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2月4日 海馬 CA1 神経は場所細胞だけでなく、社会性情報もコードしている(1月31日 Science 掲載論文)

2025年2月4日
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このブログで何度も紹介してきたように、海馬の記憶研究は、今でも2014年ノーベル賞に輝いたオキーフ、モザー夫妻の場所細胞とグリッド細胞を中心に行われている。ただ、よく考えてみると、殆どの場合研究は孤独な一匹の動物の行動を追跡して行われており、社会的状況の中で行動した場合の研究はほぼ存在しないと言っていい。例えばハイキングやキャンプを考えると、私たちはグループでの行動を思い浮かべるのが普通で、一人の場合わざわざソロキャンプという名前がついているぐらいだ。

なぜ他の個体が存在する中での行動が研究されてこなかったかを考えると、そのような状況を作り出すのが実験的に難しいからだ。この困難に挑んだのが今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文で、野生のエジプトコウモリを飼い慣らして、洞窟に見立てた部屋の中で複数の個体が飛行しているときの海馬の活動を調べ、動物の行動が全て場所細胞で表現できるのは単独行動の場合だけで、同じ海馬に様々な社会性をコードする細胞が存在し、これが場所細胞にも大きな影響を及ぼすという面白い研究で、1月31日号 Science に掲載された。タイトルは「Hippocampal coding of identity, sex, hierarchy, and affiliation in a social group of wild fruit bats(野生のオオコウモリには身元、性別、階級、そして所属をコードする海馬神経が存在する)」だ。

ともかく実験系がすごい。エジプトオオコウモリ(あとはコウモリ)を集団で飼い慣らし、各個体の集団内の社会性の認識が自然に生まれるようにしたあと、各個体の海馬にクラスター電極を設置し、洞窟に見立てた部屋の中で自由に飛行させ、その3次元的軌跡とともに海馬の400あまりの神経細胞の活動がテレメーターで拾えるようにしている。部屋の中には、2カ所の大きさの異なる巣とともに、餌場も設置している。

通常ラットやマウスが2次元平面を動くときに観察される場所細胞に相当する神経細胞がコウモリの飛行でも特定され、しかも3次元的な特定の場所で特定の場所細胞が活性化することが観察される。しかし、これは単独行動の話で、同じ部屋に他の個体を存在させると、場所細胞の興奮が大きく影響される。例えば、社会的関係を持つ個体が存在する巣に飛行する場合、軌跡の途中で興奮するはずの場所細胞は全く興奮せず、目的の巣の場所細胞だけが強く興奮する。また、一緒に過ごしたあと、そこから他の場所に飛び出すときは、単独行動と同じで、途中の場所細胞が強く興奮する。この社会性の影響は場所細胞の発火数を抑えたり、上昇させることで起こり、場所細胞そのものをマッピングし直した訳ではない。面白いのは、この影響の度合いは個体同士の相互関係、すなわち好き嫌い、オスメス、階層性などに強く影響される。例えば、好きなメスが止まっている巣へ飛行するときは、軌跡途中の場所細胞の興奮が強く抑えられる、逆に目的地の場所細胞は強く興奮する。一方、あまり社会的関心のないオスの個体が同居している場合、場所細胞の興奮調整は殆ど起こらない。

この場所細胞興奮の変化は、同じ海馬にタイトルにあるように身元、性別、階級、そして所属を表象する神経細胞が形成されるからで、これらの一部は場所細胞とオーバーラップし、同時に場所や距離とともに同居する個体との社会性をコードしているニューロンを特定できる。

さらに面白いのは、これまでの場所細胞研究は殆ど自分を中心とする視点からの場所認識だったが、好きなコウモリが飛んでいった軌跡を追いかけるといったアロセントリックな影響を示す神経細胞も存在する。

以上が結果で、海馬を単純に自己中心的単独行動の枠内で起こる場所細胞興奮の場としてだけ見てしまうと、海馬の本当の機能を見失うことを示した力作だ。実際、私たちもハイキングをするとき、今どこかを気にするより、語らいを楽しんでいることの方が多いかもしれない。

元々私たちには社会性を測る神経細胞が存在することはよく研究されてきた。しかし、海馬にそんな細胞が存在し、さらには自己中心的な世界だけでなく、アロセントリックに世界を見る能力も存在するというのは、海馬が社会性に関わる様々な領域と結合していることから考えると示唆に富む。

いずれにせよ、ともかく実験系が素晴らしく、感動した。

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