2024年12月4日
重力の小さい宇宙で暮らす宇宙飛行士では骨量の減少が起こることが知られているが、現象の背景に2021年ノーベル賞を受賞したメカノセンサーが関わるのではないかと考えられている。特にそのうちの一つ PIEZO は純粋なメカノセンサーで、体中の細胞に発現している。
今日紹介するフランス・キュリー研究所と、カナダのトロント小児病院からの研究は PIEZO の腸管幹細胞システム維持に関わる役割を調べた研究で、11月29日号の Science に掲載された。タイトルは「PIEZO-dependent mechanosensing is essential for intestinal stem cell fate decision and maintenance( PIEZO によるメカノセンシングは小腸の幹細胞維持と運命決定に必須)」だ。
私がまだ現役時代から様々な幹細胞にストレッチを与えたり、あるいはマトリックスの高度を変化させたりしてその機能変化を調べる研究が行われていた。ただ、なかなか面白い現象を超えて研究が進展することが難しかったが、メカノセンサーを担う PIEZO 分子が発見され研究は急速に進展しており、その典型がこの研究だろう。
腸管では OIEZO1、PIEZO2 の2種類が働いており、片方がなくなるともう片方の発現が上がるので、片方をノックアウトしてもマウスに異常は起こらない。この研究では、タモキシフェンを投与したとき PIEZO1/2 両方がノックアウトされるマウスを作成し、成長してからタモキシフェンを投与、腸管の変化を調べ、幹細胞システムが大きく変化していることを発見する。
まず、絨毛の長さが低下する一方、組織の内側に形成されるクリプトが拡大している。この拡大はクリプト内で増殖する細胞が増えているからだが、最も未熟な幹細胞の数は減少している。さらに幹細胞維持に必要な分泌性のパネット細胞も消失していることがわかった。
この組織像の背景にあるメカニズムを、オルガノイド培養や、single cell RNA sequencing を用いて検討し、腸管幹細胞システムで PIEZO の下流で働いている分子メカニスムを解明しており、以下のようにまとめられる。
PIEZO の活性化によるカルシウムの細胞内への流入は、Wnt の発現を低下させる一方で、NOTCH の発現を上昇させる。
NOTCH の発現が低下すると、パネット細胞への分化が抑制され、幹細胞のニッチが形成できなくなる。一方で、パネット細胞へ分化できないため、Transit Apmlifying 細胞と呼ばれる増殖細胞への分化が進み、増殖が高まる。
パネット細胞の低下と、Wnt 発現の低下により未熟幹細胞の維持ができなくなる。
基本的には、幹細胞分化が変化して、ニッチが形成できないため、幹細胞自身が消失するというシナリオになる。
最後に、腸管幹細胞のメカノセンサーが活性化されるメカニズムを探り、以下のことを明らかにしている。
幹細胞を固いマトリックスの上で培養すると上昇する。
原子間顕微鏡で腸管のマトリックスの堅さを調べると、幹細胞の回りの基底膜は固い。
絨毛形成や蠕動運動で生じる幹細胞のストレッチも PIEZO を活性化する。
以上の結果から、腸管幹細胞は常に環境のストレスをメカノセンサーを介して感知することで、NOTCHシグナルを調節して上皮細胞とパネット細胞への分化を調節し、一方で Wnt 分子発現を通して幹細胞の自己再生を促している。
細胞への力学的力の作用を知って驚いていた時代と比べると、研究が大きく進展したことを実感することができた。
2024年12月3日
今日は最近気になった臨床研究をいくつか紹介する。
まずは、米国・サウスカロライナ大学から11月27日 JAMA に発表された論文で、25歳以下の女性の子宮頸がんの死亡率調べたものだ。米国では子宮頸がんワクチンが2006年に導入され、2022年以降12%づつ25歳以下の子宮頸がんの発生率が低下していることがすでに報告されている。この研究ではさらに死亡率について、ワクチンの効果が見られる以前からの推移を調べた研究になる。死亡率はワクチン接種が始まる前から、コンスタントに低下する傾向にあったが、2013年から急に大きな低下が見られ21年まで続いている。すなわちワクチン効果が10年以内に死亡率として明らかになっている。しかし米国でも Covid-19 パンデミックで接種率が2年間低下し、またその後も接種率の上昇が鈍いことから、この影響が2030年ぐらいから死亡率の上昇としてみられることが懸念される。
次の英国・University College Londonからの論文は、文献調査に基づいてアルツハイマー病 (AD) の Aβ に対する抗体治療を行った際の副作用として考えられる脳萎縮について議論した研究で The Lancet Neurology の10月号に発表された。結論的には、抗体治療で Aβ が除去率が高い薬剤ほど脳萎縮が認められるが、症状レベルでは臨床的に問題が起こっていないことを示している。特に効果が高い薬剤ほど全体が萎縮し、脳室が拡大することがわかる。従って、脳萎縮に関してはアミロイド除去による疑似萎縮と考え、副作用として捉える必要がないと結論している。メカニズムに関しては、蓄積された Aβ が除去される効果、アミロイドに対する炎症反応の低下、アミロイドによる脳の浮腫の軽減などが考えられるが、これについては病理解剖をベースにした詳しい研究が必要だと結論している。いずれにしても、長期にわたる追跡調査が必要だ。
3編目は、米国スタンフォード大学を中心とするグループが11月29日 Nature に発表した論文で、主に小児の脳幹部に起こるびまん性正中グリオーマお対する CAR-T 治療だ。この疾患は平均生存率が11ヶ月と極めて悪性の腫瘍で、ほとんど治療法がない。この中でヒストンH3 の変異が認められるグループは disialoganglioside (GD2) を強く発現しており、これを標的とした抗体を用いてキメラT細胞受容体を構築し、これを患者さんのT細胞に導入する CAR-T 治療を行っている。
リンパ球除去処理のあと、まず静脈注射を行い効果が見られるケースは、脳室内注射を繰り返す治療を行っている。基本的にはコントロールをとらない治験だが、2例は脳室内移植を受けずになくなっているが、残りの患者さんは1-3ヶ月ごとに注射を続けている。13人の患者さんのうち、4例では腫瘍の高度の縮小が見られ、20ヶ月以上の生存が可能になっている。そのうち一人は完全に腫瘍が消失し、あと3例でも縮小が見られている。症状レベルでは9例で改善が見られたことから成功と判断し、今後はリンパ球除去処理なしに最初から脳室内投与を行う新しい治験が進行しているようだ。副作用については、投与後全員に免疫反応による炎症が発生するが、これ自体は予測可能でコントロール可能であると結論している。しかし30ヶ月を超えて生存している2人以外は亡くなっており、この差の理由の検討も今後の課題だと思う。
最後は筋肉に浸潤した膀胱ガンに対する腫瘍溶解性ウイルスと免疫チェックポイント治療の組み合わせの第一相治験で、11月9日 Nature Medicine にオンライン掲載された。
これは Rb1 シグナルの機能異常が見られる腫瘍でのみ増殖できるアデノウイルスに、GM-CSF遺伝子を組み込んで、腫瘍を溶解しながら局所的にガンに対する免疫を高め、さらに抗PD-1抗体で免疫機能を高め、腫瘍溶解によるガン抗原を用いてガン特異的免疫を高める治療だ。これを手術前に行っており、手術後免疫機能を高めることができたか組織学的に調べることができる。
面白いのは治療法で、膀胱内にウイルスを詰めた溶液を注入し、1時間排尿を抑制して膀胱内でウイルスを感染させている。第一相試験なので副作用に重点が置かれているが、21人中17人がプレアジュバント治療を終えている。効果だが、治療を中断した3例に加えて、2例が途中で死亡、最終的に17例が手術まで進んでいる。
組織的には T細胞の浸潤が広く認められ、これが腫瘍縮小と強く相関している。さらに免疫効果の指標となる、ガン組織内に形成されるリンパ節用構造も得られることから、進行したシスプラチンに反応性がない膀胱ガンの治療として可能性が高い。
以上のように、腫瘍溶解だけで腫瘍を制御するのではなく、抗原を湧出させて免疫反応を誘導する方法は今後も期待できる。
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最後は筋肉に浸潤した膀胱ガンに対する腫瘍溶解性ウイルスと免疫チェックポイント治療の組み合わせの第一相治験で、11 月9 日Nature Medicine にオンライン掲載された。 これはRb1 シグナルの機能異常が見られる腫瘍でのみ増殖できるアデノウイルスに、GM-CSF 遺伝子を組み込んで、腫瘍を溶解しながら局所的にガンに対する免疫を高め、さらに抗PD-1 抗体で免疫機能を高め、腫瘍溶解によるガン抗原を用いてガン特異的免疫を高める治療だ。これを手術前に行っており、手術後免疫機能を高めることができたか組織学的に調べることができる。 面白いのは治療法で、膀胱内にウイルスを詰めた溶液を注入し、1 時間排尿を抑制して膀胱内でウイルスを感染させている。第一相試験なので副作用に重点が置かれているが、20 人中17 人がプレアジュバント治療を終えている。効果だが、治療を中断した3 例に加えて、2 例が途中で死亡、最終的に17 例が手術まで進んでいる。 組織的にはT 細胞の浸潤が広く認められ、これが腫瘍縮小と強く相関している。さらに免疫効果の指標となる、ガン組織内に形成されるリンパ節用構造も得られることから、進行したシスプラチンに反応性がない膀胱ガンの治療として可能性が高い。 以上のように、腫瘍溶解だけで腫瘍を制御するのではなく、抗原を湧出させて免疫反応を誘導する方法は今後も期待できる。
2024年12月2日
Richard Young はエピジェネティックス、すなわち遺伝子発現の調節研究領域の大御所で、このブログでもすでに8編の論文を紹介している。各論文にはいつも新しい視点や方法が示され、どうしても紹介したくなる。個人的には、2011年3月神戸のCDBシンポジウムを開催したとき、東日本大震災の3日後の開催で多くの講演者のキャンセルが出たにもかかわらず、参加してくれたのを感謝している。
今日紹介するのはこの Young 研究室からの新しい論文だが、なんと遺伝子発現とは全く関係のない分野で、しかも Proteolethargy (タンパク質沈滞)という言葉まで作って、細胞内のタンパク質の運動と慢性病との関係を考えた研究で、おそらく相分離や転写に必要なタンパク質の動態を研究する中で見つけた問題をまとめたのだと思うが、タイトルを見て一瞬 Young の大変身かと錯覚した論文だった。タイトルは「Proteolethargy is a pathogenic mechanism in chronic disease(タンパク質沈滞は慢性病の病因の一つ)」で、11月27日 Cell にオンライン掲載された。
研究では核内の様々な機能に関わる4種類のタンパク質と細胞膜タンパク質に蛍光タグをつけ、こうして発現した細胞内のタンパク質の一分子を高感度顕微鏡を用いて追いかけている。高感度顕微鏡で一分子をキャッチできるのはわかるが、多くの分子の存在する中で追跡する方法の詳細については完全に理解できたわけではない。この方法に蛍光をブリーチした細胞領域に蛍光が回復する時間も細胞内分子運動の指標として用いている。
結果だが、選んだ5種類のタンパク質の全てで、single molecule tracking (SMT) が可能で、この運動が高濃度のインシュリンに細胞が晒されることで20%程度低下することを示している。ここでは、高カロリー食でインシュリン抵抗性が発生した状態を想定し慢性病の一つとして考えているが、次は様々なストレスで起こる活性酸素発生が高まった状況を慢性病の細胞状態として調べ、選んだ全てのタンパク質の細胞内運動が低下していることを発見し、この状態を Proteolethargy と名付けている。
次に Proteolethargy の原因の探索に移っているが、活性酸素上昇で発生することをヒントに、おそらく分子表面に存在するシステインが S-S 結合することでタンパク質同士がつながってしまい、動きが低下するのではと仮説を立て、表面にシステインが存在しないタンパク質の動きを同じように追跡すると動きは低下しないことを発見する。
そこで、システインが5個つながったタンパク質の動きを検出するシステムを作成し、感度を高めた上で高グルコース、高脂肪、炎症、DNA損傷、そして自然免疫刺激など慢性病の一般的原因と考えられている刺激を加えてタンパク質の動きを調べると、全ての条件で Proteolethargy が発生していることを確認している。
これらの条件の多くで活性酸素が発生しており、さらに活性酸素を除去する処理を行うと Proteolethargy が改善するので、Proteolethargy は細胞内活性酸素上昇が主要因であると結論している。
以上が結果で、まとめると様々な慢性病では細胞内活性酸素が上昇し、これがシステインを分子表面に露出しているタンパク質同士の結合を促し、細胞内でのタンパク質の運動を低下させる。この結果、分子間相互作用の頻度が抑えられ、非特異的に細胞全体の様々な活性が低下し、病気になるというシナリオだ。
おそらく、核内での分子同士の集合解離を正確に調べているうちに発想した研究で、Young の大変身ではないだろうが、活性酸素上昇という周知の話に違う視点を与えたさすがのまとめ方と感心した。
余談になるが、イタリアの大作曲家ベルディは生涯悲劇を中心としたオペラを書き続けたあと、最後に喜劇「ファルスタッフ」を作曲するが、この論文を読んでファルスタッフを思い浮かべた。
2024年12月1日
冬眠中は体温が0度に近づく Thirteen-line ground squirrels (13線地リス:GS)の冬眠についてはかなり研究されているようで、2018年には iPS細胞を作成して、細胞レベルで低温でも細胞内の微小管が崩壊しない理由について調べた素晴らしい研究をこのブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8240 )。これに限らず、何ヶ月もの長い冬を、飲まず食わずで、しかも運動なしに過ごすためには様々なメカニズムを進化させることが必要になる。
今日紹介するイェール大学からの論文は、冬眠中に一時覚醒するGSが、覚醒中の欲望、特に渇きにより水を飲む本能的行動をどう抑制しているのか調べた研究で、11月29日 Science に掲載された。タイトルは「Suppression of neurons in circumventricular organs enables months-long survival without water in thirteen-lined ground squirrels(脳室周囲の神経を抑制することで13線地リスは水なしで何ヶ月も生きることができる)」だ。
クマの冬眠は浅い眠りと言われているが、起きることはなく、ずっと飲まず食わずで寝ている。しかしGSは深い眠りだが、たまに覚醒するらしい。以前紹介したように、体温が極端に低下しているのに覚醒できるのかも気になるが、覚醒時欲望が生じると水バランスなどは危険域に達してしまう可能性があり、渇きを抑えて摂水行動を抑えることが重要になる。
この研究グループは、GSの冬眠中の摂水行動に焦点を絞って研究を続けているようで、GSが長い冬眠中にもほとんど血液の浸透圧は変化せず、低浸透圧による渇き刺激は起こらないことを示している。しかし、体温が低くても生きていれば代謝は起こるので、供給がないと体液量が減るはずで、体液料低下を感知するアンジオテンシンとアルドステロンが2倍になっている。にもかかわらず、一時的覚醒時通常なら摂取しない濃い食塩をなめるのに、水を摂取する行動は全く起こらない。不思議なのは NaCl には反応するのに KCl には反応しない点で、よくできていると思うが、このメカニズムも是非知りたいところで、冬眠にはまだまだ面白い課題があることを示している。
とすると、摂水中枢でのアンジオテンシンに対する反応性が低下していると考えられるので、脳室周囲にある摂水中枢のアンジオテンシンに対する反応を調べ、
一時覚醒時にはアンジオテンシンやアルドステロンは中枢の反応性細胞まで届いている。
カルシウムイメージングで調べるアンジオテンシンに対する反応は、正常でも一時覚醒時でも変わりはない。
ただ、カリウムに対する反応は低下している。
以上、一時覚醒中はアンジオテンシンに対する神経反応は起こるが、神経自体は何らかの抑制を受けている。
そこで、アンジオテンシンで刺激したときの神経の反応を Fos の発現で調べると、3Mの食塩を注射して渇きに反応する神経の興奮を調べると、強く抑制を受けていることがわかる。このため、渇きが抑制され、摂水が起こらないことになる。
最後に、神経細胞レベルでこのメカニズムを探ると、神経細胞レベルで興奮は強く抑制され、強く分極しているため、刺激に対する反応が抑えられていることがわかった。抑制神経の刺激を受けるGABA受容体の数も上昇しており、抑制神経がこの原因であることはわかる。
以上が結果で、なぜ抑制神経に対する感受性が上昇するのかのメカニズムについては明らかでないが、冬眠中のリスは一時覚醒しても水を欲しないのは、摂水中枢が働かないよう抑制されているからだというのが結論になる。結局単純な話になってしまっており、本当のメカニズムの解明はまだまだだ。