12月10日 乳ガンのプレアジュバント治療は排卵期に行うと効果がある(12月4日 Nature オンライン掲載論文)
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12月10日 乳ガンのプレアジュバント治療は排卵期に行うと効果がある(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月10日
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女性は卵子が成熟する卵胞期から、排卵期、そして黄体期を経て、月経と続く生理サイクルを繰り返しているが、このとき卵巣から出るエストロジェンは排卵期をピークに、またプロゲステロンは黄体期がピークになり、月経前に急減する。このほかにも下垂体系の卵胞刺激ホルモンや、黄体形成ホルモンが生理サイクルに合わせて上下する。閉経後は基本的にこれらのサイクルは停止する。とすると、当然閉経前のガン細胞もこのサイクルに影響されるはずで、ひょっとしたら治療効果も生理サイクルに影響されるかもしれない。といった素朴な疑問を真面目に調べたのが今日紹介するオランダ癌研究所からの論文で、12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The oestrous cycle stage affects mammary tumour sensitivity to chemotherapy(発情周期は乳ガンの化学療法に対する感受性に影響する)」だ。

ガンの化学療法により生理周期は乱されるため、生理サイクルとガンの治療開始時期についてあまり真剣に考えてこなかったことは確かだ。しかし乳ガンで手術前のネオアジュバント治療が当たり前になった今、治療開始時期には生理サイクルは維持されており、エストロジェン受容体を発現していることが多い乳ガンでは重要な問題になる。

これをマウスの乳ガンモデルで確かめたのがこの研究のハイライトで、まずガンの状態と生理サイクルを調べると、エストロジェンがピークになる排卵前後(動物の場合はこれをestrous(発情期)と呼び論文でもこの単語が使われているが、ここでは排卵期を用いる)で、ガン細胞の増殖は2倍近くになる。

乳ガンのプレアジュバント治療にはエストロジェン受容体阻害剤を用いることが多いが、この研究では系をシンプルにするため、増殖を抑制する抗ガン剤、doxorubicin あるいは cyclophosphamide に絞って投与時期による効果の差があるかを調べている。

結果は驚くべきもので、排卵期に投与した場合と、黄体ホルモンが高まりエストロゲンが低下する黄体期に投与した場合、ガン細胞の抑制効果は2倍に達する。これは一回投与の実験だが、その後生理サイクルが狂った後も抗ガン剤を1週間ごとに投与するプロトコルで生存期間を調べると、一ヶ月後の生存数が黄体期投与で0に対し排卵期投与で40%と大きな差になっている。

エストロジェン受容体がでているから当然のことかと思ったら、Brca1 陰性のトリプルネガティブ乳ガンでも差は大きくないが、やはり排卵期に化学療法を行った方が効果が高い。

そこでメカニズムを調べるため、ガン側の変化として化学療法に対する耐性を高める上皮間葉転換の可能性を調べると、確かに間葉転換が黄体期に起こっていることがわかった。ただ、これではトリプルネガティブ乳ガンについての実験結果を説明できないので、腫瘍血管を調べると黄体期の血管の内径は排卵期と比べ30%近く低下している。一方腫瘍組織に浸潤しているマクロファージの数を調べると、黄体期の方が遙かに高く、このレベルの差が治療中も維持されている。そこで、腫瘍組織のマクロファージを CSF-1 をブロックして除去すると、黄体期でも化学療法の効果が見られるようになる。このように、ガン細胞だけでなく、腫瘍組織を形成しているホスト側の細胞も生理サイクルにより活性が変わることから、エストロジェン受容体の発現に関わらず、ネオアジュバント治療は排卵期に行うことが良いと結論されている。

最後に、マウスの結果が人間にも当てはまるか、排卵期と黄体期をプロゲステロンの血中濃度で区別して、ネオアジュバント治療の効果を調べなおしてみると、一目瞭然、明らかにプロゲストロンが低いときにネオアジュバント治療を始めたときの方が効果が高い。

以上が結果で、極めて素朴な質問から初めて、臨床的には極めて重要な結論に到達している。今多くのガンでネオアジュバント治療が行われるようになっているので、他のガンでも同じことが言えるのか調べるとともに、エストロジェン受容体陽性の乳ガンに対しては排卵期から始めても良いと思う。私が患者なら、医者にそうお願いする。

カテゴリ:論文ウォッチ
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