腸管上皮内の L細胞、及び K細胞からグルコース依存的に分泌されるそれぞれ GLP-1、 GIP の2種類のインクレチンは、G共役型の受容体を介してβ細胞のインシュリン分泌を誘導する。この性質を利用して、2型糖尿病患者さんのインシュリン分泌を助ける目的で利用され始めた GLP-1 受容体作動薬は、予想を超えた効果を示し、心血管障害や腎障害を抑制し、今やアルツハイマー病の進行を遅らせる目的でも治験が行われている。そしてこれ以上に世間の注目を浴びたのが、その体重減少効果で、代謝調節だけでなく視床下部の食欲調節神経細胞に作用して食欲を抑えることが効果の主要な原因であることがわかっている。この GLP-1 受容体作動薬ブームにさらに促進したのが、GLP-1 受容体と GIP 受容体の両方に作用する dual agonist で、GLP-1 単独を遙かに超える体重減少効果が見られることから、今やマンジャーロとググると、多くのオンラインクリニックの宣伝がトップに来る有様で、製薬会社も心配するぐらいの隠れたブームになってしまっている。
末梢組織では GLP-1 と GIP 受容体の発現は異なり、dual agonist の作用を完全に把握するのは簡単ではない。さらに、脳への作用となるとよくわかっていないのが現状で、脳幹の GABA 神経特異的に GIP 受容体をノックアウトする実験から、GLP-1 受容体刺激による食欲抑制効果を、この回路を介して促進すると考えられている。
これに対し今日紹介するウェルカム・MRC 代謝研究所からの論文は、GIP がオリゴデンドロサイトの分化を促進し、これが結果的に GLP-1 が脳へ拡散する窓を開けることで GLP-1 作動薬の効果を高めるという、普通では思いつかない可能性を示した研究で、8月13日 Cell Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Glucose-dependent insulinotropic polypeptide receptor signaling in oligodendrocytes increases the weight-loss action of GLP-1R agonism(オリゴデンドロサイトの GIP 受容体シグナルは GLP-1 受容体作動薬の体重減少作用を高める)」だ。
Single cell レベルの転写解析で GIP 受容体 (GIPR) が分化したオリゴデンドロサイト (OL) に強く発現しているという発見がこの研究の動機で、まず視床下部と脳下垂体をつないでいる正中隆起の OL が強く GIPR を発現しており、過食による肥満でこの領域の OL の数が増えることを確認する。
その上で、OL 特異的に GIPR をノックアウトしたマウスを作成、正中隆起での OL の増加は GIPR 依存的であることを明らかにする。一方、OL の前駆細胞では GIPR は発現しておらず、GIP による作用は全く受けない。
驚くことに、OL 特異的に GIPR をノックアウトすると、OL 数が減るだけではなく、全身のエネルギー消費が減りインシュリン抵抗性が上昇、さらに脂肪細胞が肥大する。即ち、正中隆起と言った小さな領域での GIP による OL 分化促進が、全身の代謝に影響している。
これは GIP 単独の影響とは考えにくいため、この研究では GLP-1 の作用との関わりに焦点を当てて調べ、OL で GIPR がノックアウトされると、GLP-1R 作動薬と比べたとき、dual agonist の効果が特異的に減少することを発見する。即ち、GIP と GLP-1 が協調する条件で OL での GIPR ノックアウト効果が出ることを明らかにする。
この理由について、GIPR 作動薬の結果正中隆起で OL が増加し、またミエリン量も増えることで、この経路を介して GLP-1R 作動薬が脳内に侵入しやすくなるのではと考え、蛍光ラベルした GLP-1 を GIPR 刺激で静脈注射する実験を行い、予想通り GIPR 刺激により正中隆起経路を通して GLP-1 が脳内に侵入すること、この侵入は OL の GIPR ノックアウトで阻害できることを示している。
最後に、神経機能を抑える実験から、これまで食欲に関わることが知られている傍室神経のバソプレッシン神経がこのルートで侵入する GLP-1 の標的であることを示している。
GABA 神経の関与などこれまでの研究とすりあわせも必要だとは思うが、GIP が直接食欲を調節するのではなく、OL の分化やターンオーバーを促進し、その結果神経ルートが開いて GLP-1 が脳内に入る道を作るという、全く意外なメカニズムの提案で、この分野について我々がまだまだ知らないことが多いことを示している。
最近の論文を見ていると、薬をやめるとリバウンドは必死で、またこれまで考えられていたほどではないが、それでも筋肉量の減少や筋力の低下を誘導するので、医者の管理の下で使うことが重要だと思う。