遺伝子の網羅的解析が可能になって、まず調べてみようという研究も評価されることが多くなった。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校とハーバード大学からの論文もそんな一つで、胎児期から77歳の高齢者まで22種類のタイムポイントでCD34陽性細胞を分離し、これを single cell RNA sequencing で解析した研究で、12月5日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「The dynamics of hematopoiesis over the human lifespan(人の一生で見られる造血の動態)」だ。
CD34陽性細胞には、多能性の幹細胞から各系列に分化した幹細胞まで様々な造血細胞が含まれる。この研究では、それぞれのコンパートメントが一生でどう変化するか、そしてそれぞれのコンパートメントでの遺伝子発現の変化を比較して推察される分化能を調べることが研究の目的になる。
胎児肝臓造血、臍帯血、そして骨髄と場所を変えて調べているが、基本的に検出できるコンパートメントは一緒で、造血のプログラムは一生涯安定に維持されていることを示している。
考えてみると、これほどまとめて一生涯の造血幹細胞パターンを見たことはなかった。最近の mRNA からクロマチンまで調べるオミックス研究と比べると単純だが、それでも見ているだけで面白い。
まず胎児肝臓では当然のことながら多能性の幹細胞が多い。しかし生まれたあとの骨髄造血では、リンパ系へのコミットメントが急速に高まり2割ぐらいからなんと7割ぐらいへと上昇する。その後、徐々に赤血球、顆粒球造血へのコミットメントが上昇し、中年期まで安定に維持される。ただ、最も驚いたのは、老化に伴いコミットした細胞が増えるのではなく、逆にコミットしていない幹細胞が増えている。老化に伴い起こってくるクローン性増殖もこの変化を反映しているのかもしれない。残念ながら遺伝子発現だけではメカニズム解明には限界があるので、今後エピジェネティックスに焦点を当てた研究も必要だろう。
それぞれのコンパートメントの遺伝子発現のパターンを定量化する非負値行列因子分解(NMF)を用いてそれぞれの分化プログラムを調べると、一生涯を通して多能性の幹細胞は同じようなプログラムが維持されるが、少し分化した前駆細胞レベルでは分化能が制限された幹細胞が維持されている。各時期によってどのタイプのコミット幹細胞が維持されるかは違うのだが、成人期では主に顆粒球系、リンパ球/巨核球系、そして赤血球/巨核球/好塩基球系の3種類が中心になる。ただ驚くことに、老化とともにこのようなコミット前駆細胞は減って、多能性だが前駆細胞の性質を持つ特に小児期に見られる前駆細胞が増えてくる。これは意外で、詳しいメカニズムの解析が必要になるだろう。
最後に、同じ解析を造血幹細胞のガンといえる急性骨髄性白血病で調べている。すると、正常造血幹細胞と同じように、老化でみられるのと同じような、多能性からコミットまでの変化を認めることができる。ただ、どのタイプになるかは罹患年齢とは関係ない。しかし、老化幹細胞型の白血病ほど予後が悪い。
結果は以上で、全て現象論だが、特に老化に伴う変化に関しては新しい問題が多く提示されたと思う。
昨日、被団協に対してノーベル賞が授与されたが、高齢の被爆者には骨髄異形成症候群や骨髄性白血病の頻度が高まっていることが知られている。すなわち、被爆と老化、ガンの関係をもう一度調べ直す必要がある。おそらくサンプルは残っていると思うので、今後被爆者の方々の造血を、この研究と同じように調べることは、我が国の重要な課題だと思う。