昨日は遺伝子導入したあとの骨髄幹細胞移植の動態を長期に観察した研究を紹介したが、細胞レベルでは遺伝子が導入されていても自家移植についての観察だ。今日も昨日に続いて移植した骨髄幹細胞の追跡実験を紹介する。
米国、フレッドハッチソン癌研究所からの論文は、一般的なアロ骨髄移植を受けた後6.6年から45.7年まで、平均観察期間33.8年経過したレシピエント内の血液細胞をに見られる体細胞突然変異や、クローン性増殖を、同じ時期に採取したドナーの血液と比べた研究で、10月23日 Science Tranlational Medicine に掲載された。タイトルは「Characterization of clonal dynamics using duplex sequencing in donor-recipient pairs decades after hematopoietic cell transplantation(duplex sequencingを用いて、骨髄移植後何十年もたったあとのドナーとレシピエントのペアの血液クローンの動態を調べる)」だ。
レトロウイルスなどの細胞標識を用いないと移植した細胞を追跡できなかったのは昔のことで、現在では deep sequencing と呼ばれる同じ箇所を何度も読むことで低い変異を検出する方法を用いると、細胞ごとにランダムに起こる体細胞突然変異の組み合わせから、変異クローンを特定することができる。さらに、タイトルにある Duplex sequencing と呼ばれる、ペアリングしている DNA の配列を両方の鎖で読んで比べることで、配列解読に伴うエラー率を一千万分の一にする技術を使って変異を探すと、これまでよりかなり高い率で体細胞突然変異を特定することができる。
この研究ではタンパク質へと翻訳される遺伝子で見られる変異に絞って duplex sequencing を行い、急性骨髄性白血病リスクとしてリストされている変異に注目して調べている。骨髄移植時、そして長期間経過したあとの2時点で変異を調べることで、白血病リスク変異の発生率、そしてその結果として幹細胞の増殖能力が高まった結果起こる老化で、現在、最も注目されているクローン性増殖の発生の頻度を把握することができる。
さらに面白いのは、移植したリシピエントと同じ造血系を持つドナーを、長期間経過した後、同時に調べることで、移植という強いストレス状態で変異が起こりやすいか、そしてクローン性増殖については差があるのかなど調べることができる。
16人という限られた数での結果だが、まず驚くのはこれまでクローン性増殖が誘導される原因とされてきた体細胞突然変異が、移植時のドナー細胞でかなりの確率で見られることで、高齢者のドナーほど変異の頻度が高くなるのは間違いないが、小児のドナーでもクローン性増殖が見られる(ドナーの年齢が12歳から64歳まで大きくひろがっているのは、家族間の移植が含まれているのだろう)。いずれにせよクローン性造血がこれほど若い児童に見られることは、造血システムのもつ、変えることのできない性質といえることを示唆している。
次に移植後に起こる変異が、ドナーとレシピエントで差があるかだが、結論的には全く差はない。一定の率で変異が起こるが、レシピエントで異常が起こりやすいことは全くない。
ところが、クローン性増殖を誘導する変異の場合は、移植されたレシピエントの方でより増殖する傾向があることがわかった。これを調べるのは大変な実験で、移植時に含まれていたクローン性造血変異を持つクローンを特定し、その増大率をレシピエントとドナーで計算して比べる必要がある。シェアされているクローン性造血細胞の数はドナーごとに違っているが、それぞれのクローンの増殖率を平均した指標を作って比べると、多くは移植されたレシピエントで増大するクローンが多い。ただ、レシピエントより、ドナーの方で増殖する変異も存在するので、変異によって環境の影響が異なると考えられる。
例えば、 TET2 や DNMT3A のように DNAメチル化に関わる変異は、レシピエントの方で増殖率が高いが、ヒストンH2K27 のメチル化やアセチル化を調節する ASXL1 遺伝子の変異ではドナーの方が増殖率が高いという結果が出ており、レシピエントとドナーの造血環境がちがっていることは間違いないが、実際に何が起こっているかはわからない。
結果は以上で、新しいゲノム解読技術のパワーに感心するとともに、感度の高い方法を用いることで、クローン性造血は決して特殊なことではなく、造血システムのもつ性であることがよくわかった。そして、ドナーとレシピエントの骨髄環境の複雑な機能的差異も明らかになり、新しく動物モデルで研究されるだろう。16人だけの結果だが面白い。