今日で脳神経系の論文紹介4日目になるが、しかし間違いなく21世紀の脳科学は面白い。医学部のピカピカの1年生に入学式の翌日に講義したが、感想文でも脳科学を研究したいという学生が多かった。そんな雰囲気を感じているのだろう。
さて、Research Gate に公開されている図(https://www.researchgate.net/figure/Layer-2-3-pyramidal-cells-Layer-3-pyramidal-cells-are-summarized-in-this-cartoon-blue_fig6_23449476)を見てほしい。ここには大脳皮質に並ぶ錐体細胞と呼ばれる興奮神経が図示されている。錐体細胞は一本の長い軸索(図では下の方に走る線)で遠隔にある標的と結合しているが、樹状突起と呼ばれる短い突起を出して局所の錐体細胞同士がつながっている。この層内錐体神経同士のシナプス結合を正確に把握するには、細胞膜の活動を記録するパッチクランプ法を用いることが必要で、これまでマウスの脳自体、あるいは切り出した脳組織を用いて回路の性質が解析されてきた。そして、2/3 層内の錐体神経同士は相互的に結合する円環構造を形成していることが知られていた。
今日紹介するベルリン・シャリテ病院からの論文は、てんかんや脳腫瘍での外科手術の機会を捉え、切除された組織で病巣から離れた場所の皮質 2/3 層のシナプス結合を8本のパッチクランプ電極で記録し、それぞれの結合性のルールを調べた研究で、4月19日号 Science に掲載された。タイトルは「Directed and acyclic synaptic connectivity in the human layer 2-3 cortical microcircuit(人間の皮質 2/3 層に見られる一方向性で回帰性がないシナプス接合性)」だ。
一つの神経を刺激したとき、8−10本のパッチクランプ電極を用いて同時記録したこ異なる細胞から活動を比較することで、神経の結合性を探索している。例えば、一つのシナプスの反応が他のシナプスの反応と同期していた場合は、結合があることになる。異なる細胞を刺激してそれぞれの神経反応記録を繰り返せば、結合の方向性、再帰性などが明らかになる。
この研究の最も重要な発見は、人間の皮質 2/3 層では錐体神経同士が相互結合している確率が極めて低いことで、9割近い結合は一方向性になっている。さらに、一方向性が繋がって最終的に元に返るという回帰性もほとんどない。また、錐体神経同士の結合は解剖学的に近いほど強く、離れるほど結合性が低下する。
このような特徴を持つ神経回路をコンピュータシュミレーションして、相互結合が強く、再規制の強いマウス型の回路と、人間型の回路のニューラルネットとしてのキャパシティーを調べると、人間型の方がネットワーク空間が格段に拡大し、機械学習の制度が格段に上昇することを示している。
実際のネットワークは数種類の抑制神経細胞が複雑に絡み合っているので、完全なシュミレーションは難しいが、これまでわかっている様々なデータを元に、ネットワークの重み付けが行われるように計算しているが、同じ条件でネットワークの相互性がない方が遙かに強い重み付けが可能になることが示された。
素人目に見ると、現在使われている深層ニューラルネットワークは、奇しくも人間と同じということになるが、とすると今後新しいニューラルネットを考えるとき、単純にフィードバックや再帰性を付与すればよいという話ではなくなるようだ。
今後、さらに効率がよいエネルギーエフィシエントなネットワークの構築を考えるとき、このような動物や人間の回路を詳しく検討することが重要になる。おそらく重要な問いは、一見キャパシティーの低い相互性の高いニューラルネットをなぜ多くの動物が維持しているのか、そのメリット何かだ。さらに、ニューラルネットの相互性を排除する進化がどのように進んだのかも面白い。いずれにせよ、実際の脳回路とニューラルネットの比較研究はますます盛んになると思う。