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12月14日 不完全脊髄損傷の回復を助ける視床下部深部刺激(12月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年12月14日
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2018年11月に慢性脊髄損傷の患者さんを歩けるようにする硬膜外刺激システムを紹介してから(https://aasj.jp/news/watch/9166)今日まで、このブログで紹介した論文は全てローザンヌ工科大学とそこから派生した企業からの論文を紹介している。脊髄損傷と行っても損傷場所から手損傷の程度まで多様だが、それぞれの状態に合わせた動物モデルの生理学に基づいて研究を進める点が特徴的で、昨年の9月に述べたようにこの研究施設は世界の脊髄損傷治療の一大センターになっているように思う(https://aasj.jp/news/watch/22954)。

今日紹介するローザンヌ工科大学からの論文は、リハビリテーションで回復が可能な不完全脊損患者さんの回復を、視床下部への電気刺激が促進できることを示した研究で、12月2日 Nature Medcine にオンライン掲載された。タイトルは「Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury(脊髄損傷の後の歩行を視床下部の深部刺激が増強する)」だ。

所属を見ると、ローザンヌ工科大学には脊髄損傷を研究して歩けるようにするための様々な研究グループができているようで、成果に合わせて規模も発展していることがわかる。そして様々な研究が行われているようで、今日紹介するのは、リハビリテーションで回復する可能性がある不完全脊損の研究だ。

自然に回復が見られる胸椎下部脊髄の片側に損傷を受けたマウスが回復する際の脳全体の活動を調べ、脊髄損傷で活性が低下し、歩行が回復するときに活性が高まり、腰椎への投射が損傷で低下し、回復とともに上昇する神経領域を Fos などの神経活性化転写因子を指標に探索し、視床下部害側部だけがこの条件を満たすことを突き止める。

なぜ回復時に外側視床下部 (LH) が関わるのか完全なメカニズムの研究はこれからだと思うが、視床下部は何度も紹介しているように摂食の調節や報償など様々な機能に関わるので、今後の研究が楽しみだ。

この研究ではストレートに、この領域を光遺伝学的に刺激したとき歩行機能にどう影響するか調べ、期待通り歩行筋肉を増強し歩行回復を助けることを確認している。その上で、外側視床下部は直接脊髄神経へ投射するのではなく、線条体の前巨細胞性網様核を介したシグナルで歩行を高める。逆に LH の活動を止めると、歩行回復は遅れる。

実際には詳細な生理学的解析が行われており、これに基づいて機能回復のための方法を模索している。そして次の段階としてより臨床に近い深部刺激で同じ回復が見られるか、人間の腰椎下部脊損に模したモデルで傷害したラットを用いて確かめている。

以上の前臨床実験を元に、リハビリテーションが遅れ、腰椎下部脊損により歩行障害のある2人の患者さんをリクルートし、深部刺激がリハビリテーションを助けるかを検討している。もちろん人間への適用のためには、まず LH の歩行での役割、MRI を用いた投射の詳しい解析などから、動物と同じ機能を持つことを確認して電極を挿入している。電極挿入時も、意識を保ったまま様々な生理的試験を繰り返しながら至適挿入部位を決めている。患者さんの一人は、手術中に刺激を受けて足が動かされると思わず叫んで、LH 刺激が期待通りの効果があることを示している。

あとは患者さんのリハビリテーションを深部刺激が助けるか長期の経過観察を行い、効果がすぐ現れること、確実にリハビリテーションを助け、歩行器なしの歩行を可能にし、最終的には深部刺激なしに、手すりを持って階段を上ることができるところまで回復できることを示している。

以上が結果で、LH と歩行の関係の発見は、脊髄損傷理解に生理学がいかに大事かを教えてくれる。

1月には、伏見さんたちと脊髄損傷の YouTube 配信を考えており、ローザンヌグループのこれまでの軌跡を振り返ってみようと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ
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