ウェアラブルデバイスで集める健康情報は、これまでの検査と比べ特異性では全く劣っているが、持続的に何ヶ月もデータをとることで、通常の診察室では決して気づけない変化を捉えることができるため、これまで知り得なかった身体の状態変化を教えてくれるのではと期待されている。例えば以前、Covid-19 の感染を、医療機関に行く前にウェアラブルデバイスで診断できる可能性について紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18428)。私は毎朝6kmぐらいを早足で散歩してからこの原稿を書くのを日課にしているが、自覚しなくても小さな変化がタイムの変化として現れるのを感じている。
今日紹介するイエール大学からの論文は、客観的な検査が難しい精神疾患の診断にウェアラブルデバイスが役に立つかを、診断名とともに遺伝子多型検査も加えてウェアラブルデバイスデータとの相関を調べて研究で、12月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Digital phenotyping from wearables using AI characterizes psychiatric disorders and identifies genetic associations( AI を用いたウェアラブルデータによるデジタル形質は精神異常を特徴付け、さらに遺伝的相関も特定する)」だ。
この研究では、米国で行われている学童を含む若年層のコホート研究を利用して、Fitbit として市販されているスマートウォッチを用いて心拍数、カロリー消費、アクティビティー、歩数、睡眠など7項目を連続的に記録し、これらのデータを罹患数の比較的多い不安症と、注意障害と相関させられるか調べている。
データは従来型の AI で大規模言語モデルは使っていないが、ウェアラブルからの連続データを、平均値や多様性など49種類の指標に分解したあと XGBoost と呼ばれる機械学習を用いたモデルと、連続データを軽量化してデコードする Xception と呼ばれるモデルを用いて、不安神経症と ADHD の診断に使える可能性を調べている。結果は満足できるもので、詳細は省くが ADHD の場合 AUROC と呼ばれる指標でそれぞれ 0.83、0.89 と診断の助けにかなり使えることが明らかになった。一方不安神経症の場合、それぞれ 0.69 と 0.71 で、診断能力は落ちるが役には立ちそうだ。また、どちらの場合も Xception モデルを用いる方が診断能力は高い。
通常 AI は診断までのプロセスがわかりにくいので、ここではどの指標が重要なのかを調べるため、それぞれの指標を除去してもう一度計算し直す作業を行い、診断に寄与する指標を探っている。結果、ADHD の場合、昼食後の心拍数が、また不安神経症では睡眠の長さや深さが最も大きく寄与することを示している。
ここまでなら多くの論文がすでに存在するが、この研究ではさらにそれぞれの指標と ADHD との相関が指摘されていた遺伝子多型との相関を調べ、SNP-rs186003 が起立時の時間と相関することを特定している。またそれぞれのモデルで得られるスコアが ADHD と相関するとして知られていたいくつかの遺伝子多型と相関することも示している。
最後に ADHD に限らず、遺伝子多型との相関を調べ、rs365990 、ミオシン重鎖のコーディング領域の多型が心拍数上昇に関わることを発見し、ウェアラブルのパワーを示している。そして同じ多型が双極性障害の多型とオーバーラップしているという面白い事実を特定している。
他にも眠りがちで活動性が低いことと相関する多型が、ADHD と関わることも発見している。
結果は以上で、他にも様々な多型がリストされているが割愛する。ウェアラブルデータは特異性が低いが、遺伝子多型と相関させることでメカニズムはわからないが精神状態を決めている身体的要因と相関していることを示し、医学のツールとして役立つと結論している。
特に傑出しているという印象はないが、Cell もこのような論文を掲載するのかと驚いた。