最近 Nature がカバーする領域が大きく広がっていると思う。AI 論文の増加は納得で、いち早く時代を先取りしていると思うが、人間についての様々な研究分野も広く取り上げられるようになっている。
しかし今日紹介するオランダ癌研究所からの論文が Nature に掲載されたのを見て正直驚いた。論文はすでに乳ガンで広く使われるようになった CDK4/6 阻害剤の使用法を見直す医師主導の臨床試験だ。もちろんこれまでも Nature は多くの臨床治験論文を掲載しているが、この研究のように progression free survival だけで、メカニズムなどに全く触れていない論文は珍しいのではないかと選んだ。タイトルは「Early versus deferred use of CDK4/6 inhibitors in advanced breast cancer(進行乳ガンに対するCDK4/6 阻害剤は最初から使う方がいいのか、遅らせるのがいいのか)」で、11月27日オンライン掲載された。
HER2 陰性、ホルモン受容体陽性乳ガンの再発進行例に CDK4/6 が延命効果を持つことが示されたのは2020年で、その何種類もの薬剤が上市され、我が国でも広く臨床に使われるようになっている。このタイプの乳ガンの再発は、通常のエストロジェン拮抗阻害剤の効果がなくなったことを示しており、CDK4/6 阻害剤前には、エストロジェン合成を完全に阻害するアロマターゼ阻害剤と、エストロジェン受容体を分解するフルベストランが使われていた。2020年の治験では CDK4/6 阻害剤とフルベストランとの併用で効果が示されている。
CDK4/6 の効果について同様に認めているこの論文をなぜ Nature が今頃掲載したのか。おそらく、私たち医師の心理の盲点を突く重要な研究だと判断したからだろう。我々医師はいい薬はできるだけ早く使いたいと思う。ただ、乳ガンのように CDK4/6 阻害剤に加えて、アロマターゼ阻害剤 (AI) 、フルベストラン、さらに最近では PI3K 阻害剤や、PPARγ 阻害剤まで組み合わせる薬剤が多い場合、その選択は難しい。
この研究では、それまで行われてきた標準の乳ガン治療の有効性が消失したケースで、CDK4/6 の使用が推奨される場合、まずアロマターゼ阻害剤とCDK4/6阻害剤を組み合わせて治療を始め、これが効かなくなったあと、フルベストランにスイッチするのか、あるいはまず AI でスタートして、ガンの進行を止められない場合、フルベストランに CDK4/6 阻害剤を組み合わせるのかの2種類のプロトコルを比べている。
病気の進行によって組み合わせをスイッチするというフレキシブルな治験で、現在のレギュレーションでは実行しにくい治験プロトコルを選んでいることがまず評価されている。そして何よりも、CDK4/6 阻害剤というメカニズムの違う薬剤は早く使いたいという医師の先入観が正しいかどうか調べた点が最も重要だろう。
結果は、最初から AI+CDK4/6 阻害剤で初め、効かなくなったらフルベストランに代えるプロトコルも、まず AI だけで様子を見て、効かなくなったら CDK4/6 にフルベストランを組み合わせるプロトコルでも、progression free survival にほとんど変化がない。また統計的に、あとから CDK4/6 阻害剤を加えるプロトコルが劣っているという証拠も得られないことがわかった。
また、聞き取り調査による生活の質の違いもなく、さらに副作用でも差はない。そして一番大きな差はコストで、最終アウトカムを調べた時点まで、治療コストは最初から使った場合の47000ユーロに対し、あとから加える場合20881ユーロでとどまり、2倍以上の差になっている。
結果は以上で、医学の研究としては Nature が掲載したのに違和感を感じる。他にも比べるべきプロトコルはなかったのか、さらには新しい薬剤が次々と開発されている乳ガン領域で、薬剤使用は様子を見ながらという結論は、混乱を招くのではないかと思う。しかし、医師や研究者の心理の盲点を突くという点と、社会的コストもいれた持続可能な医療などの観点からは、Nature が取り組んでいる新しい分野と直結しており、掲載されたのも納得できる。