ミトコンドリアは細胞内で独立して増殖するが、そのときのDNA合成はポリメラーゼ γ 複合体により行われる。ポリメラーゼ γ の機能が低下すると、当然ミトコンドリアの数が減少し、重傷のミトコンドリア病を発症し、目や眉を動かせないというミトコンドリア病特有の症状を始め、感覚運動失調やてんかん、さらには肝臓障害など多様な症状が現れる。
今日紹介するヘルシンキ大学からの論文は DNA ポリメラーゼ γ を構成する POLG1 の変異の中でも、p.W748S と呼ばれる一人のバイキングに由来し、フィンランドやノルウェーではキャリアの比率が1%を超えるまでに広がっている MIRAS と名付けられたミトコンドリア病の発症メカニズムを明らかにした研究で、ミトコンドリアの機能の複雑性がよくわかる面白い論文で、4月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ancestral allele of DNA polymerase gamma modifies antiviral tolerance(先祖から伝わるDNA ポリメラーゼ γ の変異はウイルス感染寛容性を変化させる)」だ。
MIRAS の特徴は、発症時期が極めて多様なことで、年齢とともに発症する一般のミトコンドリア病とは大きく異なっている。このグループは、MIRAS の発症の引き金がウイルス感染ではないかと考えた。というのも、MIRAS で特に象徴的なのが、元気だったティーンエージャーが軽いウイルス感染の後、急にウイルス性脳炎と同じ症状を示すケースがある。また最近の研究で、ミトコンドリア DNA 合成時に発生する DNA が自然免疫センサーの感度を高める役割をしていることが明らかになっている。すなわちミトコンドリアとホスト細胞との相互作用が、ウイルス抵抗性に寄与している。実際、フィンランドゲノムベースで p.W748S と創刊する病気を調べると、トップに来るのが免疫不全になり、この可能性を強く示唆している。
そこで MIRAS 患者さんから線維芽細胞を分離し、2重鎖核酸で刺激すると、1型インターフェロン(IFN1)の誘導が低下している。また試験管内でヘルペスウイルスを始めコロナウイルスなど様々なウイルス感染実験を行っても、同じように IFN1 誘導が低下し、逆に NFκB を介する自然炎症が代償的に上昇することを確認している。以上のことから、ポリメラーゼ γ 変異によるミトコンドリアの DNA 合成低下が、ウイルス感染防御に関わっていることが明らかになった。
次の問題は、ウイルス感染という引き金が実際に神経や肝臓の症状まで進展するかで、このためにMIRAS 変異を持つマウスを作成して実験している。まず、MIRASマウスをダニ媒介脳炎ウイルスに感染させると、インターフェロンシグナルによる自然免疫遺伝子発現が軒並み低下しており、試験管内での結果が生体内で確認された。そして、脳細胞を調べると、特に GABA 作動性の抑制性神経の変性が強く、これがてんかんの原因になっていることを示している。
さらに肝臓では肝細胞の細胞死を誘導する MLKL 分子のリン酸化が上昇しており、何かの引き金で急速な肝臓障害が誘導できる状態になっている。この結果は、MIRAS 患者さんがてんかんを発症したとき使われる抗てんかん剤 valproate で肝臓細胞壊死が誘導されるケースの理解に極めて重要で、少なくともバイキングの子孫の場合、このことを頭に置いててんかんに対処する必要がある。
以上をまとめると、MIRAS ではミトコンドリアの DNA 複製が低下しているため、自然免疫系のセンサーの感度を維持することができておらず、ウイルス感染に対して IFN1 分泌が傷害され、ウイルス感染が拡大しやすくなり、脳炎や肝炎へと発展する。一方で、自然炎症は正常マウスより更新しやすく、感染症が重症化しやすく、変性が進む。
このような遺伝子変異がこれほどの頻度で維持されているのは不思議で、おそらくもっと面白い話が一人のバイキングの子孫から出てくる気がする。