ほとんど検査法の開発論文については紹介したことがないと思うが、今日は面白いなと思った検査法開発論文を2編紹介する。
最初のハーバード大学とオックスフォード大学からの共同研究は、血中のタンパク質を使って生物学的老化度を測定しようとする試みで、8月8日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Proteomic aging clock predicts mortality and risk of common age-related diseases in diverse populations(タンパク質による老化時計は、様々な集団の死亡率と、老化に関わる病気を予測できる)」だ。
現在、生物老化を測定できると標榜して提供されているのは、Horvath 時計の様なメチル化DNAを調べる方法がポピュラーだが、例えば単純な死亡率との相関が得られないなどの問題があった。これに対して、メチル化にせよ最終的には身体のタンパク質の変化につながることから、様々なタンパク質の量を組み合わせて老化を図る方法が研究されている。この典型が細菌老化研究の大ヒットとして紹介した IL-11 が老化を促進しているという論文で(https://aasj.jp/news/watch/24856)、一つのタンパク質でも機能がはっきりしていることで、老化との相関が明確に理解できる。
この研究では UKバイオバンクに登録された平均57歳、4万5千人規模のコホート参加者を11年から14年観察した結果を、血清中の2897種類のタンパク質の中から、老化に相関するタンパク質204種類、及びさらに絞り込んだ20種類を総合的に計算したスコアと相関させている。
まず、204種類でも、20種類でも、英国内の集団だけでなく、中国やフィンランドのコホート参加者についても、ほぼ同じように実年齢と強い相関を示す。
ただ、実年齢だけでなく、どちらのスコアでも、たとえばテロメアの長さ、あるいは自覚的老化指標や、歩く速さなどと相関する。さらに、腎臓、肝臓、心臓疾患とも関連することから、同じ実年齢の中での老化度をかなり正確に知ることができる。
この検査の最大の売りは、単純な死亡率や、心臓、肺、肝臓、腎臓など、様々な病気の起こりやすさとも相関することで、例えばスコアの高い場合、早発性のアルツハイマー病のリスクも予測できる。
このように様々な指標で比べたとき、DNAメチル化を指標とする老化時計より優れており、特に死亡率を反映することがこの方法の最大の売りになっていることが示されている。
この指標に用いる20種類のタンパク質は、細胞外マトリックス6種類、炎症4種類、ホルモン産生調節3種類、細胞シグナル3種類、エネルギーバランス2種類、発生分化3種類で、その気になれば安価で提供できると思われる。今後、介入でこの指標を若返らせることができるかなどの研究が行われると思うが、手軽な老化時計の検査にかなり近づいている気がする。
もう一編は、スペイン La Rioja 大学、イタリアベローナ大学を中心とする国際チームからの論文で、膵臓ガンの早期診断を、なんと自己抗体を用いて実現しようとする研究で、Angewandte Chemie にオンライン掲載されている。タイトルは「Detection of Tumor-Associated Autoantibodies in the Sera of Pancreatic Cancer Patients Using Engineered MUC1 Glycopeptide Nanoparticle Probes(ガンに関連する自己抗体を、膵臓ガン患者さんの血清で操作した MUC1 糖ペプチド結合ナノパーティクルで診断する)」だ。
通常ガンの診断は、ガン細胞が分泌する分子をいち早く捉えて診断に用いる方向で行われるが、この研究では膵臓ガンが産生するムチンの一つ MUC1 の20−120回繰り返す20アミノ酸が糖修飾された場合、自己抗体が作られやすいということに着目し、MUC1 ペプチドに反応するモノクローナル抗体との結合を指標に、糖鎖修飾を受けた短いペプチドを14種類設計し、膵臓ガン患者さんの血清で、膵臓ガンとそれ以外を区別できるか調べている。2種類の抗体との結合を指標に設計した中で、5E5 という抗体に結合する4種類のペプチドは、全てコントロールと膵臓ガンを明確に区別することに成功している。
結果は以上で、早期診断可能かどうかはこれからの問題だが、一般に使われるゴールドナノ粒子を用いる、かなり特異的なガン診断が、なんと自己抗体を指標に可能になるとは驚きだ。かなり期待している。