昨日に続いて少し変わった炎症性変化の論文を紹介する。
臨床的観察として妊娠中に母親がストレスにさらされると子供に湿疹が出やすい、という論文が発表されている(例:Letourneau, N. L. et al.、Allergy Asthma Clin. Immunol. 13, 26 (2017).)。今日紹介するフランス・ツールーズ大学からの論文はマウスモデルでこの原因を探った研究で、臨床観察を動物に投影して調べる典型的研究と言える。タイトルは「Maternal stress triggers early-life eczema through fetal mast cell programming(母親のストレスは胎児マスト細胞のプログラムを通して子供時代の湿疹を誘導する)」だ。
この研究では、妊娠13-18日にかけて一日3回マウスを狭いチューブに閉じ込め強い光に30分さらすというストレスをかけている。すると、まず水分の蒸発をブロックする機能が低下し、IL-9、 IL-7、CXCL9の皮膚での発現が上昇し、さらに皮膚の機械的刺激に対して神経学的にも極めて感受性が高くなり、またその結果皮膚の強い炎症が起こるようになる。即ち、ストレスにさらされた母親から生まれた子供に湿疹が出るという現象をマウスで再現出来た。
次にこの原因を探るために、神経過敏の原因として末梢感覚神経を詳しく調べ、機械刺激に関わる神経の密度が高まり、機能的にも刺激されやすくなっていることがわかった。
次に、炎症に関わる血液系細胞についても single cell RNA sequencing を用いて詳しく調べ、ストレスにより遺伝子発現状態が大きく変化するのがマスト細胞だけであることがわかった。しかも、マスト細胞が存在しないWマウスでは、母親のストレスでも炎症は生じないことがわかった。この結果は、胎児のマスト細胞が母親のストレスでプログラムが活性型へと変化し、湿疹の原因になっていることがわかった。
新生児期のマスト細胞のほとんどは胎児期の卵黄嚢に由来し、ゆっくりと骨髄由来マスト細胞に置き換わっていることが知られている。従って、母親のストレスが胎児のマスト細胞に影響を及ぼしていると考えられる。そこで胎児期のマスト細胞を調べると、ストレスのかかっていない母親内の胎児と比べて、強く活性化し、脱顆粒が起こっていることがわかる。このマスト細胞のクロマチン状態を Atac-seq で調べると、コントロールマスト細胞と比べ開いているクロマチンが多い。従って、どの遺伝子と特定はできないが、エピジェネティックな変化がストレスで誘導され、活性化型に変化したマスト細胞が皮膚へ移動することで、幼児期の湿疹の起こりやすい状態が形成されることになる。この状態は24週目を過ぎると消失するので、骨髄由来マスト細胞に置き換わるにつれ、湿疹は改善することになる。
最後に胎児皮膚でマスト細胞を活性化している要因についても調べて、ストレスにより母親のコルチコステロイドレベルが上昇することが活性化を誘導していること、コルチコステロイド合成に関わる酵素をストレスがかかった時期に投与すると、生まれてからの湿疹はできないことを示している。
以上が結果で、マウスモデルではあるが胎児造血で作られる血液は母親のストレスで活性が変化する可能性を示した点は重要だと思う。というのも、同じように胎児造血で作られる血液細胞のもう一つがミクログリアで、もし同じように活性化型になっているとしたら、胎児から新生児期の神経発生異常に関わる可能性はある。