ダイエットの代わりに食べない時間を増やす間欠断食は身体全体の代謝改善に役立つことは間違いないが、個々の細胞レベルで見たとき想定外のことが起こるリスクが指摘されている。例えば今年8月、24時間断食では代謝の変化に伴い、ポリアミン合成が高まり腸管幹細胞の活性を高めることが示された(https://aasj.jp/news/watch/25079)。これ自身は素晴らしいことだが、同時に遺伝的に多くのポリープが形成されるマウスで調べると、ポリープの数が高まること、すなわち発ガンリスクが高まることが示されている。
今日紹介する中国浙江大学からの論文は、16時間以上食べない間欠断食が毛根幹細胞の細胞死を誘導し、発毛を抑制することを示した驚くべき論文で、12月13日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Intermittent fasting triggers interorgan communication to suppress hair follicle regeneration(間欠断食は臓器同士のコミュニケーションを通して毛包の再生を抑制する)」だ。
この実験ではマウスの背面の毛を剃った後、16時間あるいは24時間の間欠断食を繰り返し、毛が元に戻る時間を調べている。通常のマウスでは20日目ぐらいから毛が生え始め60日を過ぎるとほぼ完全に元に戻るが、16時間と24時間断食ともに130日までほとんど毛の再生が抑えられ、160日目でも完全に戻らない。写真を見ると驚く差で、この発見がこの研究の全てだ。
あとはメカニズムの追求に進んでいる。まず、毛根幹細胞の活性化の問題かあるいは増殖幹細胞の細胞死の問題かを検討して、活性化は正常に起こるが増殖期の細胞が細胞死に陥るため毛根の再生が抑えられる。最終的にはなんとか細胞数が増えてきて毛は精製できるのだが、間欠断食を続けると完全に毛根が脱落した皮膚も現れ、間欠断食が毛の再生には危険であることが明らかになった。どのぐらいの断食が問題かを調べると、12時間では全く問題ない。
次に幹細胞の細胞死が誘導されるメカニズムを様々な角度から探っているが、毛根でのグルコースやエネルギー代謝の直接変化による問題ではなく、最終的に毛根幹細胞の周りにある脂肪細胞が断食16時間目に急速に縮小、すなわち脂肪を分解し、このときに放出される遊離脂肪酸が幹細胞に作用して細胞死を誘導することを示している。実際、幹細胞が直接遊離脂肪酸に晒されると、脂肪酸の酸化が高まり細胞死が誘導される。また、脂肪細胞の脂肪分解酵素をノックアウトしたマウスでは、断食による毛根再生抑制は起こらない。
次に、毛根幹細胞の近くで見られる急速な脂肪分解の原因になりそうな様々な要因を調べ、例えば迷走神経など神経系の影響やインシュリン低下による脂肪分解ではなく、レプチン系を介したエピネフリンやコルチコステロンの分泌が高まった結果であることがわかる。例えば、副腎を切除すると毛根近くの脂肪細胞の縮小は見られず、毛の発生も抑制されない。
遊離脂肪酸はエネルギー源として働きうるが、細胞死を誘導することが知られている。従って、局所で高濃度の遊離脂肪酸に晒されると、幹細胞が細胞死に陥ることは想定できるが、この原因をさらに探って、遊離脂肪酸取り込みの結果起こる活性酸素上昇、そして細胞炎症が細胞死を誘導していることを示している。
最後に人間でも同じような効果が得られるか培養幹細胞で調べ、遊離脂肪酸により活性酸素が上昇、細胞死が誘導できることを示している。さらに、ボランティアに16時間断食を行ってもらい、毛の再生も調べ、マウスと同じで再生が遅れることを示している。
結果は以上で、毛がなくても全身代謝が改善できれば良いと思えれば問題ないが、断食プロトコルリスクを考えることの重要性を示す論文だ。幸い活性酸素が主原因になっているようなので、ビタミンE など抗酸化剤を局所で使う可能性はあるが、少なくとも高齢者は避けた方が良さそうだ。