多能性幹細胞からインシュリン分泌するβ細胞を誘導して1型糖尿病を治療することは、ヒトES細胞が樹立されて以来の大きな目標で、このブログでも紹介したように実現しつつある(https://aasj.jp/news/watch/25297)。慶応の佐藤さんたちが開発した腸管オルガノイド培養からもわかるように、もう一つの重要な可能性は組織幹細胞から膵臓のオルガノイド培養を行う方法の開発で、オランダの Cleavers 研究室では胎児膵臓細胞を用いた地道な研究が行われていた。
今日紹介するオランダ Hubrecht 研究所の Cleavers 研究室からの論文は、ヒト胎児膵臓組織からほぼ全ての膵臓細胞へ分化できるオルガノイド培養システムの開発と、その培養から膵臓オルガノイド形成可能な幹細胞の分離についての報告で、12月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「 Long-term in vitro expansion of a human fetal pancreas stem cell that generates all three pancreatic cell lineages(3種類全ての膵臓細胞ヘ分化可能なヒト胎児膵臓幹細胞の長期試験管内増幅)」だ。
おそらくこの論文の前に多くの実験が繰り返されたと思うが、様々な時期のヒト胎児膵臓組織を基底膜抽出マトリックスに埋め込んで長期にオルガノイド培養が維持できる条件を調べ、最終的に一つの培養条件を決定している。そしてこの条件で長期に培養を維持できるのが妊娠中期14-16週の組織で、それ以前でもそれ以後でも長期培養は難しいことを明らかにしている。そして、試験管内で増幅し凍結融解可能なオルガノイド培養株を21種類樹立している。
このオルガノイドでは培養を続けると管腔細胞だけでなく腺房細胞と呼ばれる構造が飛びだしてきて、マーカー解析から管腔上皮、外分泌、内分泌各組織への分化能が維持されていることが明らかになった。増殖因子を除去した分化培養を行うと、消化酵素を分泌する外分泌細胞が現れる。
次はインシュリンやグルカゴンを分泌する膵島細胞分化だが、これにはES細胞分化で開発されてきた培養を用いている。この培養にオルガノイドを移すと、期待通り内分泌細胞が形成され、樹立した胎児膵臓オルガノイドが全ての膵臓構成要素へと分化できることを確認している。
次に、オルガノイドの長期維持を可能にしている多能性幹細胞を特定するため、オルガノイド培養と胎児膵臓細胞、成人膵臓細胞を single cell RNA sequencing を用いて詳しく解析し、各細胞の分布チャートから推察される分化経路の解析から幹細胞特異的マーカーを探索している。この実験で、通常使われる 10xgenomicsのCAP-sequencing ではなく、polyA―RNA をわざわざ使っていることを見ても、方法について厳しい検討が行われているのがわかる。
その結果、多くの幹細胞のマーカーになる Lgr5とTyro が幹細胞マーカーとして利用できることを明らかにした上で、今度は Lgr5 細胞を精製し、一個の Lgr5 幹細胞から、胎児膵臓組織を使ったときと同じオルガノイド培養が形成できることを明らかにしている。
結果は以上で、多くの人が求めていた膵臓の幹細胞を単離し、維持し、分化させることに成功している。この胎児の短い時期だけに現れる細胞の性質が今後さらに明らかになると思うが、膵臓の幹細胞治療にとっては大きな進歩だと思う。
1型糖尿病については、病気発症を防ぐ方法の開発は着々進んでおり、個人的には時間の問題だと思う。しかし、すでに発症した人には細胞移植が重要で、この論文に限らず多くの進展が見られることは、完治も可能な病気になってきたという実感がある。