多くの動物で道具の使用が確認されており、例えばカラスのように枝を用いて穴の中の虫を引き出す行動のようにグループの中で世代を超えて共有されているように見える場合も存在するが、学習した文化をさらに新しく発展させるのは人間だけだとされてきた。
今日紹介するスイス・チューリッヒ大学と英国 St.Andrews 大学からの論文は、アフリカ西部から中部、別々のグループを形成して生息しているチンパンジーが発達させた様々な道具使用の伝承と発展をゲノムから推察されるグループ間の系統関係とを対比させ、チンパンジーの歴史の中で文化が継承され発展することがあることを明らかにした研究で、11月22日 Science に掲載された。タイトルは「Population connectivity shapes the distribution and complexity of chimpanzee cumulative culture(集団同士の関係性がチンパンジーの文化の分布と複雑性を決めている)」だ。
この研究では個体から抜け落ちた毛を用いて828個体のゲノムを解読し、集団が分離してからの血縁関係(先祖共有の程度)を調べることで、通常は調べることが難しいチンパンジーの歴史を文化の継承に重ねることができる点だ。
まずそれぞれの集団に見られる採取行動を、道具不使用、簡単な道具仕使用(枝で土を掘る)、複雑な道具使用(クルミを割ったり、枝を使って蜂蜜を取り出す)などに分類し、特定の行動が集団間で共有されているとき、その集団間のゲノム関係を調べ、特定の行動を始めた先祖の共有性を調べている。
結果は驚くべきもので、道具を使わない行動や、簡単な道具を使う行動を共有する集団では、先祖の共有性、すなわち血縁をほとんど認めることができない。ところが複雑な道具使用を共有している集団間には明確に血縁関係が認められる。個々で血縁関係というのは我々が想像する近い関係ではなく、15000年という単位で道具使用が始まってから集団に分かれて現在までその文化を維持しているというスケールの話だ。
さらに面白いのは、最初地下から蜂蜜を取り出すための道具使用がそれを継承した他の集団でシロアリを引っ張り出す道具へと発展した歴史を、5000年の間に起こった集団の分離と移動の歴史として再構成できることだ。
以上が結果で、単純な道具使用はそれぞれの集団で何度も新たに発生することから、その維持に血縁を通した継承は必要ないが、複雑な道具使用は極めてまれにしか起こらず、それを何千年もに渡って近縁間での学習を通して継承されていることがわかる。
そして、また一部の集団では、一つの道具使用から他の使用法が新たに発展することがあり、それも同じように継承されるという歴史をゲノムから描くことができる。すなわち、たまたま発見した技術を継承し発展させる能力がチンパンジーにも存在することが明らかになった。
これまで道具使用だけを見てチンパンジーの能力を研究されてきたが、これにゲノムから算定される歴史を重ねると、その進展が想像以上にゆっくりしているのに驚く。人間の狩猟採取民間の交流と比べると、チンパンジーの集団間の交流がほとんどないことも重要な要因と考えられるが、まだまだ研究が必要だろう。いずれにせよ、チンパンジーが新しい道具の使用法を発見し継承する間に、人間はチンパンジーの5000年の歴史をゲノムから再構成することができるようになっている。