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10月7日 CDK9 キナーゼをガン抑制に利用する(10月4日 Science 掲載論文)

2024年10月7日
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タンパク質リン酸化を誘導するキナーゼは、発ガンにも大きく関与していることから、様々な阻害剤が開発され、分子標的薬の主流になっている。こうして開発されたキナーゼ阻害の化合物は、このブログで何度も紹介しているように、例えばタンパク分解システムを引き寄せて、キナーゼそのものを分解してしまうためにも使われる。とはいえ、基本的にはキナーゼの機能を阻害することが目的になる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CDK9キナーゼ阻害剤を使って CDK9 を特定の領域にリクルートしたあと、同じ CDK9 を今度は本来の機能のキナーゼとして使うという、直感的にわかりにくい創薬の可能性を示した研究で、10月4日 Science に掲載された。タイトルは「Relocalizing transcriptional kinases to activate apoptosis(転写に関わるキナーゼの局在を変化させて細胞死を活性化する)」だ。

この研究が標的にしたキナーゼは CDK9 で、主に cyclinT1 と結合して RNAポリメラーゼのセリン2部位をリン酸化して、転写のスウィッチを入れる。この CDK2 を、転写が BCL6 により抑制されている部位にリクルートして、直接 RNAポリメラーゼを活性化することが、この研究の目的になる。このとき、転写を抑制している分子として選んだのが BCL6 で、B細胞白血病の一つのタイプ、びまん性大細胞型Bリンパ腫の原因遺伝子の一つで、細胞死に関わる様々な遺伝子を抑制することで白血病の増殖を助けている。

もし CDK9 を BCL6 結合部位にリクルートできれば、その場所でだけ RNAポリメラーゼを活性化して転写の抑制を外すことが期待できる。ただ問題は、これに使える CDK9結合化合物は現在のところキナーゼ活性阻害剤なので、BCL6結合部位にリクルートできても、阻害されたままだと利用できない。

この研究では、理屈は後にして、BCL6結合化合物とCDK9阻害化合物を結合させ、BCL6 を発現するリンパ腫を殺せる化合物を探し、CDK-TCIP1 と名付けた化合物を特定している。

生化学的に調べると、この化合物により BCL6結合部位に CDK9 とそれに結合する分子がリクルートされること、その結果その部位に存在する RNAポリメラーゼのセリン2 がリン酸化され、BCL6 によって抑制されていた転写が活性化されることを確認している。

この活性に CDK9 のキナーゼ活性は必須なので、BCL6結合部位にリクルートされてきた CDK9 の一部は阻害剤から離れて、そこで近くの RNAポリメラーゼをリン酸化し、転写を活性化していると考えられる。その結果、アポトーシスに関わる分子が転写され、細胞死が誘導されると考えられる。

最後にこうしてできた化合物の生体内での活性を調べている。まずこの化合物を、薬剤として使える様な修飾を加えた後、マウス腹腔に投与すると、見事にリンパ節の胚中心の形成を抑えることを示している。BCL6 は胚中心形成に必須の分子であることが知られており、この結果は免疫反応時に B細胞の細胞死が誘導され、免疫記憶が形成されないことを示している。

結果は以上で、残念ながら、生体内に移植したリンパ腫を阻害できるかどうかは示されていないが、胚中心阻害実験から、最初想定した機能を持つ化合物ができたことは間違いない。リンパ腫となると、CDK9 だけでなく、同じ機能を持つキナーゼも使われている可能性があるので、いくつかの化合物を合わせて使う必要があるかもしれない。いずれにせよ、BCL6結合部位特異的に転写誘導を起こすことから、CDK9阻害剤だけと比べると、副作用は少ない。また、胚中心阻害活性は、自己免疫病の阻害剤としても使える。

いずれにせよ、阻害剤を活性化剤として使うという面白い発想の研究だ。

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