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8月16日 けんかに強くなる脳回路(8月11日 Cell オンライン掲載論文)

2025年8月16日
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けんかが強いというのは才能で、はっきり言って怖じ気づかない事が最も重要な気がする。自分を振り返ると、この恐れる気持ちを振り切るのが苦手で、けんかには弱かった。高校時代ラグビー部に所属していたが、半分けんかに近いところがあり、タックルは下手だった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、4匹のマウスを互いに競わせて力の階層ができたときに、各階層のマウスの脳を比較してランキングを固定する脳回路を調べた研究で、8月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Molecular and neural control of social hierarchy by a forebrain-thalamocortical circuit(社会的階層は前脳-視床皮質回路の分子的神経学的調節により決められる)だ」。

こういう研究は脳を調べるまでの実験設定が面白い。4匹の別々に育ったオスマウスを、一つの部屋で競わせたり、またチューブの中を動いているとき鉢合わせしたとき進むか退くかを何度も繰り返させ、最終的に4匹のランクが形成するのを待つ。ある時期にトップとボトムは決まるが、2位と3位のランクはなかなか固定しないが、最終的には固定する。

面白いことに、こうして発生したランクは精子の数と、唾液腺の大きさと一致している。要するに身体的強さに応じたランキングができる。

このようにランキングが固定すると、様々な脳を調べる方法が存在する。まずチューブテストではランクに応じて進む退くが決まるが、このときの脳の活動を比較すると、前頭前野と連携して意志決定などに関わる背内側視床核 (MDT) と行動調節に関わる前帯状皮質 (ACC) でトップランクのマウスで活動が高いことがわかった。

この結果を機能的に確かめるため、まず MDT 神経を破壊すると、社会性とは無関係にランキングを固定化する機能があることがわかる。そこで、光遺伝学などを用いて MDT を刺激あるいは抑制する実験を行い、刺激によりランクの低いマウスがけんかに強くなる。一方、トップランクのマウスにはほとんど影響はない。一方、阻害実験ではトップランクも低いランクもほとんど変化がないことから、刺激程度がランクの意識を維持していることがわかる。

次にトップランクマウスで刺激が高まる分子基盤を遺伝子発現を比べることで探索し最終的に電位依存性のイオンチャンネル TRPM3 の発現が TMD で高まることが、トップランクのマウスで TMD の活動を高めていることを明らかにしている。

もちろんランキングは相手の匂いなど様々な認識インプットが統合されて形成されるので、TMD へ投射しているメインな回路を探索し、最終的に眼窩前頭皮質 (OFC) → MDT の活動がトップランクマウスで上がり、逆にランクの低いマウスでは前脳基底部→ TMD の抑制により刺激が上がらないようにできていることがわかった。

最後に TMD から投射を受ける前頭皮質と ACC の回路特性を調べ、トップランクのマウスでは、MDT が興奮すると ACC の抑制神経が興奮し、同じ ACC の興奮神経を抑える。一方、前頭皮質では MDT は直接前頭皮質の興奮を高めて社会的な勝利感を高めていることを示している。

ちょっと回路が複雑になったので整理すると、ACC 興奮は怖じ気づかせる作用があり、一方前頭皮質興奮は社会的勝利感を誘導する。けんかに強くなるためには、ACC の興奮を抑え、前頭皮質の興奮を上げる必要があるが、これを調節しているのが MDT の興奮で、ランキングが固定化する過程で OFC→MDT 回路の活性が TRPM3 発現上昇により高まり、一方で前脳基底部の抑制が低下することで、MDT 活性が高く維持されてけんかに強いマウスが誕生するということになる。

このような研究はやっている方も楽しいが、研究でもけんかが強いことは重要かもしれない。

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