Gene meltingというと古い世代は二本鎖が熱で解離して一本鎖になることを考えてしまうが、2021年、ドイツ ベルリンにあるマックスデルブリュックセンターのグループはこの言葉に新しい定義を与えた。神経細胞の分化に伴う大きな転写調節の変化を正確に捉えるため、分化各段階の核を取り出して領域間の結合性を調べる方法で、分化に伴いTADと呼ぶ区切り(https://aasj.jp/news/watch/3533 参照)が維持できずに溶けたように見える現象、即ち遺伝子コンパートメントが失われリラックスすることを gene melting と名付けた。
この時から4年を経て、今日紹介する米国クリーブランドのケースウェスタン大学からの論文は、TADではなくSox6遺伝子のゲノムとの結合様態から同じように gene melting が観察できることを示した面白い研究で、8月25日号の Cell に掲載された。タイトルは「Transient gene melting governs the timing of oligodendrocyte maturation(一過性の遺伝子メルティングがオリゴデンドロサイト成熟を調節している)」だ。
研究自体はオーソドックスな淡々とした細胞分化研究と言える。iPS細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞 (OPC) 、未熟オリゴデンドロサイト (IO) 、そしてミエリン合成を行う成熟オリゴデンドロサイト (MO) を誘導し、この分化を決めている転写因子を調べる目的でスーパーエンハンサーを形成している領域などについて調べ、OPCからIOではSox6がスーパーエンハンサー支配下にある重要な共通遺伝子で、MOになると発現が抑えられる事を確認する。さらに、この分化の過程で発現しSox6の転写後の調節に関わる数種類のmiRNAの発現が成熟に伴うSox6の抑制に関わることを明らかにし、Sox6のかなり複雑な発現様態が分化をコントロールすることを明らかにしている。
ノックダウンやノックアウトを用いて遺伝子発現を止めると、成熟が進みミエリンが合成される。ただ、オリゴデンドロサイトのアイデンティティーを決定するわけではない。すなわち、Sox6はオリゴデンドロサイトの未熟性を維持する役割を演じていることがわかる。
そこでSox6に結合している遺伝子領域を免疫沈降法を用いて調べると、OPCでは細胞分化に関わる重要な遺伝子を調節しているスーパーエンハンサー内に参加し、特定の調節領域を標的に結合が見られるが、IOの段階になるとスーパーエンハンサー内での結合が外れて、それまで支配していた遺伝子全体に広がって結合することを観察する。即ち、構造化されたエンハンサー内のSox6が溶けるように遺伝子全体に広がることを観察し、これこそが gene melting だと考えた。
Atac-seq を用いてクロマチンの状態を調べると、Sox6が溶けるように広がった遺伝子領域は染色体構造が開いており、また転写マシナリーがアクセスしやすくなっていることを発見する。そして、こうしてSox6が結合する遺伝子のほとんどはオリゴデンドロサイトの分化を未熟状態に置くために必須の遺伝子である事がわかる。即ち、Sox6はIOでは未熟性を保つための遺伝子全体に結合して、クロマチンを広げて転写を維持するのに働いていることがわかる。
その後、何種類ものmiRNAが発現しSox6のmRNAを抑制し始めると、Sox6結合が解消してクロマチンが閉じ、この結果未熟性がないMOへと分化し、ミエリンを作り始める。
以上が結果で、未熟な間はミエリンを作らせずに機動性を重視するため、未熟性を維持する面白い機構として gene melting が使われていることがわかる。TADは調べていないので、マックスデルブリュックセンターが定義した gene melting と完全に一致するかはわからないが、Sox6が全体に溶けるように結合しており、そこに様々な調節領域がアクセスするとTADも溶けてしまうように見えると思う。
この研究はこれで終わらず、多発性硬化症でオリゴデンドロサイト増殖が繰り返し刺激されることで完全な成熟が止まってしまうという現象を捉え、この時Sox6を抑制してやることで成熟を誘導しミエリン合成を促進でき、病気を抑えられる可能性まで示している。また、スーパーエンハンサーとの関係で gene melting が存在するとする考えは gene melting の意義を広げると思う。