過去記事一覧
AASJホームページ > 2024年 > 12月

12月2日 Proteolethargy : 細胞内でタンパク質の動きが鈍る(11月27日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月2日
SNSシェア

Richard Young はエピジェネティックス、すなわち遺伝子発現の調節研究領域の大御所で、このブログでもすでに8編の論文を紹介している。各論文にはいつも新しい視点や方法が示され、どうしても紹介したくなる。個人的には、2011年3月神戸のCDBシンポジウムを開催したとき、東日本大震災の3日後の開催で多くの講演者のキャンセルが出たにもかかわらず、参加してくれたのを感謝している。

今日紹介するのはこの Young 研究室からの新しい論文だが、なんと遺伝子発現とは全く関係のない分野で、しかも Proteolethargy (タンパク質沈滞)という言葉まで作って、細胞内のタンパク質の運動と慢性病との関係を考えた研究で、おそらく相分離や転写に必要なタンパク質の動態を研究する中で見つけた問題をまとめたのだと思うが、タイトルを見て一瞬 Young の大変身かと錯覚した論文だった。タイトルは「Proteolethargy is a pathogenic mechanism in chronic disease(タンパク質沈滞は慢性病の病因の一つ)」で、11月27日 Cell にオンライン掲載された。

研究では核内の様々な機能に関わる4種類のタンパク質と細胞膜タンパク質に蛍光タグをつけ、こうして発現した細胞内のタンパク質の一分子を高感度顕微鏡を用いて追いかけている。高感度顕微鏡で一分子をキャッチできるのはわかるが、多くの分子の存在する中で追跡する方法の詳細については完全に理解できたわけではない。この方法に蛍光をブリーチした細胞領域に蛍光が回復する時間も細胞内分子運動の指標として用いている。

結果だが、選んだ5種類のタンパク質の全てで、single molecule tracking (SMT) が可能で、この運動が高濃度のインシュリンに細胞が晒されることで20%程度低下することを示している。ここでは、高カロリー食でインシュリン抵抗性が発生した状態を想定し慢性病の一つとして考えているが、次は様々なストレスで起こる活性酸素発生が高まった状況を慢性病の細胞状態として調べ、選んだ全てのタンパク質の細胞内運動が低下していることを発見し、この状態を Proteolethargy と名付けている。

次に Proteolethargy の原因の探索に移っているが、活性酸素上昇で発生することをヒントに、おそらく分子表面に存在するシステインが S-S 結合することでタンパク質同士がつながってしまい、動きが低下するのではと仮説を立て、表面にシステインが存在しないタンパク質の動きを同じように追跡すると動きは低下しないことを発見する。

そこで、システインが5個つながったタンパク質の動きを検出するシステムを作成し、感度を高めた上で高グルコース、高脂肪、炎症、DNA損傷、そして自然免疫刺激など慢性病の一般的原因と考えられている刺激を加えてタンパク質の動きを調べると、全ての条件で Proteolethargy が発生していることを確認している。

これらの条件の多くで活性酸素が発生しており、さらに活性酸素を除去する処理を行うと Proteolethargy が改善するので、Proteolethargy は細胞内活性酸素上昇が主要因であると結論している。

以上が結果で、まとめると様々な慢性病では細胞内活性酸素が上昇し、これがシステインを分子表面に露出しているタンパク質同士の結合を促し、細胞内でのタンパク質の運動を低下させる。この結果、分子間相互作用の頻度が抑えられ、非特異的に細胞全体の様々な活性が低下し、病気になるというシナリオだ。

おそらく、核内での分子同士の集合解離を正確に調べているうちに発想した研究で、Young の大変身ではないだろうが、活性酸素上昇という周知の話に違う視点を与えたさすがのまとめ方と感心した。

余談になるが、イタリアの大作曲家ベルディは生涯悲劇を中心としたオペラを書き続けたあと、最後に喜劇「ファルスタッフ」を作曲するが、この論文を読んでファルスタッフを思い浮かべた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 13線地リスが冬眠中に渇きを感じない理由(11月29日 Science 掲載論文)

2024年12月1日
SNSシェア

冬眠中は体温が0度に近づく Thirteen-line ground squirrels (13線地リス:GS)の冬眠についてはかなり研究されているようで、2018年には iPS細胞を作成して、細胞レベルで低温でも細胞内の微小管が崩壊しない理由について調べた素晴らしい研究をこのブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8240)。これに限らず、何ヶ月もの長い冬を、飲まず食わずで、しかも運動なしに過ごすためには様々なメカニズムを進化させることが必要になる。

今日紹介するイェール大学からの論文は、冬眠中に一時覚醒するGSが、覚醒中の欲望、特に渇きにより水を飲む本能的行動をどう抑制しているのか調べた研究で、11月29日 Science に掲載された。タイトルは「Suppression of neurons in circumventricular organs enables months-long survival without water in thirteen-lined ground squirrels(脳室周囲の神経を抑制することで13線地リスは水なしで何ヶ月も生きることができる)」だ。

クマの冬眠は浅い眠りと言われているが、起きることはなく、ずっと飲まず食わずで寝ている。しかしGSは深い眠りだが、たまに覚醒するらしい。以前紹介したように、体温が極端に低下しているのに覚醒できるのかも気になるが、覚醒時欲望が生じると水バランスなどは危険域に達してしまう可能性があり、渇きを抑えて摂水行動を抑えることが重要になる。

この研究グループは、GSの冬眠中の摂水行動に焦点を絞って研究を続けているようで、GSが長い冬眠中にもほとんど血液の浸透圧は変化せず、低浸透圧による渇き刺激は起こらないことを示している。しかし、体温が低くても生きていれば代謝は起こるので、供給がないと体液量が減るはずで、体液料低下を感知するアンジオテンシンとアルドステロンが2倍になっている。にもかかわらず、一時的覚醒時通常なら摂取しない濃い食塩をなめるのに、水を摂取する行動は全く起こらない。不思議なのは NaCl には反応するのに KCl には反応しない点で、よくできていると思うが、このメカニズムも是非知りたいところで、冬眠にはまだまだ面白い課題があることを示している。

とすると、摂水中枢でのアンジオテンシンに対する反応性が低下していると考えられるので、脳室周囲にある摂水中枢のアンジオテンシンに対する反応を調べ、

  1. 一時覚醒時にはアンジオテンシンやアルドステロンは中枢の反応性細胞まで届いている。
  2. カルシウムイメージングで調べるアンジオテンシンに対する反応は、正常でも一時覚醒時でも変わりはない。
  3. ただ、カリウムに対する反応は低下している。

以上、一時覚醒中はアンジオテンシンに対する神経反応は起こるが、神経自体は何らかの抑制を受けている。

そこで、アンジオテンシンで刺激したときの神経の反応を Fos の発現で調べると、3Mの食塩を注射して渇きに反応する神経の興奮を調べると、強く抑制を受けていることがわかる。このため、渇きが抑制され、摂水が起こらないことになる。

最後に、神経細胞レベルでこのメカニズムを探ると、神経細胞レベルで興奮は強く抑制され、強く分極しているため、刺激に対する反応が抑えられていることがわかった。抑制神経の刺激を受けるGABA受容体の数も上昇しており、抑制神経がこの原因であることはわかる。

以上が結果で、なぜ抑制神経に対する感受性が上昇するのかのメカニズムについては明らかでないが、冬眠中のリスは一時覚醒しても水を欲しないのは、摂水中枢が働かないよう抑制されているからだというのが結論になる。結局単純な話になってしまっており、本当のメカニズムの解明はまだまだだ。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年12月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031