成人T細胞白血病は、一昨年ご逝去された高月清先生のグループが特定したレトロウイルス(HTLV-1)感染後に起こるT細胞白血病だ。感染経路が特定できているので新しい感染者はほとんど防げているので、いつかは消滅する病気だと思うが、これまでに感染したキャリアからコンスタントに発症者が出ており、2021年の論文を見ると770例の発症がある。病気のメカニズムについてはまだわかっていないことも多く、ウイルスのTax分子が細胞の転写を変化させることが指摘されてきた。
最近この分野はほとんどフォローできていなかったが、今日紹介する東大・新領域創生科学研究科からの論文は、HTLV-1 感染後、白血病発症までに積み重なるエピジェネティックな過程を明らかにした力作で、2月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mechanisms of action and resistance in histone methylation-targeted therapy(ヒストンメチル化標的治療の効果と耐性のメカニズム)」だ。
久しぶりに我が国から発表された、基礎から見ても面白い臨床研究だと思う。筆頭著者が責任著者を兼ねているのも好感が持てる。若い研究者が全体を引っ張っているという感じがする。
ATLに決め手となる治療はなかったが、最近第一三共が開発したヒストンメチル化に関わるEZH1、EZH2阻害剤バルメトスタットが効果を示すことが明らかになり、このメカニズムの解明は感染後の ATL発症過程を理解する鍵になると考えられる。この疑問に答えようと、治療を受けた患者さんの ATL細胞のエピジェネティックを調べたのがこの研究だ。
これまで示されていたようにバルメトスタットはほとんどの患者さんの白血病を抑える効果がある。そこで、治療前と治療後でバルメトスタットが標的とするヒストンの H3K27me3 量、結合部位、クロマチンの構造などを総合的に調べると、期待通り H3K27me3 の量が減り、特に転写の始まる部位でのクロマチン構造が緩み、転写が上昇する。ただ、詳しく見ると、患者さんによるバリエーションは大きい。しかし、ほとんどのケースでATL細胞の増殖が低下すると言うことは、ウイルス感染後 EZH2 の活性が高まり、H3K27me3 結合した転写開始点が増えることで、ガンの増殖を抑制する分子の発現が低下し、白血病が進むことがわかる。
だとすると、やはりほとんどの患者さんがバルメトスタット治療2年ほどで再発する原因はエピジェネティックメカニズムの変異が加わって、抑制性の染色体構造が緩んでしまった結果である可能性が高い。
実際、変異を起こした患者さんで調べると、半数が EZH2 の変異が起こり、バルメトスタットが効かなくなってしまった結果であることが確認される。
さらに面白いのは、EZH2 などのエピジェネティック分子複合体の変異が全く認められないケースが半分近く存在する点で、そのケースを探ると、DNAのメチル化を外す TET2遺伝子の欠損、あるいは新しくDNAをメチル化する酵素DNMT3の発現が高まっていることを発見する。
ヒストンのメチル化とDNAメチル化の関係は比較的よくわかっているが H3K27me については、クロマチンが閉じているにもかかわらず、その部位のDNAメチル化がほとんどないため、複雑な遺伝子発現に対応するための特殊な関係と思われてきた。
この研究では見事に、EZH2変異がないケースでは、H3K27me3 でサイレンスされている部分にDNAメチル化が起こっており、これをデシタビンでブロックすると、バルメトスタットの効果が再現することを示している。
他にもエピジェネティックス制御に関わる PRC2分子群の翻訳が高まるケースも示しているが割愛していいだろう。
結果は以上で、発生学でこれまで問題になってきた H3K27me3 と DNAメチル化の2種類のエピジェネティック制御の面白い関係が、見事に患者さんの白血病の中に見られることがわかる、発生学から見ても勉強になる研究だと思う。このような統合的な臨床研究をやり遂げる若手がどんどん出てくることを期待する。