重力の小さい宇宙で暮らす宇宙飛行士では骨量の減少が起こることが知られているが、現象の背景に2021年ノーベル賞を受賞したメカノセンサーが関わるのではないかと考えられている。特にそのうちの一つ PIEZO は純粋なメカノセンサーで、体中の細胞に発現している。
今日紹介するフランス・キュリー研究所と、カナダのトロント小児病院からの研究は PIEZO の腸管幹細胞システム維持に関わる役割を調べた研究で、11月29日号の Science に掲載された。タイトルは「PIEZO-dependent mechanosensing is essential for intestinal stem cell fate decision and maintenance( PIEZO によるメカノセンシングは小腸の幹細胞維持と運命決定に必須)」だ。
私がまだ現役時代から様々な幹細胞にストレッチを与えたり、あるいはマトリックスの高度を変化させたりしてその機能変化を調べる研究が行われていた。ただ、なかなか面白い現象を超えて研究が進展することが難しかったが、メカノセンサーを担う PIEZO 分子が発見され研究は急速に進展しており、その典型がこの研究だろう。
腸管では OIEZO1、PIEZO2 の2種類が働いており、片方がなくなるともう片方の発現が上がるので、片方をノックアウトしてもマウスに異常は起こらない。この研究では、タモキシフェンを投与したとき PIEZO1/2 両方がノックアウトされるマウスを作成し、成長してからタモキシフェンを投与、腸管の変化を調べ、幹細胞システムが大きく変化していることを発見する。
まず、絨毛の長さが低下する一方、組織の内側に形成されるクリプトが拡大している。この拡大はクリプト内で増殖する細胞が増えているからだが、最も未熟な幹細胞の数は減少している。さらに幹細胞維持に必要な分泌性のパネット細胞も消失していることがわかった。
この組織像の背景にあるメカニズムを、オルガノイド培養や、single cell RNA sequencing を用いて検討し、腸管幹細胞システムで PIEZO の下流で働いている分子メカニスムを解明しており、以下のようにまとめられる。
- PIEZO の活性化によるカルシウムの細胞内への流入は、Wnt の発現を低下させる一方で、NOTCH の発現を上昇させる。
- NOTCH の発現が低下すると、パネット細胞への分化が抑制され、幹細胞のニッチが形成できなくなる。一方で、パネット細胞へ分化できないため、Transit Apmlifying 細胞と呼ばれる増殖細胞への分化が進み、増殖が高まる。
- パネット細胞の低下と、Wnt 発現の低下により未熟幹細胞の維持ができなくなる。
基本的には、幹細胞分化が変化して、ニッチが形成できないため、幹細胞自身が消失するというシナリオになる。
最後に、腸管幹細胞のメカノセンサーが活性化されるメカニズムを探り、以下のことを明らかにしている。
- 幹細胞を固いマトリックスの上で培養すると上昇する。
- 原子間顕微鏡で腸管のマトリックスの堅さを調べると、幹細胞の回りの基底膜は固い。
- 絨毛形成や蠕動運動で生じる幹細胞のストレッチも PIEZO を活性化する。
以上の結果から、腸管幹細胞は常に環境のストレスをメカノセンサーを介して感知することで、NOTCHシグナルを調節して上皮細胞とパネット細胞への分化を調節し、一方で Wnt 分子発現を通して幹細胞の自己再生を促している。
細胞への力学的力の作用を知って驚いていた時代と比べると、研究が大きく進展したことを実感することができた。