先週松本音楽祭に出かけたときかなり広範囲の帯状疱疹がでて、松本市の皮膚科を受診、アメナメビルを処方してもらって、皮疹の拡大は収まっている。この時の痛みはおそらくTRPV1受容体陽性の感覚神経の過興奮が原因だと思うが、TRPV1は有名な唐辛子成分カプサイシンだけでなく、熱、炎症物質など様々なシグナルに反応してしつこい痛みを誘導する厄介者だ。末梢にはこのような興奮刺激が数多く存在するが、TRPV1神経は比較的過興奮に強く、言い換えれば頑丈なアラームセンサーを持っている。しかし、TRPV1を強く刺激すると、神経は死んでしまう。これを利用してヘルペス後の神経痛の治療も開発されている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、TRPV1刺激で誘導される過興奮による細胞死をミトコンドリアの活性がチューニングするという面白い研究で、自分の帯状疱疹のことを考えながら興味深く読んだ。タイトルは「Mitochondrial activity tunes nociceptor resilience to excitotoxicity(ミトコンドリア活性が痛覚受容器を調整して興奮毒性への抵抗性を誘導する)」だ。
研究では培養細胞にTRPV1を発現させカプサイシンで刺激したときの細胞死に関わる分子について、CRISPRシステムで包括的にノックアウトする方法を用いて探索している。カプサイシン処理後生き残った細胞にはこのシグナルに関わる遺伝子が消失していることになる。
当然のことながらTRPV1がノックアウトされると生き残ることから、このスクリーニング系が有効であることがわかる。こうしてリストされたTRPV1刺激による興奮死に関わる分子の中で著者らが注目したのがミトコンドリアの電子伝達系を形成する分子で、単独でノックアウトする実験や、阻害剤を加える実験を繰り返し、ミトコンドリアの電子伝達系を抑えるとかTRPV1依存的細胞の興奮死が防げることを発見する。
通常、神経細胞でミトコンドリアの電子伝達系が抑えられると、それ自身で細胞死が誘導されるぐらいで、これが逆に細胞死を防ぐという事実は全く予想外の結果だったと思う。
ミトコンドリア電子伝達系の機能はATP合成だが、ATPの分解などはこの現象を説明しないことがわかった。
グルタミン刺激による細胞死などカルシウムの細胞内流入が重要な役割を演じているが、ミトコンドリアの呼吸伝達系がNAD産生を通して関わっていることから、カルシウムがTRPV1刺激による興奮死の一端を説明できることが確認される。
しかし、ピルビン酸を直接加えてこの経路をスキップしても、TRPV1刺激は興奮死を誘導することができる。この原因を探ると、もう一つのミトコンドリア機能である活性酸素の産生がTRPV1で誘導されることがわかった。即ち、呼吸伝達系を抑制することでTRPV1刺激による活性酸素産生が阻害され、細胞死が抑えられる事を明らかにしている。
以上が結果だが、末梢神経のようにいつも刺激にさらされている場合、すぐに興奮細胞死が起こってしまったのでは困ったことになる。実際には他の神経細胞と比べると、TRPV1陽性細胞は呼吸伝達系に関わる分子の発現が低く、その結果正常細胞の生存は低い電子伝達系で維持できるようになっていて、そのおかげで末梢の様々な神経にさらされても、簡単に細胞死が起こらないようにできていることを明らかにしている。