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11月1日 幹細胞は様々なエピジェネティック不安要素に備える必要がある(10月29日 Cell 載論文)

2024年11月1日
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毛根は多分化能を持つ幹細胞システムだが、これがなくなっても実験室のマウスは生きられるので、全身でノックアウトすると致死的な分子でも、毛根幹細胞系では研究がしやすい。特に毛根幹細胞は増殖と安定な休止期を繰り返すことから、幹細胞維持に必要な分子について多くの研究が行われ、またこのブログでも紹介してきた。

今日紹介するテキサス大学 MD アンダーソン ガン研究所からの論文は、内因性レトロウイルスを抑制しているエピジェネティック過程の調節因子の一つをノックアウトすると毛が消失してしまう原因を追及し、内因性のレトロウイルスの一部が、幹細胞システムにとって有害であることを示した研究で、10月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Stem cell activity-coupled suppression of endogenous retrovirus governs adult tissue regeneration(幹細胞の活動とリンクして内因性レトロウイルスを抑制することが生体の組織再生に重要な働きを演じている)」だ。

この研究では、幹細胞が増殖休止を繰り返すとき DNA メチル化に関わるエピジェネティックな変化が起こり、このとき内因性のレトロウイルスを再活性化する危険があるため、これを抑制するメカニズムを幹細胞システムが持っているはずだと仮説を立てた。そして、これまで内因性レトロウイルスの抑制因子として知られるヒストンメチル化酵素 SETDB1 を毛根特異的にノックアウトしてみると、期待通り増殖期幹細胞が死にやすくなり、結果ヘアサイクルの期間が短くなり、最終的に毛が失われることを発見する。実際毛母の増殖細胞では、カスパーゼの発現が上昇して、細胞死が亢進していることが観察される。

この増殖幹細胞死の原因を探ると、期待通りマウスゲノムに最近組み込まれたばかりの内因性のレトロウイルスが再活性化し、ウイルス粒子まで合成されていることがわかる。言い換えると、ほぼウイルス感染と同じ状態が起こっている。そこで HIV などに用いられる抗ウイルス剤を投与してウイルス活性を抑制すると、ヘアサイクルを正常化させることができる。また、ウイルスに対する防御センサー AIM2 分子をノックアウトしても、毛根幹細胞の減少を抑えることができるため、細胞内で抗ウイルス反応が誘導され、炎症的細胞死が誘導される可能性が高い。

では直接ウイルスが細胞を傷害しているのか調べるとそうではなく、細胞死の原因はウイルスの複製と転写が活発に起こるため、転写と複製の競合しておこる DNA 損傷が、特に増殖幹細胞で高まり、これが細胞死の原因であることを突き止める。以上の結果は、SETDB1 が存在しないと、幹細胞増殖期に内因性レトロウイルスが活性化するのを抑えきれず、ウイルスの転写と複製が活発化し、その結果起こる DNA 損傷が細胞死を誘導していることを示している。

とすると、最後に残った問題は、内因性レトロウイルスのエピジェネティックな抑制が増殖期の幹細胞で特異的に外れるメカニズムになる。内因性レトロウイルスは通常 DNA メチル化により抑制されている。増殖幹細胞では、メチル基をハイドロオキシメチル基に転換する酵素TETが上昇しており、これを欠損させると、SETB1 が存在しない動物でも毛根は正常化することから、TET による脱メチル化反応がウイルス活性化に関わっている。そして、TET によりハイドロオキシメチル化されようとしている領域のヒストンを SETB1 が抑制的に変化させて、染色体を閉じて、ウイルスの活性化を抑制していることを明らかにしている。

実際には、SETB1 により誘導される H3K9 メチルヒストンの関わりを詳細にしらべ、さらに幹細胞の運命を決定する転写因子との関わりを調べて、なぜ増殖期幹細胞だけで、しかも完全なウイルス機能を持つ内因性レトロウイルスだけを SETB1 が抑制するのかについて詳細に検討されているが、ここでは割愛する。

以上の結果は、私たちのゲノムは常に新しいレトロウイルスに晒され、これに対してゲノムに組み込まれるとすぐにエピジェネティックに抑制仕組みを我々は備えているが、増殖、休止を繰り返す幹細胞では、通常の DNA メチル化だけでは新しく組み込まれたウイルスの抑制が外れやすい。そのため、ヒストン修飾を介する別ルートの抑制システムが用意されたことを示している。

まさに、利己的遺伝子とホストゲノムのバトルが新しい進化の引き金を引く面白い例だと思う。

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