最初糖尿病の治療薬として開発された GLP-1 受容体アゴニスト (GLPRA) が今や抗肥満薬として大ブレークし、その結果研究がさらに進んでいることについては何度も紹介してきた。GLPRA は食欲抑制、代謝改善が重要な作用だが、中枢神経系では吐き気など食べることを忌避する作用があり、代謝改善ではインシュリン分泌促進の作用が重要な位置を占める。そのためすでに糖尿病になっている患者さんでの抗肥満効果は低い。このようなことから、現在糖尿病治療の重要な課題は、身体のインシュリン感受性を上昇させ代謝を改善させる薬剤の開発だ。
今日紹介する、デンマーク コペンハーゲン大学のノボノルディスク代謝基礎研究所からの論文はこれまでとは全く異なるメカニズムの抗肥満薬の開発で、デンマークやノボノルディスクがこの分野で圧倒的リードを保っていることを実感させる研究だ。タイトルは「NK2R control of energy expenditure and feeding to treat metabolic diseases( NK2R はエネルギー消費と摂食をコントロールして代謝病を治療できる)」だ。
結論的に言うと、脳に働いて摂食は抑制するが食に対する忌避反応がほとんどなく、身体全体のインシュリン感受性を高め、脂肪を燃やしてエネルギー消費を高めるニューロキニン2 受容体 (NK2R) アゴニストを開発したという研究だ。
おそらくこのグループも最初からここまで素晴らしい結果が得られると予想しなかったのではないかと思う。最初は、GLPRA の大成功の柳の下の泥鰌を探すために HbA1c の値と相関が見られる GPCR 遺伝子をゲノム解析を通して探索し、その近くにヘキソキナーゼ遺伝子があるため、それとの相関として片付けられていた遺伝子多型の一つがニューロキニンなど様々な生理ペプチドと反応する NK2R とリンクしていることを発見する。また、グリーンランドのゲノムコホートから NK2R の発現が高まると、HbA1c が低下し、グルコース代謝が改善していることを発見する。
そこで、NK2R を刺激するニューロキニンをマウスに毎日投与すると摂食が抑制され、2週間で体重が15%低下、さらに筋肉量などはそのままで脂肪だけが減少することがわかった。ただ、ニューロキニンA は分単位で血中から除去されるので、長期血中濃度を維持できる EB1001、そして EB1002 と呼ぶペプチドリガンドを開発している。EB1002 は一回皮下投与するとすぐに酸素消費が高まり、脂肪酸が上がり、体重が数パーセント低下する。また摂食も強く抑制されるが忌避行動は見られない。
重要なのはインシュリン分泌には全く影響なく、hyperinsulinaemic-eugycaemic クランプ実験で、インシュリン感受性が高まることで、グルコース代謝が高まることを示している。まさに、長く望まれていた薬剤に行き当たったことになる。
驚くのはレプチンが欠損した ob/ob マウスの肥満も治せることで、レプチン受容体を介する刺激とは別に、脳に働いて摂食を抑えるとともに脂肪を燃やして肥満を改善する。これまでと全く異なるメカニズムなので、多くの遺伝性肥満にも対処可能かもしれない。
ただ、摂食行動や代謝改善メカニズムに関しては、ともかく様々な細胞に働いて良い効果があるとまとめた方がいいぐらい特定の細胞経路があるわけではない。EB1002を投与すると、確かに視床下部の神経が反応するがそれ以外に脳全体で反応が見られることから、様々なルートで摂食が阻害される。
また、体温計を身体の各所に埋め込んで体温の上昇を調べると、場所ごとに体温上昇の時間に差が見られるなど、これまでの単純な常識ではまだ理解できない。実際、この受容体は体中で発現していることから、その特定は難しいかもしれない。
ただ、臨床応用への期待は大きいので、老化サルを用いた投与実験を行い、GLP-1 などのような吐き気や不安感は認められないこと、糖尿病のサルもコンスタントに体重を低下させられること、インシュリン感受性を高めて血中グルコースを抑えることができること、インシュリン分泌に全く影響ないので低血糖発作はないこと、脂肪代謝を改善し、LDLやトライグリセライドを低下させられることなど、まさにいいことずくめの薬剤であることを示している。
さてこのまま人間を用いた治験に進むか決断の問題だと思うが、うまく行くような気がする。しかし多くの細胞に作用があることから、ガンの増殖を促進したりと言った可能性もあるので慎重に治験は進められるだろうがノボノルディスクの快進撃は止まりそうにもない。