小細胞性肺ガンは肺ガンの中でも最も悪性度が高いが、Rb1とp53のガン抑制遺伝子の機能喪失変異以外に決まったガンのドライバーを特定することが難しい。ただ、Rb1機能が失われているため、サイクリンにより活性化される転写因子E2Fの活性のブレーキがきかず、これがガンの弱点になる可能性がある。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、普通ならほとんど無理と考えるサイクリンA/Bに対する薬剤を開発して、細胞周期のブレーキをさらに外すことで、元々ブレーキの効きが悪い小細胞性肺ガン殺す可能性を追求した研究で、8月20日号の Nature に掲載された。タイトルは「Targeting G1–S-checkpoint-compromised cancers with cyclin A/B RxL inhibitors(G1-S-チェックポイントに脆弱性のあるガンをサイクリンA/B RxL阻害剤で治療する)」だ。
細胞が増殖するためにはG1サイクリンだけでなく、DNA合成が進むS期の交通整理を行うサイクリンA、そしてM期への移行に必要なサイクリンBが必須で、素人目に考えるとタイトルにあるようにサイクリンA/Bを標的にするなど、副作用が強くてもってのほかと思ってしまう。
しかしプロはさすがに違う。サイクリンA/Bが他の分子と相互作用する時に結合する相手方のアミノ酸領域を標的にした経口摂取可能な環状ペプチドを開発し、小細胞性肺ガンを処理すると、かなりの数のガンがアポトーシスに陥る一方、正常細胞はほとんど影響がないことがわかった。要するに案ずるより産むが易しとはこのことだ。
しかしなぜこのような特異性が出るのかを調べる目的で、この阻害剤が効く細胞と効かない細胞を調べると、E2Fの活性化が最初から高い細胞に効果が高いことがわかる。当然Rb1が機能的に失われた小細胞性肺ガンはE2F活性が高く感受性が高い。サイクリンAは様々な過程に関わるが、E2Fをリン酸化して機能を低下させ、サイクリンB/Cdk1によるM期移行を用意する作用もある。即ち、今回開発された環状ペプチドはこの作用を抑えるため、Rb1機能欠損でE2F活性が高い細胞は、さらにサイクリンAを介するE2F活性抑制が効かず、強いストレスにさらされ細胞死に陥りやすいことがわかった。
さらに、この阻害剤を処理すると分裂期に必要な様々な分子の活性化が上昇するという、サイクリンBを標的にしたとは思えない過程が誘導され細胞死が起こることもわかった。即ち、サイクリンB阻害剤がサイクリンBの活性化を上昇させていることになる。この原因を探ると、この環状ペプチドはサイクリンBとCdk1の活性化を抑えるチェックポイント分子Myt1との結合を阻害して逆にサイクリンBの活性を高め、分裂期の転写のブレーキがきかなくなることがわかった。
さらにこの過程を解析して、Myt1とサイクリンBの結合が阻害されることで、通常ならサイクリンBが結合しないCdk2との結合が細胞内で起こってしまい、分裂期の微小管の活性化に対するブレーキも効かなくなり、細胞死へと誘導されていくこともわかった。
細胞周期の研究はもともと複雑で、実際には複雑な実験を繰り返し以上の結果を得ているが、わかりやすく一言でまとめると、今回開発されたサイクリンA/B阻害剤は、Rb1やp53欠損のようなチェックポイントが効かない特徴を利用して、さらにS/M期のブレーキを外すことで、細胞を殺すという不思議なタイプの抗ガン剤になることがわかった
最後に患者さん由来の小細胞性肺ガンを免疫不全マウスに移植し、開発された環状ペプチドを経口摂取させると、ガンの増殖を強く抑制することを示し、臨床応用可能性を示している。
以上タイトルを見たとき必須サイクリンを標的にした薬剤とはなんと乱暴なと思ったが、最後は納得するとともに、細胞周期の知識をアップデートできた。