神経刺激ではただ興奮のリレーが起こるだけでなく、興奮した細胞側にも新しい転写プログラムが誘導され、神経回路を質的長期的に変化させる用意が行われる。このとき最初に誘導される遺伝子を immediate early gene( EG:最初期遺伝子 )と呼んでいる。Fos、Egr、 Arc などがよく研究されているが、他にも多くの EG が知られている。
今日紹介するサウスカロライナ大学 Makoto Taniguchi さんの研究室からの論文は、Npas4 と呼ばれるストレスによって即座核などに誘導されることが知られている遺伝子発現が、Npas4 遺伝子のエンハンサー部位から転写された non-coding RNA(ncRNA)により調節され、これが感情経験の記憶に必須であることを示した研究で、12月13日 Science に掲載された。タイトルは「A long noncoding eRNA forms R-loops to shape emotional experience–induced behavioral adaptation(長い noncoding エンハンサー部位の RNA は R-ループを形成し、感情経験により誘導される行動変化をコントロールする)」だ。
おそらくこのグループは noncoding RNA と転写の研究のスペシャリストで、この研究では、コカインによる条件づけ、あるいは逆に強力な相手にであったときのストレスで誘導される Npas4 遺伝子発現に焦点を当て、このとき 3Kb 上流に存在するエンハンサーとプロモーターが近づく際、エンハンサー部位の転写が少しではあるが上昇していることに気づいている。コーディング領域と比べると小さな変化だが、必ず意味があるという確信から機能的実験に進んでいる。
結果は期待通りで、RNA を分解する shRNA あるいは、CRISPR を用いて ncRNA を誘導する方法を用いる実験で、ncRNA が間違いなく Npas4 の転写を誘導していることを確認している。この発見が研究のハイライトで、後は様々な方法を駆使して、ncRNA が転写を促進するメカニズムを明らかにしている。
そしてメカニズムの基本として、転写された ncRNA がエンハンサー部位の DNA と結合することで R-ループを形成し、これによってエンハンサー複合体とプロモーターの会合が促進し、この結果強い Npas4 遺伝子の転写が誘導されることを示している。
R ループは様々な機能があり、場合によっては転写を抑制する場合もある。従って、この R ループが実際に転写を上昇させていることを示すため、Cas システムでエンハンサー部位に RNA 分解酵素をリクルートし、R ループを形成している RNA を分解する実験系を構築し、R ループを形成する ncRNA が除去されると、社会ストレスやコカインにより誘導される Npas4 エンハンサーとプロモーターの結合が抑えられ、pas4 の転写が抑制されることを示している。
最後に、Rループを除去するシステムを利用して、社会ストレスやコカイン条件付けの成立に Npas4 エンハンサーの誘導と R ループ形成が必要であることを示している。
結果は以上で、ncRNA によるエンハンサーの活性調節が神経興奮時の EG の転写の鍵になっていることを示した優れた研究だと思う。さらに、Npas4 だけでなく、Fos でも同じような ncRNA や R ループ形成が起こっている可能性も示しており、今後神経の EG 誘導共通のメカニズムとしてクローズアップされる可能性はある。神経細胞の EG 反応は当たり前として捉えてしまっているが、背景のメカニズムが明らかにより、新たな方向の究への道が開いた気がする。