今年は AI の1年だったが、他の医学生物学分野でも多くのブレークスルーがあった。ガンワクチンや新しいモダリティーのアルツハイマー薬は2025年に形になっていくのではないだろうか。もちろん発生学でも面白い論文が多く発表された。しかし、発生学の伝統を考えると、今年の一押しは今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループの論文につきる気がする。
論文のタイトルは「Synthetic organizer cells guide development via spatial and biochemical instructions(合成オーガナイザーは空間的生化学的インストラクションを介して発生を調整制する)」で、12月19日 Cell にオンライン掲載された。
オーガナイザーの概念は1924年ドイツのHans SpemannとHilde Mangoldにより、イモリの胚の分化を組織化している原口背唇部の機能を指す言葉として提案された。その後オーガナイザーの本態は発生研究の中心に座り続けてきた。
多くの研究が実際の胚を用いているのに対し、この研究はES細胞塊という自己組織化能はあっても発生プログラムがほぼ存在しない細胞の塊にオーガナイザーを付加することで、プログラムを指示する合成的手法をとったところが新しい。実際、ES 細胞が使える様になったとき、オーガナイザーを合成できれば胚を使った研究より遙かに明確な実験が可能になるはずだ、と思ったのは私だけではないと思う。
しかし、オーガナイザーの分子条件がわかってきても研究は簡単ではなかったと思う。この研究の最大のブレークスルーは、ES 細胞の塊に接着し、しかし同化しない細胞塊を形成する条件を検討し、合成オーガナイザーに用いた線維芽細胞株 L929 が自ら凝集塊を形成しつつ、ES 細胞塊とは接着しても、ES 細胞塊とは同化しない接着システムを設計した点だ。すなわち、ともに P-cadherin を発現する ES 細胞側にGFP、L929 側に ICAM の細胞外を抗 GFP 抗体変換した遺伝子を発現させることで、合成オーガナイザー細胞塊が自然に ES 細胞塊と接着して、2種類の細胞塊が集まったダルマ状の構造をとらせることができることを示した点だ。
後は、これまで知られているオーガナイザー分子なかでも定番の Wnt3A を L929 に発現させ、ES 細胞塊にボディープランを誘導できるか調べることになる。結果は期待通りで、Wnt3A を導入して接着させるだけで、細胞塊は球状から楕円状へと伸びて、中胚葉マーカーの定番 Brachyury が合成オーガナイザーに接する場所で誘導される。
もちろん Wnt3A と同じ作用を持つ薬剤を加えても中胚葉は誘導されるが、最初の段階では細胞塊全体に分布して、そのあと自己組織化で分離が始まる。しかし、面白いことに L929 に Wnt3A の代わりに Wnt3A シグナルをブロックする DKK 遺伝子導入してES細胞と接着させ、そこに薬剤を加えると、オーガナイザーの反対側に中胚葉が分布する。
以上の結果は、Wnt3A 発現合成オーガナイザーだけで前後軸が決まり、中胚葉を誘導できることが明らかになった。
実際の胚では、Wnt3A 発現と DKK 発現が対極に存在するので、次に Wnt3Abオーガナイザーを片方に、DKK オーガナイザーをもう片方に接着させる実験を行っている。すると、より大きな Wnt3A の勾配が形成され、Wnt3A だけでは得られなかった神経細胞や外胚葉が、胎児と同じように発生し、細胞の種類で見ると受精後6.5日を超えた発生が起こることがわかった。
一方、Wnt3A オーガナイザーを用いて、すなわち浅い勾配を用いる場合は、より心臓が形成される環境に近い状態が形成され、通常の ES 細胞培養では見ることができない、心室腔を持つ心臓が形成されることを示している。
結果は以上で、ES 細胞をカエルやイモリのアニマルキャップと同じように用いて、発生を兼有できることが可能になったと言える。まさに年末に紹介するのにふさわしい発生学の論文と言える。うれしいことに筆頭著者は Yamada Toshimichi さんでおそらく日本の研究者だと思う。若手として是非日本の発生学を引っ張っていってほしいと思う。