今日紹介したい論文はやはりケンブリッジ大学から7月5日号 Science に発表された論文で、世界各地の患者さんから100年近くにわたって分離された9829の緑膿菌ゲノムを解析した研究だ。タイトルは「Evolution and host-specific adaptation of Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌のホストへの適応と進化)」だ。
しかしこれだけでは終わらないようで、今日紹介するハーバード大学からの論文は C1q が細胞内に取り込まれ、しかもタンパク合成を調節しているというのだから驚く。タイトルは「Microglial-derived C1q integrates into neuronal ribonucleoprotein complexes and impacts protein homeostasis in the aging brain(ミクログリアが分泌する C1q は神経細胞のリボゾームタンパク質と統合され老化した脳のホメオスターシスに関わる)」で、6月27日 Cell にオンライン掲載された。
Single cell RNA sequencing などの大規模ゲノムデータは、極めてパワフルだがデータが多すぎて、自分の視点がないと、ほとんどの情報を見落として終わる。それでも、今やこの方法なしに論文が書けないほど普及し、おそらくほとんどは一般的に提供される解析方法を用いて論文が書かれていると思う。
今日紹介する横浜理研の統合医学センターからの論文は、10xGenomics が提供する single cell 5’ RNA sequencing データに含まれているにもかかわらずほとんどの研究者が無視しているエンハンサー部位で起こる転写RNA に注目し、これにより CD4T細胞の分化や反応を、これまでの single cell テクノロジーより遙かに詳しく解析できることを示した研究で、どうしても沈滞がちに見えていた我が国の機能ゲノミックス研究も捨てたものではないと実感できる素晴らしい研究で、7月5日号 Science に掲載された。タイトルは「An atlas of transcribed enhancers across helper T cell diversity for decoding human diseases(転写されるエンハンサーを多様なヘルパーT細胞で調べたアトラスは人間の病気の解読に役立つ)」だ。
Covid-19感染は現在も続いているようだが、我々の側にも十分抵抗力が形成され、大きな問題にはならなくなってきた。一方で、感染後続く Long Covid と呼ばれる後遺症が問題になり、様々な研究が発表されている。例えば Nature Medicine 6月号には、13万人の感染者について後遺症を追跡した疫学調査が発表され、死亡率や症状は3年経つと消えていくが、それでも1%近い人、特に入院を必要とした重症者で、症状とともに死亡リスクが存在することが示された。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、持続するコロナウイルスに対するT細胞の反応を人間でモニターできる PETリガンドを使って Long Covid を追跡した研究で、7月3日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Tissue-based T cell activation and viral RNA persist for up to 2 years after SARS-CoV-2 infection( SARS-CoV2感染後組織レベルの T細胞の活性化とウイルスRNA は2年は持続する)」だ。
もう一編の論文は中国蘭州大学、デンマークコペンハーゲン大学などを中心に発表された論文で、チベットで続けられているデニソーワ人についての考古学研究の続報で、タイトルは「Middle and Late Pleistocene Denisovan subsistence at Baishiya Karst Cave(中期から後期更新世、デニソーワ人は白石崖溶洞に生きていた)」だ。
こうして定義できる単語間の距離を用いて意味を定義し、これに対する単一神経細胞レベルの反応を調べた研究が、今日紹介するハーバード大学からの論文で、7月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Semantic encoding during language comprehension at single-cell resolution(言語を認識する際の意味がコードされる過程を単一神経細胞で調べる)」だ。
そんな時、昨年3月、ケンブリッジ大学から抗体と Tau が結合した複合体が神経に取り込まれ、そこで TRIM21 と細胞内 Fc 受容体によって分解されることを示した論文が発表された。すなわち、Tau に対する抗体は細胞内に取り込まれた場合のみ働くことが示された。
今日紹介するテキサス大学からの論文は、同じメカニズムを利用した Tau に対する抗体治療法の開発だが、抗体をミセルで包んで鼻から投与することで、直接神経細胞内に抗体を到達させようとする研究で、7月3日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Nasal tau immunotherapy clears intracellular tau pathology and improves cognitive functions in aged tauopathy mice(経鼻的 Tau 免疫治療は細胞内の Tau異常症を解消して老化した Tau異常症マウスの認知機能を改善する)」だ。
現在米国は大統領選挙戦まっただ中だが、中絶や胚の利用に関する法律では、米国は確実に保守化して来ている。当然今回も妊娠中絶は大事な争点になっており、JAMA Pediatricsでも2024年大統領選挙に関連する論文セクションをもうけて、ジョンズホプキンス大学から発表された論文を紹介している。タイトルは「Infant Deaths After Texas’ 2021 Ban on Abortion in Early Pregnancy(テキサスで初期妊娠中絶が禁止されて以降の新生児死)」だ。
次は、新生児から高齢者に話を移し、スタチンを高齢者に処方することの影響を調べた香港大学の論文を紹介する。タイトルは「Benefits and Risks Associated With Statin Therapy for Primary Prevention in Old and Very Old Adults(高齢者、超高齢者に対するスタチン治療のリスクとベネフィット)」で、Annals of Internal Medicine 6月号に掲載された。
最後が米国ガン研究所からの論文で、米国では広く普及しているマルチビタミン服用のベネフィットについての研究で、6月26日 JAMA Network Open に掲載された。タイトルは「Multivitamin Use and Mortality Risk in 3 Prospective US Cohorts(3種類の前向きコホート研究からわかるマルチビタミン服用の死亡率へのリスク)」だ。
今日紹介する中国・復旦大学からの論文はそんな中でもユニークな研究で、チロシンを使ってメラノーマのメラニン合成を高めることで増殖を抑制できることを示した研究で、6月11日 Nature Nanotechnology に掲載された。タイトルは「Nutrient-delivery and metabolism reactivation therapy for melanoma(メラノーマの栄養分供給による代謝の再活性化による治療)」だ。
テロメアが分裂の度に短くなり、細胞分裂が停止するという話は、細胞の寿命を説明するのに使われる。ただ、ロウソクが燃えるように寿命が尽きるイメージを単純にテロメアにかぶせるのは、一般人向けにはわかりやすくても、このブログの読者にはちょっと単純すぎる。そもそもテロメアは、染色体の端にできてしまう DNA 断片を隠すための機構で、これが維持できないと細胞は DNA 損傷が発生したと考え、p53 を介する経路で細胞増殖を止める。また、Yap を介してインフラマゾームや IL-18 の転写を高め、自然炎症を誘導する。これらの結果は、まさに老化が進むということで、テロメアを修復するテロメラーゼ欠損マウスで老化が急速に進むことが示された。従って、テロメア修復酵素を活性化することで、老化を抑制できるのではないかと研究が進んでいる。
今日紹介する MDアンダーソンガンセンターのテロメア研究の第一人者 DePinho 研究室からの論文は、テロメラーゼの中核分子TERT を誘導する小分子化合物を開発し、これを投与することで様々な老化現象を抑えることができることを示した研究で、6月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「TERT activation targets DNA methylation and multiple aging hallmarks( TERT 活性化は DNA メチル化を標的とし様々な老化指標を改善する)」だ。