サリドマイドの作用機序解明以降、標的蛋白質にユビキチンリガーゼをリクルートして分解させる PRORAC と呼ばれる薬剤の開発が続いている。特にスーパーエンハンサーに存在する BRD蛋白質を標的にする PROTAC は臨床応用に近いところにきていると言えるだろう。
このように PROTAC は標的分子とユビキチンリガーゼを結びつける接着剤の役割を担うのだが、今日紹介する英国ダンディー大学とオーストリア科学アカデミー研究所からの論文は、新しい標的分子分解方法の可能性を示した研究で、2月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Targeted protein degradation via intramolecular bivalent glues(分子内2価接着による標的蛋白質の分解)」だ。
我が国のエーザイが開発していたスルフォンアミド化合物 E7820 をエンハンサー構造に関わる BRD分子と結合する JQ1 を結合させた分子 IBG1 が三菱田辺製薬により開発され、低濃度で様々なガンの増殖を抑制できることが特許として申請されていた。
この研究ではこの IBG1 が設計通り DCAF15分子を介してユビキチンリガーゼを BRD分子にリクルートするのかを調べた結果、確かに BRD分子は分解するが、DCAF15 非存在化でも分解が起こることから研究が始まっている。
まず BRD4分子に蛍光分子を結合させ、IBG1 による BRD4分子分解に関わるユビキチンリガーゼとその受容体を探索すると、CRL4/DCAF16 依存的に BRD4 が分解されることを突き止める。
では、IGD1 が接着剤として BRD4 と DCAF16分子を結合させるのかを調べていくと、驚くことにDCAFと結合すると考えていたE7820がなんとBRD4分子のブロモドメイン(BD1)と結合することがわかった。すなわち、IGD1はBRD4分子に存在する2つのBD(BD1とBD2)を引き寄せる効果があり、この結果生まれた新しい蛋白質の構造を包むようにDCAF16が働き、BRD4をユビキチン化、分解に導くことがわかった。
結局、本来DCAF15と結合すると考えたE7820がたまたまBD1と結合することでこの現象が発見されたことになり、E7820の代わりにBD1結合分子を使えば同じ効果が得られることになる。この考えに基づき、もともとBDドメインと結合するJQ1をE7820に置き換えた化合物IGD3を合成してBRD4分解活性を比べると、UGD1を越える活性を示すことが明らかになった。
さらに、JQ1をつなぐ構造をもっと短くしてリジッドな化合物を合成してしらべると、今度はDCAF16の代わりにDCAF11/CRL4をBRD4分子と結合させて分解することがわかった。
以上が結果で、化合物の作用を再検討することから新しい作用機序がわかり、新しい創薬標的が明らかになった面白い研究だ。しかも、蛋白質によってはそれ自身の構造変化でユビキチン化される可能性があることも示され、生物学的にも面白い。
この結果、これまでとは異なるメカニズムでBRD4を分解する薬剤が開発できることがわかり、今後スーパーエンハンサー依存性のガンのアキレス腱を突く治療法がより加速することも期待できる。極めて専門的な論文だが、期待したい。