞれ細胞膜上で MHCI と結合する。これにより細胞内のユビキチンリガーゼが MHCI にリクルートされ、リソゾームへと移行して分解される。この結果、膜上での MHCI の発現量が低下する。逆に、ガン細胞から SUSD6 や TMEM127 をノックダウンすると、MCHI の膜上の発現が持続し、その結果移植したホストに拒絶されやすくなり、生存期間が延びる。

以上が結果で、MHCI と細胞膜上で直接結合し、MHCI をリソゾームで分解する分子が見つかったことで、個の分子との会合をうまく止めてやれば、MHCI の細胞膜上での寿命を長引かせて、結果ガン免疫を増強できる可能性がある。具体的にはどうすればいいのか、この会合に関わる分子機構の解明が必要だが、面白い治療標的だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月10日  IGFが記憶成立を助けるメカニズム(8月2日号 Science Advances 掲載論文)

2023年8月10日
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IGF(insulin like growth factor)はインシュリンと似たシグナル経路を活性化して、発生から成長、そして組織の維持に重要な働きをしている。当然のことながら、脳の発生や維持にも機能していることが知られており、神経の発生だけでなく、神経保護、シナプス可塑性、記憶の維持にも機能していることが知られている。また、高齢者ではIGFの発現量が低下していることから、高齢者の認知機能の低下の一因と考えられている。

今日紹介する米国フロリダにあるマックスプランク研究所からの論文は、IGFが長期記憶成立に関わるメカニズムの一端を個々の細胞でのシグナルを追跡することで明らかにした研究で、8月2日号 Science Advances に掲載された。タイトルは「Local autocrine plasticity signaling in single dendritic spines by insulin-like growth factors(局所的に単一スパインレベルで行われるIGF自己刺激により神経可塑性が誘導される)」だ。

この研究では様々な方法が利用されているが、ともかく個々の細胞を見ると言うことにこだわっている。まず、IGF-1 の発現を細胞レベルで見ると、CA1領域の錐体細胞のみで発現している。これほど特異的な発現があるのかとまず驚く。

次にスライス培養を用いて、単一スパインを局所的に刺激した後におこるスパイン構造の変化を追跡すると、IG-1欠損細胞では、スパインの大きさの維持がほとんど出来ない。また、この形態学的な変化は、生理学的な長期増強効果として確認できる。

すなわち、グルタミン酸刺激による活性化されたスパインでは IGF が局所的に分泌され、これが同じスパイン上の IGF受容体を刺激して、スパインの形態や機能を維持する役割を演じていることがわかった。そこで、この IGF自己刺激がスパイン内でのシグナルへと変換されるかどうかを調べる目的で、IGFシグナルが入ると細胞内が蛍光を発する様に操作した動物を用いて、一個のスパインをグルタミン酸で刺激、その後の IGF受容体の活性状態をモニターすると、刺激後すぐから受容体活性化がはじまり、活性状態は30分近く続く。それとともにスパインは大きくなることから、IGFシグナルが明らかにスパインの形態変化を誘導していることがわかる。また、受容体活性状態は、デンドライトにも拡がっていくが、その速度は遅く、刺激されたスパイン特異的に長期的活性化状態が維持されることがわかる。

この単一スパインの IGF受容体活性化状態をモニターした実験がこの研究のハイライトで、イメージとして示されることで高い説得力がある実験だ。

さらに、同じく海馬のCA3では、IGF-1 の代わりに、IGF-2 が同じ役割を持つことも示しており、記憶の中枢で、同じ機能を持つリガンドを、わざわざ峻別して使っていることも興味深い。

以上が結果で、わかっていると思っていたことでも、細部を見ないと本当の理解はないことを示した面白い研究だと思う。また、記憶の成立について、新しいヒントや課題も示されたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年12月
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