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8月29日 神経活動にアトラクターを探す(8月27日 Cell オンライン掲載論文)

2024年8月29日
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元々数理が苦手なので私自身はどうしても敬遠する傾向にあるのだが、生命現象を力学系で説明する研究は多い。中でも小さな違いで大きな変化が起こるカオスの概念や、時間経過とともに一定の状態に収束するアトラクター概念は、我が国でもよく議論されていたのを覚えている。引退後、論文を通してだけ研究世界を見るようになってからは、私が敬遠しているせいか、ほとんどアトラクターについての論文を目にすることはなかった。ところがこの1-2週間、神経科学で Nature に2報、Cellに1報、ホルモンや神経ペプチドにより調節される行動の持続性をアトラクターで説明する論文を相次いで目にした。そこで苦手を顧みず、どんな研究が行われているのかカリフォルニア工科大学が8月27日 Cell にオンライン発表した論文を取り上げることにした。タイトルは「A line attractor encoding a persistent internal state requires neuropeptide signaling(神経ペプチドシグナルに必要な持続的内部状態はラインアトラクターによりコードされる)」だ。

論文を読んで感じたのは、ラインアトラクターが先にあって、このモデルを適用する系を探した結果の研究のように思える。通常特定の行動につながる神経活動は、特定の神経活動アンサンブルの活動パターンとして解読され、実際デコーダーを用いて解読できるが、通常のデコーダーでは行動を神経活動から解読できない場合、アトラクターモデルを適用できる可能性が出てくる

この例として、この研究ではオスマウスがオスに対して起こす攻撃行動に関わるオキシトシン (OX) とアルギニンバソプレシン (VP) シグナルに注目し研究を行っている。視床下部腹内側核で両方の受容体をノックアウトすると、オスへの攻撃性だけが押さえられ、メスへの反応は全く影響されない。すなわち、OX+VP によりオスの攻撃性が維持されている。

OX+VP 阻害にともない、カルシウムイメージングから得られる視床下部の神経活動全体は確かに低下する。そこで、この受容体を発現し、オスへの攻撃性に関わる神経細胞の反応を個別かつ詳細に調べている。この結果、同じ受容体を発現していても、オスへの反応へと調整されたアンサンブルが存在し、この下部構造の上に、匂いを嗅いだり、アタックしたりする個別の反応を調節する神経細胞が活動していることがわかる。ところが、オスメスを区別する神経アンサンブルはデコーダーで区別できても、匂いを嗅いでからアタックするという行動の変化に対応する神経活動をデコードすることができない。

そこでオスへ選択的に反応する神経がオスに出会ったときに起こる攻撃行動に対応する神経反応にラインアトラクターモデルが適用できるのではと着想し、神経反応を解析している。結果だが、匂いをかいで、アタックするまでの攻撃時に必要な持続的な神経変化はラインアトラクターに収束した反応として解読することができ、またスライス培養に OX-VP を添加する実験から、このアトラクター状態がこれらの神経ペプチドにより維持されることを示している。

要するに、匂いを嗅いでアタックするという行動に対応する神経細胞は確かに存在するが、行動変化を普通のデコーダーでは完全に説明できない。これに対し、オスへの反応が調整された神経細胞の個々の反応性をラインアトラクターモデルで解析し直すと、明確に行動を神経活動から説明できるということになる。

結果は以上で、どうして OX+VP が神経反応をラインアトラクターへ収束させるのかはよくわかっていないため、なかなか理解した気分になれないが、神経細胞アンサンブルの特定の状態を、一部の変化に影響されることなく安定に持続するためには、アトラクターモデルは確かに魅力がある考えだ。例えば現在も謎の意識について、特定の意識領域が存在すると考えるか、脳全体が一種のアトラクターに収束するとも考えることができる。今回紹介した限られた行動と違い、意識をアトラクターで説明するための実験を構想するのは至難の業だと思うが、例えばデフォルトモードネットワークなどからこの可能性を調べることは可能かもしれない。

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