ガンではよく遺伝子増幅(一つの遺伝子の数が増えること)が見られることがある。例えば乳ガンの HER2 や神経芽腫の MYCN などはガンの増殖力と密接に関係するが、この中の多くがその遺伝子を含む大きな領域がゲノムから切り出されて、染色体外で環状 DNA として勝手に増殖していることがわかっている。これを extrachromosome DNA (ecDNA) と名付けて研究が行われているが、ガンの悪性度と密接に関係していることが知られている。勝手に増幅して、分配されるため、当然ガンの多様性を高めると考えると、当然のことだ。最近、ecDNA について面白い論文を2編目にしたので、今日明日と紹介する。
今日紹介する英国フランシスクリック研究所、ロンドン大学、そして米国スタンフォード大学からの論文は、15000に及ぶガンの全ゲノムデータを解析し直して、ガンで見られる ecDNA の分布や種類について詳しく調べた研究で、11月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Origins and impact of extrachromosomal DNA(染色体外 DNA の起源とインパクト)」だ。
ゲノム解析データで遺伝子増幅が見られる場合、染色体内での増幅と、ecDNA に分けることが出来るが、これをショートリードデータから判断する、データ処理がこの方法のハイライトになるが、こうして ecDNA を特定した場合、ハイブリダイゼーションを用いて、実際に ecDNA が増幅されていることを確認することが出来る。
この研究ではまず ecDNA の頻度について調べ、調べた全てのガンの17%に ecDNA が見られることを明らかにしている。これはかなりの頻度で、同じ遺伝子変異がそろったガンでも、なぜ予後に差があるのかを考えるとき、ecDNA を念頭に置く必要を実感する。
さらに、ecDNA の頻度がさらに高いガンが存在する。中でも HER2 陽性乳ガン、脂肪肉腫、グリオブラストーマでは半数を超えるガンが ecDNA を持っている。面白いことに、血液系のガンでは頻度が低い。
次にどの遺伝子が ecDNA に載っているのかを見ると、ほとんどの ecDNA にはガン遺伝子が乗っており、中には肉腫や乳ガンのように2種類のガン遺伝子が一つの ecDNA に載っていることがある。そして、染色体内でガン遺伝子が増幅しているガンと比べると、増幅度が圧倒的に高く、その結果ガンの適応力が高まっていることがわかる。
さらにやっかいなのは、様々な免疫反応を抑制する遺伝子がガン遺伝子と、あるいは単独で ecDNA として増幅されていることだ。それぞれの意義を完全に解明することは簡単ではないが、ガン組織のゲノム解析に含まれている T細胞の比率を調べると、ガン組織に浸潤している T細胞が少ないことが観察できる。
問題はタンパク質をコードする遺伝子だけではない。ecDNA には様々なエンハンサーやプロモーターなどの遺伝子調節領域が含まれている。染色体外にあることから、その作用にクロマチン構造の制限がなく、転写因子を ecDNA にリクルートすることができるため、ガンの増殖をさらに助けていると考えられる。
ガンの増殖にはガン抑制遺伝子の欠損が重要だが、p53 のように正常分子を抑制できる dominant negative 変異がある場合、ecDNA に載って増幅されると、その効果は強くなる。その結果、細胞の染色体自体も不安定化し、全ゲノム重複まで起こってしまうことがわかる。
ecDNA は独自で増殖するため、多様性が高く、突然変異も独自に蓄積していく。そのおかげで ecDNA を使うとガンのたどった歴史を垣間見ることもできる。ecDNA に共通に存在する変異のタイプを見ると、タバコや紫外線などの外来発ガン因子によるタイプの変異が維持される。それらの上に ecDNA ができてから DNA 修復時の相同組み換え型変異が中心に積み重なっていく。
これらの結果、ステージの進んだガンでは ecDNA が存在する確率が高く、また ecDNA による遺伝子増幅が見られると、明確に予後が悪い。
同じタイプのガンで、ガン遺伝子も同じなのに、経過に大きな差があるのは医師であれば誰でも経験している。今後は ecDNA が存在するかどうかも予後を考えるのに重要な因子として調べていく必要がある。では、これに対応する術はあるのか?明日はそれについての研究を紹介する。