細胞移植は脊髄損傷の期待の治療と考えられてきたが、実際に人間への応用についての論文はあまり多くない。Clinical Trial Gov. を見ても現在まで36治験が登録されているだけで、そのほとんどは骨髄細胞や間葉系の幹細胞移植で、後は神経幹細胞が数件ある程度だ。神経幹細胞移植について発表された論文でもはっきりとした有効性が認められたケースは少ない。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、神経幹細胞株を製品化し1年以上経過した慢性脊髄損傷の患者さんを対象として治療を推進している Ciacci グループの研究で、12月17日 Cell Reports Medicine に掲載された。タイトルは「慢性胸椎脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の第一相試験の安全性と効果」だ。
対象者は外傷性の慢性脊髄損傷で ASIA尺度A 、すなわち完全麻痺の患者さんで、2018年に移植が安全であることを報告した神経幹細胞株 NSI-566 を移植後、半年から2年経過した4人の患者さんの長期経過を報告している。
結果だが、一例が敗血症で亡くなっているが、移植との因果関係はなく、基本的には長期間安全性は保たれたという結論になる。
効果としての評価項目ごとに箇条書きにすると以下のようになる。
- アロディニアと呼ばれる痛み閾値の過敏症は2例で改善、2例は変化なし。
- MRI 検査でも異常増殖像、壊死像、炎症象は見られない。一方、テンソル法で調べた脊髄神経の走行は、安定はしているが移植の効果を示すようなリモデリングは起こっていない。
- 筋電図で筋収縮反応が2例で認められるようになっている。
- 自覚的、多角的な機能の回復が見られた。
で、少なくとも2例では明確な回復が見られている。この回復がどのような組織学的変化によるかは明確ではないが、症例数は少なくコントロールはないがこれまで見た中では幹細胞移植の効果を示す論文と言える。
次は遺伝性血管浮腫を CRISPR/Cas9 を使って治療する第2相の臨床治験で、アムステルダム大学のグループにより10月24日 The New England Journal of Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「CRISPRを用いる遺伝性血管浮腫の治療」だ。
CRISPR システムを用いる遺伝子治療は少しづつ進展しているが、これまでは変異遺伝子を対象にしていた。これに対し、この研究では遺伝性血管浮腫の原因遺伝子 SERPING1で はなく、この分子により活性化が抑制されているカリクレイン遺伝子をノックアウトする治療法だ。
SERPING1 に変異があると、プレカリクレインからカリクレインへの活性化を阻害できなくなり、活性化されたカリクレインが上昇、その結果ブラディキニンが活性化されてや凝固カスケードが活性化されることで、血管浮腫など様々な障害を起こる。従って、SERPING1 を対象にしなくても、カリクレイン遺伝子をノックアウトすると症状をとることができる。
この目的のため、カリクレイン遺伝子をノックアウトするガイド RNA とCas9mRNA をリピッドナノ粒子に詰めた NTLA-2002 が開発され、安全性を確かめる第1相治験は終了している。同じアイデアで RNAi 製剤なども開発されているが、遺伝子自体をノックアウトする CRISPR を用いることで治療を一度で済ますことができる。
完全な無作為化二重盲検治験で、コントロール6例、25mg10例、50mg11例、ナノ粒子を静脈投与して肝臓カリクレイン遺伝子をノックアウトしている。
治療は一回だけ行われ、症状と血中カリクレイン濃度で効果を確かめている。結果だが、2例で点滴中に気分が悪くなっているが、点滴を一時的に中断し、そのご終了後にしている。一例で GPT 上昇を見ているが、1ヶ月後に正常化している。
効果はてきめんで、自覚症状は全員で大きく改善している。また、血中カリクレイン濃度も、25mg投与で60%、50mg投与で85%低下し、このレベルが40週維持されている。 以上が結果で、CRISPRを用いた遺伝子治療が着々と進展していることが実感できる論文だ。