今年のノーベル物理学賞はニューラルネットワークを使った AI を実現したホップフィールドとヒントンに授与された。ニューラルネットと名付けられているように脳の神経回路にヒントを得た業績だが、AI 、特に大規模言語モデル(LLM)の成功は、もう一度我々自身の神経回路を AI と比較する研究分野へと発展している。
今日紹介するオーストリア科学技術研究所からの論文はこの典型で、我々のニューラルネットが拡大するとき戦略の一端を示してくれる面白い研究で、12月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human hippocampal CA3 uses specific functional connectivity rules for efficient associative memory(ヒト海馬 CA3 領域は特異的な結合法則を使うことで連合記憶の効率を高めている)」だ。
てんかんが発生する場所を特定するための皮質電極を用いた研究により我々の脳の情報処理の現象論的特徴については理解が進み、脳の活動を大まかに解読することが可能になってきている。例えば、以前紹介した言語処理を脳と LLM で比べた論文などはその典型だ(https://aasj.jp/news/watch/19237)。
今日紹介する論文は、情報処理のアルゴリズムではなく、ニューラルネットワークの構造と機能を回路レベルで比較しようとした研究になる。研究では、てんかんの発生場所を特定して切除された海馬 CA3 部位を細胞が生きているうちに脳のスライス培養に移し、そこに存在する興奮神経に電極を設置して、神経結合性の生理学的実験を行うとともに組織学的解析を組み合わせ、神経回路の特性を定量的に調べている。
てんかん病巣と行っても、組織学的異常はなくてんかんが生理学的病態であることを示唆しているが、それを確認した上で数個の錐体神経に電極を設置し、それぞれの連結を調べている。驚くことに、皮質と比べると CA3 内での神経間結合は極めて少なく、また CA3 に限ってみたとき、マウスでの結合性と比べると 1/3 以下に低下している。
では、人間の CA3 細胞内の結合は単純なのかというと、決してそうではない。神経細胞数でみると、マウスは10万程度の錐体神経が CA3 に存在するが、人間ではなんと170万個と10倍以上に増えている。一個一個の細胞でのシナプス結合が少なくとも、ニューラルネットとしてはマウス異常の結合性を持っている。さらに、細胞同士のシナプスが減ることで、正確で迅速な神経同士の結合が可能になっていることを、生理学的に確認できる。
これに加えて、細胞自体はマウスよりはるかに多く、しかも長い樹状突起を出すことでシナプスに相当するスパインの密度を減らしながらも細胞間の結合性は維持できるように進化することで、正確な情報伝達が起こるようにできている。
また、この樹状突起の構造により脳の様々な部位からの情報を統合しやすい構造ができている。
このようなマウスと人間との構造の違いを、ホップフィールドさんが考案したホップフィールド回路でパラメーターを変化させることで確かめる実験を行い、シナプスの数を減らすかわりに神経細胞数を増やす場合と神経細胞数をそのままにシナプス数を増やす場合で記憶性能を比べると、結合性を落としてニューロン数を増やした方が信頼性の高い記憶が可能になることを示し、進化の方向性が理にかなったものであると結論している。
結果は以上で、このように実際の回路の詳細をさらに詰めることで、AI ニューラルネットで調整できるパラメーターについてのさらなる可能性が生まれることで、脳研究も AI 研究もともに進化する素晴らしい時代が始まっている気がする。