過去記事一覧
AASJホームページ > 2024年 > 11月 > 21日

11月21日 ケトン体研究2題(11月12日 Cell オンライン掲載論文他)

2024年11月21日
SNSシェア

皇帝ペンギンは子供を守るために何ヶ月も絶食をし、さらにパートナーが運んできた餌も胃の中で留め置くことで自分の栄養にせずに子供に与えると言われている。すなわち、この間のエネルギーは体脂肪を β酸化して合成したアセチルCoA を使うが、同時にアセチルCoA から合成したケトン体をエネルギー源として使っている。どこかで読んだが、コウテイペンギンは子育てが始まると2ヶ月ぐらいまでは血中ケトン体が上昇を続けグルコースのようなエネルギー源として働く。ただケトン体の効果はエネルギー源にとどまらず炎症を抑えたり筋肉機能を上昇させたりすることが知られているが、特に脳神経に対する様々な作用は実際の臨床にも使われている。

ケトン体の脳神経への機能を調べた論文を2編読む機会があったので今日はそれを紹介することにした。最初のスタンフォード大学からの論文は、ケトン体の一つ βhydrooxybutyrate (BHB) が、アミノ酸と結合したあと脳の摂食中枢に働くメディエーターになることを示した研究で、11月12日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Ab-hydroxybutyrate shunt pathway generates anti-obesity ketone metabolites( β-hydrooxybutyrate シャント経路は抗肥満活性のあるケトン代謝物を生成する)」だ。

BHB やアセトンなどのケトン体は、それ自体の作用が研究されてきたが、この研究では BHB をフェニルアラニン (Phe) などのアミノ酸と結合させる酵素が存在し、ケトンが上昇するとこれが働いて BHB-Phe を腎臓腸で合成し、これが摂食中枢に働くことを示している。

このアミノ酸に BHB を添加する酵素を、腎臓と腸に主に発現している carnosine dipeptidase (CNDP2)であることを特定し、血中の BHB が上昇すると、BHB-Phe も上昇することをマウスで明らかにしている。

こうしてケトン体が上昇すると BHB-Phe が合成されることを明らかにした上で、BHB-Phe を直接投与する実験を行い、BHB-Phe が摂食を抑制し、体重増加を抑えること、逆に CNDP2 ノックアウトマウスではマウスが肥満になることを示し、新しい摂食抑制分子として利用できることを示している。

驚くことに、BHB-Phe を投与すると視床下部の一部の神経が c-Fos を発現する、すなわち刺激を受けること、また同じ CNDP2 で合成される Lactate-Phe も視床下部に直接働くが、作用する神経は別であることを示している。残念ながらこれ以上の解析がないため、BHB-Phe がシナプスに働くのか、あるいは細胞質内で反応を変化させているのかはわからないが、レプチン系も働いている接触中枢神経細胞に作用して食欲を抑えるという結果は、食欲調節を目指した創薬を活性化させる気がする。

もう一編はチリ・サンチアゴにある老化研究所からの論文で、老化マウスの脳に対するケトン体の効果を調べた研究で、ちょっと古いが Cell Reports Medicine の6月号に掲載された。タイトルは「Ketogenic diet administration later in life improves memory by modifying the synaptic cortical proteome via the PKA signaling pathway in aging mice(生涯の後期でケトンダイエットを行うことで、老化マウス神経細胞の PKA シグナル経路を介するシナプス機能を変化させ記憶を開戦する)」だ。

この研究では従来のケトン体研究の延長で新しいメディエーターの発見ではない。ただ、20-23ヶ月例の比較的高齢のマウスを用いてケトンダイエットを接種させ、認知機能への影響を調べている。ケトンダイエットを一ヶ月おきに繰り返すと、コントロールと比べて体重は増え気味になる。しかし、血糖は低下するので代謝改善ははっきりしている。

そして何よりも、運動機能や認知機能が高まり、生理学的には海馬での長期増強が見られ、神経細胞レベルで樹状突起やシナプスが上昇している。 この原因をプロテオーム解析を用いて探ると、cAMP/PKA シグナル経路が高まった結果、シナプス小胞の移送や細胞骨格などが活性化され、これが樹状突起などの長期変化につながると考えられる。そしてこの変化が持続することで、BDNF など神経増殖因子の分泌促進につながることで、認知機能の低下が抑えられると結論している。

以上、最初の論文はケトン体から新しいメディエータが合成され摂食を抑え、あとの論文ではケトン体自体が脳神経を活性化して認知を防ぐという結果なので、高齢でもケトンレベルをある程度維持することの重要性がわかる。これまで高齢者についてケトン体の効果の研究はあまり行われてこなかったが、重要な課題だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930