この研究の最大のハイライトは、血中に存在するほとんどの細菌を β2glycoprotein I (βGL1) と呼ばれる、一種の抗菌物質によってキャプチャー可能であることに着目した点だ。このオリジナルな方法により、1ml中に数個しかない細菌を生きたまま βGL1 を結合させたナノビーズで補足することができる。
こうして補足した細菌は、血液に含まれる成分を除去したあと、純粋に培養できるので、半日あれば抗生物質の耐性試験可能な数を得ることができる。この耐性試験も、異なる抗生剤があらかじめ載せてあるマルチウェルプレートに、細菌をアガロースと培養し、増殖をイメージアナライザーで自動的に測定するためのシステムを確立し、血液採取から、培養、診断までなんと最速13時間でともかく判断可能なシステムを完成させている。培養は続けられるので、時間がたてばさらに正確な結果が出てくる。このシステムは、基本的にこれまでの FDA などの基準を満たす培養法を用いているので応用も早いと思う。現在の方法では、培養から耐性検査まで最低2日は必要であることを考えると、おおきな進歩といえる。
ただ、この研究はこれだけではなく、培養なしに遺伝子レベルで細菌種や薬剤耐性を検査する方法も同時に開発している。具体的には、生きたバクテリアを βGL1 でトラップした後、DNA を抽出、少し増幅した後、QmapID というバクテリアごとの標的 DNA を結合させ、バクテリアごとに標識したディスクと、調整した DNA をハイブリダイゼーションさせ、後は蛍光プローブを用いて結合している DNA の量や種類を示す方法になる。
これまで、細菌が分泌する DNA やタンパク質を PCR や抗体法で検出する試みはあったが、この研究のように生きた細菌をまずキャプチャーしてから DNA を用いて診断することで、信頼性が格段上昇し、バクテリアの種類だけでなく、薬剤耐性遺伝子のテストも同時に行うことができる。そして何よりも、培養が必要でないため、数時間で判定が可能になる。
今日紹介するイエール大学からの論文は、大人では不安や恐怖に関わる不確帯が、母親との絆を形成するための重要な領域であることを明らかにした研究で、7月26日号 Science に掲載された。タイトルは「Neurons for infant social behaviors in the mouse zona incerta(マウス不確帯に存在する幼児の社会行動に関わる神経細胞)」だ。
ミクログリアが凝集したアミロイドβやシヌクレインを掃除してくれることは昔から知られており、この過程をコントロールすることは神経変性疾患の一つの鍵になると研究が進められている。ただミクログリアもマクロファージの一種なので、細胞外に排出された異常タンパク質を貪食して除去すると思っていた。パーキンソン病 (PD) のシヌクレインやアルツハイマー病の Tau の場合、細胞の死んだ後の掃除屋と言ったイメージを持っていた。
ところが今日紹介するルクセンブルグ・システム生物医学研究所からの論文は、ミクログリアが生きた神経細胞から異常シヌクレインを抜き取るだけでなく、元気なミトコンドリアを供給して神経細胞を助けるという驚く結果で、7月25日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Microglia rescue neurons from aggregate-induced neuronal dysfunction and death through tunneling nanotubes(ミクログリアは凝集タンパク質による神経異常と細胞死をナノチューブのトンネルを形成して助ける)」だ。
ところが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、マウスでは間違いなくチェックポイント治療の効果が年齢とともに低下しているが、通常のガン免疫とは異なる経路を活性化して、この問題を克服する可能性があることを示した研究で、7月25日号の Cell に掲載された。タイトルは「Correction of age-associated defects in dendritic cells enables CD4+Tcells to eradicate tumors(樹状細胞の年齢に伴う欠陥を訂正することでCD4T細胞をガン除去に向けることができる)」だ。
かなり割愛して紹介したが、以上がマウスを用いた実験の結果で、最後に70歳のボランティアの DC を調整して、高齢者の DC も LPS+PGPC刺激により IL-10 が分泌されないが、TH1サイトカインが誘導される環境を形成し、強い TH1 バイアス反応を誘導できることを示している。
結果は以上で、確かに DC も老化に伴い様々な変化が起こるが、ガン免疫に関する限り、強いアジュバントと抗原刺激をうまく提供できれば、DC を活性化し、新しいキラー活性を誘導できるという結論だ。大変複雑な実験が繰り返されわかりにくいのだが、ガンワクチンを高齢者に使うとき、TLR 刺激だけでなく、スーパーDCを誘導することの重要性を示した結果は、臨床でも調べてみる価値がある。
これまで無数のアップルウォッチのようなウエアラブルの身体の活動記録を使った研究が報告されているが、こららの研究が示すのは心拍数や活動記録のような簡単な計測でも、毎日記録されると身体の変調を教えてくれる点で、最も典型的な例が心拍数と体温の変化だけからCovid-19感染を確定診断の3日前に予見できるという2021年 Nature Medicine に紹介された論文だろう(https://aasj.jp/news/watch/18428)。
今日紹介するバンダービルド大学を中心とする米国の多施設研究は、電子カルテによる病気の情報と、様々な生活や行動記録情報をリンクさせる前向きコホート研究 All of Us に参加し、グーグルウォッチを用いた睡眠記録毎晩調べた6477人のデータを元に、睡眠の質と電子カルテ上の病気との相関を調べた、おそらく睡眠記録としては最も大規模な研究で、7月19日 Nature Medicine にオンライン掲載された。
白血病は正常細胞と比べて増殖能力が高く分化能力が低いことが諸悪の根源なのだが、全ての細胞が抗ガン剤に反応するわけではないことがわかっている。すなわち、増殖していない静止期の細胞が存在し、増殖しないため抗ガン剤の作用を乗り越えてしまう。カナダの Bob Jack たちはこれを白血病幹細胞と定義し、ガンを根治するためにはこの集団をたたくことが必要なことを明らかにした。
今日紹介するジュネーブ大学からの論文は、実際の臨床例から白血病幹細胞(LSC)の性質を調べ直し、LSC が鉄の供給能が低いため、鉄を供給するためのオートファジー機構に依存しており、これを標的として LSC 特異的な治療が可能であることを示唆した論文で、7月24日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Targeting ferritinophagy impairs quiescent cancer stem cells in acute myeloid leukemia in vitro and in vivo models(フェリチノファジーを標的にすることで急性骨髄性白血病の静止期幹細胞を試験管内及び生体内で傷害できる)」だ。
この研究は実際の患者さんの AML を免疫不全マウスで継代し、ストックを作ったうえで、LSC の特徴を探っている。ただ、このような研究はこれまでも無数に行われており、定義法はそれぞれ異なるが、最終的に移植後もほとんど増殖せず静止期にある細胞が、次の個体に移植したとき最も増殖能が高いことを示している。そして、LSC のほとんどは静止期にあるため、増殖抑制剤の作用を逃れることを確認している。
その上で、増殖している幹細胞と静止期の LSC の遺伝子発現を、集団、あるいは single cell レベルで解析し、白血病を支える分子の発現とともに、静止期の細胞だけでオートファジーに関わる分子の発現が上昇していることを示している。しかし LSC でオートファジーが高まり、これが LSC 制御の標的になることはこれまでも示されており、新しい発見ではない。
結果は以上で、オートファジーというほとんどの細胞で働く機能を、フェリチノファジーという LSC 特異的な機能へうまく転換することで、LSC 特異的に治療する可能性を示したことは重要で、LSC 制御に一歩踏み出せたかもしれない。ただ、データ自体は決して all or none ではないことから、全ての患者さんに使えるのか、根治につながるのかは人間での治験を経て結論できると思う。しかし、期待したい。
まず次のウェッブサイトをクリックして、掲載されているナショナルジオグラフィックの写真を見てほしい(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2317/)。小さなコウモリの鼻が白く変色しているのがわかると思う。これが北米で猛威を振るう真菌感染症 White nose syndrome で、種によっては95%も個体数が減少して、絶滅が心配されるほど深刻で、しかも現在もなお解決の手がかりがない。
今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は、White nose syndrome の原因菌 Pseudogymnoascus destructans(PD)がケラチノサイトに感染し増殖する際の細胞学的、生化学的過程を解析した研究で、少しずつではあってもこの病気の理解が進展しているのがわかる。7月12日 Science に掲載された。タイトルは「Pathogenic strategies of Pseudogymnoascus destructans during torpor and arousal of hibernating bats(コウモリの冬眠中及び覚醒中のPseudogymnoascus destructansの病理的戦略)」だ。